私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第2話-2 皆から軽蔑される君だけど

 学園の屋上へと続く非常用梯子。非常用階段から1m以上離れた場所に取り付けられたそれは、ほとんどの人が使えない。

 だが、一貫は迷いなく空を切った。非常用階段から一メートル。その隙間を軽々と飛び越え、しなやかな動きで梯子を登りきる。魔法使いの中にも身体能力に長けた者はいるが、野生の獣のようにしなやかな動きは出来ないだろう。

 

「……やっぱり、見つからねぇなぁ。しっかし、失くす時はこうもあっさり、か」

 

 屋上のコンクリートに腰を下ろし、一貫は小さく溜息をついた。

 数日前から探し歩いている「失くし物」が、どうしても見つからない。

 この開來市において、警察は魔法区の落とし物には深入りしない。財布や鍵などの貴重品ならまだしも、それ以外の品は数日も経てば無価値なゴミとして処分されるのが関の山だ。

 

「……あれしか残っていないのに、俺も薄情になったもんだ」

 

 自嘲気味に呟き、眼下の修練場に目を向ける。

 学園は今、午後の授業の真っ最中だ。特に魔法実技は学生たちが最も力を入れている。なにせ、自分たちにしか使えない、特別な力だからだ。

 

 「お、今日は外なのか。まぁ、どうでもいいか」

 

 魔法実技をサボる一貫は、当然ながら異端だ。先日失くした落とし物へ意識を戻そうとして、ふと思い出したように呟く。

 

 「そういや、何の目的で来たんだ?」

 

 レジスタンスが魔法軍部や国の方針に反対しているのは周知の事実だが、だからといって争いを起こす程でもない。

 

 「妙だな。あのことも含めて、もう少し探った方がいいかもな。でもまぁ、まずはまだ見つかっていないあれを」

 

 非常梯子に近づいていた一貫が立ち止まる。

 

 「今は授業中のはずだが、石垣」

 「それ、兄貴も人のこと言えないじゃないっすか」

 

 一貫を「兄貴」と呼ぶその学生の名は、石垣信二。開來学園高等部の1年。魔法の実力がそのまま上下関係に繋がるこの学園において、一貫を下に見ない人はいない。彼を除いては。

 

 「……ほらほら、教室に戻った戻った」

 「こっちは自習になりましたー。で、どうして兄貴は最近ここにもいない時あるんですか」

 「……あー、ちょっとな」

 

 石垣は一貫と関係が深いのか、気軽に話しかけてくる。軽蔑の対象である彼に対して等身大で接する人は彼の他にいない。

 

 「こっちから連絡しても電源OFFだったり。この前なんかは、いきなり『ワイシャツを貸せ』なんて言った挙句、サイズが合わないからって一日で返しにきたりして全く。何をやっていたんすか、相変わらず」

 「生活費とか色々あるし、充電とかの費用も考えるとあんまり使いたくなくてさ。幾ら何でも、バイト先のコンセント使う訳にもいかないだろ?」

 「前から言ってますが、うちに来ますか?」

 「止めとく。お前が碌なことにならねぇからな。それに、あっちはあっちで意外と気に入ってるんだ」

 

 だが、そんな石垣に対しても、一貫はどこか距離を置いている。さながら、魔法学園に関わる全てのもの、ことから距離を置いているようだ。

 

 「分かりました、何かあったら言って下さいよ。それはそうと、今週は櫛灘さんを助けたみたいですが」

 

 石垣の予想外な指摘に固まった一貫は、その理由を話す。

 

 「……何でお前にはバレるんだ。集荷場のバイト帰りに嫌な音がしたからそっちへ向かったら、あいつが落ちてきたんだ。どうでもいいが、何で俺だと確信した」

 「あの状況で普段通り動けるのって、この学園だと兄貴くらいです。それに、何の為にYシャツを俺から借りようしたんですか、あの月曜日の夜に」

 「いや、先生とかだって、いるだろ?」

 「加えて、応急措置して数キロ先にある一般区の病院へ走って運べる人が他にいるとでも?」

 「ほら、先生によっては魔法使えばいいし、一般人でもタクシー使えばいけるだろ」

 「あの日、魔法区中心地への車の出入りは制限されていましたよ。それから、先生たちは学生達を送ってから見回りをしていたそうです」

 「……ま、たしかにバレるならお前からなのは当然、か」

 

 理詰めで問い詰められて反論できなくなり、あっさりと認めた。不服そうに。

 

 「当たり前ですよ。何年の付き合いだと思ってんですか。兄貴らしいっちゃ兄貴らしいですけど、無茶しちゃ駄目っすよ」

 「だとしても、出来る無茶はするもんだ。それをしなかったせいで、後味悪くなるのは嫌だろ?」

 「そう言って、無茶しなかった時ってありましたっけ?」

 

 石垣は目でも、口でも白々しいと言わんばかりの態度を見せている。

 

 「加減は覚えたって」

 「その言葉、一番信用ならないんですよ。全く、何かあったら相談して下さいよ。兄貴は昔っから誰かに頼ることが苦手なんすから」

 「考えとく」

 「そういう所っすよ。だから、色々悪い噂も出るんでしょ」

 「魔法の実技成績が最下位なのは事実だろ」

 

 一貫がジェスチャーで困ったように両の掌を空に翳せば、石垣が困ったようにため息する。

 

 「大体、魔法に限定しないなら兄貴は……」

 「だとしても、優先されている。そうなっている以上は仕方ない」

 「ああー、もう兄貴はほんっっとに!」

 「いいっすか。本当に困ったら俺じゃなくてもいいですから、誰かに相談してくださいよ!」

 

