私は君の手を握る   作:久遠の語部

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第3話-1 例え、魔法が使えなくても

 翌週の火曜日。その日最後の座学授業を受け終えた後、一貫はある人物からの呼び出しを受け、保健室を訪れていた。

 

 「それで今日は何の用ですか、後見先生」

 「一貫君、また魔法の実践授業をサボったんだって?」

 

 保健医の後見(あとみ)は、ふくよかな体格に見合ったおおらかな性格で、学生や教職員から親しまれている。魔法学園特有の「魔法科」と「教養科」の対立に属さない彼女は、魔法の使えない一般人ながら、両者の貴重な相談役という立ち位置を確立していた。

 

 「そうは言っても、魔法をろくに使えない奴が実践授業にいても、体のいい的になるだけです。大体、反撃がないからという理由で集中的に狙ってくるんですよ。担任も黙認しているし、こっちから願い下げです」

 「気持ちはわかるけど……私と違って魔素を扱えるんだから、別の場所で練習してもいいんじゃない?」

 「それでも、魔法は使えなかったですよ」

 「確かに、他の人が言う魔法は使えないかもしれないわ。だけど、魔法に近い『何か』は使えるんじゃないかしら?」

 

 探り入れるような、それでいて何処か期待している声色の後見の言葉に、何を言っているんだ、という呆れを隠そうともせず一貫はため息をつく。

 

 「魔法の実力を求めるこの学園で、君だけが魔法に執着していない。魔法科の先生達だって程度の差はあっても、みんなに練習しろって口酸っぱく言ってくるじゃない。そんな状況なのに、君には焦りがない。本当に実力がなくて焦っている子たちと違って、魔法が使えないことを当然のこととして受け入れているわ」

 「そりゃ、他の学生たちのように使えないとわかったんだ。認めるしかないですよ」

 「……それで通る環境じゃないって、わかっているはずでしょう?」

 「だから、生活費の足しを作るためにバイトをしてるだけです」

 

 困ったように吐息をつき、右手を額へ添える。諦めにも、呆れにも見える顔を後見は何度も見たことがあった。

 

 「そもそもだけど。ここの教育を受けていたら、一般人に混じってバイトするなんて発想は出ないわよ」

 「魔法使いと一般人の違いなんて、魔素を扱えるかどうかの違いでしかない。あの方針こそ一番おかしい」

 「大半の子はそう考えないわ。ここは生活、就職共に保障された、魔法使いのための楽園だもの」

 「その楽園もどき、本当は『魔法使いの保護』が最優先だったからでしょう」

 

 淡々と、温度を感じさせない声で、ほとんどの学生が知らないことを吐き捨てた。

 

 「……以前から思っていたけど、ここに来る前はどこにいて、何をしていたの?」

 「さあ。あったとしても、その縁はここへ来た時点で切れています」

 

 一貫が学生だけでなく、教師に対しても深い距離を取っているのは知っていた。これ以上は話すまいと察し、後見は話題を切り替える。

 

 「君がそう言うのなら、そうかもね。話は戻るけど、君はきっと何とかなるわよ」

 「急に投げやりになりましたね。ところで、今日は用事があるのでそろそろ帰ってもいいですか?」

 「今日はバイトじゃないよね。ということは……もしかして、一貫君にも春が来たの!?」

 「なんでバイトのスケジュール知ってるんですか。そして、桜の時期はもう過ぎてます。……じゃなくて、今日は特売日なんです。卵とか諸々の価格がいつもより安い。貧乏学生には死活問題なんです」

 「でも、セールまでまだ時間はあるでしょう。それで、最近は誰かと会話した?」

 

 ここでようやく、一貫は呼び出された意図を察した。クラスからも、学園からも孤立している現状を、後見は懸念していたのだ。

 

 「そう、ですね」

 

 そうした心配りを無下にすることができず、促されるままに会話を続けようと、ここ数日を振り返る。

 

 「そういえば昨日、魔法の実戦授業をサボっていたら、櫛灘さんと会いましたよ」

 「……え?」

 「他の学生たちから面倒な絡みをされてイライラしたから、初めて授業をサボったとか」

 「あの子は実力がある分、やっかみも多いからね……。それはそうと、授業には出なさいよ」

 「魔法の実践授業以外は出ていますよ」

 

 しかし、後見の視線が強くなった。

 

 「ここ最近は別の授業も出ていない、って聞いたけど?」

 「……少し前に落とし物をしてしまって。見つからないから焦っていたんです」

 「苦手な教養科目の授業をサボってまで?」

 「はい。それは、大事なものなので」

 