 言いたいことを言い終えたのか、石垣は非常梯子を降りつつ、足場を作って非常階段へ乗り移る。その様子を見送った一貫が続けて非常梯子を降りようとした時、屋上へ繋がる扉から踏みつけるような音が耳に届く。

 

 「この感じの足音はあいつか。話し声が届くといいんだが」

 

 そう言って、非常梯子を降りる手を止めた。今、屋上へ入ってきた男の声を耳に入れながら。

 

 

 

 翌日、一貫はいつものように魔法科の実技授業をサボって屋上に向かう。今日は寝転がる訳ではなく、試験用紙と教科書を持っている。

 

 「あー。全然、分からん」

 

 その試験用紙に書かれたその点数は赤い文字で点数が書かれており、何れも30点を下回っている。試験の復習として持ってきたようだが、その1つ1つを確認するのに時間がかかっている。

 

 「……書いて覚えるのは、何時まで経っても慣れねぇな」

 

 裏紙に書いて何とか解こうとする姿勢は学生として好ましいものの、授業をサボってまで勉強をしているのは感心すべきか否か。

 

 「やべ!」

 

 解答用紙を鞄へ入れる為に手を離した瞬間、風が吹いた。重しを置いていなかった解答用紙は風に乗って旅立ちそうになったところで……

 

 「危ない危ない」

 

 瞬時に一貫が飛び上がり、キャッチする。何事もなく解答用紙を鞄へ入れて、別の科目の復習に取り組んだ。

 

 解答用紙の裏側へ回答までの過程を書き写す、あるいは音読をしながら教科書と睨めっこしていると、屋上に繋がる扉から足音が響いた。

 

 「また、あいつか」

 

 昨日と同じ人物が来ていると気付き、一貫は鞄へ教科書と回答用紙を雑に入れ、非常梯子に掴まって息を潜める。

 

 「……──。──……」

 

 その人物は昨日と同様に電話で会話をしていたが、今日は風が強くて何を話しているかが一貫には聞き取れていないらしい。音を立てないように非常用梯子から顔を出すと、その男性は背中を向けていた。

 そうして、わずかに届く会話を今日も変わらず盗み聞く。

 

 (どうしたもんかな。入院している優秀な魔法使いって櫛灘さんのことだろ、これ)

 

 

◆◆◆

 

 開來市の中心部から遠く離れた、市境の農耕地帯。

 近代的な都市の影は薄れ、そこには数世代前の田舎を思わせる、静まり返った景色が広がっている。

 その外れにある倉庫の中で、黒い迷彩服を纏った二人の男が息を潜めていた。

 

 「それにしても風潮(かざしお)さん、あのタイミングで魔法軍部とかち合うとは……運が悪いにも程がありますよ」

 「そう言うな、霧影(きりかげ)。誰も捕まらず、大した怪我もしてないだけマシだ。単に、運がなかっただけだ」

 

 三十を過ぎた精悍な顔立ちの男──風潮は、力なく壁に背を預けた。隣で若々しさを残す霧影が、苛立たしげに装備を解いている。 彼らレジスタンスと魔法軍部は、今や抜き差しならない敵対関係にあった。

 

 「ですが軍部の連中、こちらの動きを読まれていたフシがあります。今は一般のメンバーに探りを入れさせていますが……」

 「……何故、我々の動きが漏れていたか、か」

 

 風潮の言葉に、霧影は沈黙で答える。

 元々、彼らは軍部と全面的に争うことを目的としていない。むしろ、軍部が手が回らない、あるいは見捨てた問題を彼らは彼らなりのやり方で取り組み、周辺地域の信頼を得てきた背景がある。

 

 「まだ漏れていたかは分からない。分からないが、接触自体は偶然だったと思う」

 「それはどうして?」

 「我々に逃げる猶予があっただろう。途中で危ない場面こそあったが、こうして逃げ切れた」

 

 風潮の意見に同意するように、霧影も頷いた。

 

 「やはり、魔法軍部の内部でなにかあるんですか?」

 「反逆さんから聞いた情報が正しければそうだろう。が、まずは休息だ。こうしてここへ身を移せただけ幸運だ」

 「確かに魔法区から移動できただけずっといいですね。困ったことはここが魔法区から一番離れた場所にあることですが」

 「元は調査が目的だ。何かあれば中継地点を確保しよう」

 「起きてほしくないですけどね、そんなこと」

 

 互いに眠ろうと目を閉じる。だが、どうにも寝付けそうにない霧影が口を開いた。

 

 「そう言えば、ここの農家の野菜ってここ数年評判らしいですね」

 「大方、魔法を使っているからじゃないか。この辺り、魔素の量が多いだろう」

 「この辺りというか、開來市全体的に魔素の濃さが違いますよね。もしかして、ここの家主も魔法を使って農作業を?」

 「多分な。力の誇示じゃなく、身近の生活をよくする程度で使うなら誰も気にしないんだがな」

 「…………」

 

 疲れていた霧影は、既に眠っていた。同じく、精神的にも疲労していた風潮も眠気が限界に達している。

 

 「しかし、反逆さんの話が本当なら……この開來市のどこかに製造中止となった魔法兵器があるはずだ。やはり、魔法軍部と関連があるのか。だが、魔法軍部は数年前に兵器としての用途を放棄したと……」

 

 そうして、霧影と同じく、風潮も倉庫の片隅で一時の休息に入る。

 

 

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