 その目は穏やかながらも、強い意志がある。こういう時の彼が折れないことを知っていた。

 

 「……わかったわ。でも、行き詰まったら誰かに頼りなさい。というか、櫛灘さんと話せるんだったら、手伝ってもらえばいいんじゃない?」

 「話そうとするだけで周囲から白い目を向けられるのに、いつの間にかファンクラブができている櫛灘さんに頼むとか。何が起きるか分かったもんじゃない。おまけに、手伝ってもらったとしても、ろくな礼もできないですよ?」

 「うーん……言うだけ言ってみたらどう? それでも駄目だったら……警察に相談するのも手よ」

 「ここの学生がわざわざ一般区の交番まで届けに行くとも思えないし、落とした場所はたぶん魔法区です。だから、自分で探さないと」

 

 また、一貫という学生は他の学生と違って、やんわりと他の人達から距離を取っている。彼の何がそうさせるのか後見は知らないものの、それが惜しいと思っている。

 

 「それにしても意外ね、一貫君と櫛灘さんが話すなんて」

 「俺だって、関わる気はなかったですよ。ただ、屋上の鍵が開いていたみたいで」

 「まーた、誰かが屋上を出入りしているのね……というか、君は?」

 「え、非常用の梯子から行きましたけど」

 

 この学園には緊急時の為の梯子がある。しかし、設計ミスによって、非常用階段から1m以上も離れた場所に梯子が設置されていた。お陰で誰も使わないはずの梯子だったが……

 

 「さも当然のように言わないの! あの欠陥梯子を使って怪我したらどうするのよ」

 「届くんだから仕方ない。それから、行き場のない学生の避難先なんで勘弁してください」

 

 そう言われては、強く言えない。ただ、彼にとっては日常動作でも、他の学生達から見れば十分危険なことを理解してほしかった。

 

 「それにしても有名人ってのは面倒ですね。それをちょっとだけ知りました」

 「そうよ。火ノ華ちゃんも本当はやりたいことがあるのに、あの教諭から魔法軍部へ推薦を出すから入れって何度も言われてて、そのことで相談受けたくらいよ」

 「うわ、あのバーコード、欲を出しすぎだろ……」

 

 嫌悪感か呆れか、一貫は眉をひそめてこの場にいない間縞を非難する。その言葉に同意しているのか、後見もあえて口を挟まない。

 

「初めて話した割にそんなことも聞いたのなら、落とし物もそうだし、魔法も火ノ華ちゃんに教えてもらえばいいのに」

「学園の優等生が、高等部に入っても魔法を使えない奴に、ですか?」

「君の方こそ、魔法の習得が一人では難しいってとっくに分かっているでしょう?」

 

 図星だった。隙があれば直ぐに言い返してくる彼は珍しく押し黙る。

 

「……だとしても、他に宛がない。教養科目の勉強はともかく、何でも魔法で優劣をつけたがるこの場所で魔法を教えるなんて、手の内を教えるようなものだ。よっぽど関係性が良くないと無理でしょう」

「火ノ華ちゃんは魔力制御が特に上手なこともあって、バイトとしてこの学園に来たばかりの子にも積極的に教えているわ。相談したら考えてくれると思うよ?」

「報酬もろくに出せない苦学生相手に、ですか」

 

 一貫が保健室内の時計に目を向けると、長針は六の数字を通り過ぎていた。確かに、少し話しすぎたかもしれない。

 

「そろそろ行かないとまずそうなんで、失礼します」

「あ、ちょっと待って」

 

 気持ちを整えるように深呼吸した後見は、迷いを残しつつも一貫へあるお願いをした。

 

「よかったら、火ノ華ちゃんの話し相手になってあげて」

「幾ら後見先生の頼みでも、聞く理由がないと思いますよ。櫛灘さんには友人も多いと聞きますよ」

「本当に親しい人は少なくて、大多数が利用しようとしている。その親しい人以外を君は友人と呼べる?」

 

 彼が明後日の方を見て、小さ吐息を漏らした。

 

「……ま、周囲に人がいなければいいですよ」

「君ならそう言ってくれると思ったわ。それじゃあ、気を付けてね」

 

 今度こそ一貫は、保健室を後にした。

 

 

 周囲の視線を無視して下駄箱へ急ぎ、靴を履き替えた途端に玄関の外で待ち構えていた数人の学生が距離を詰めてきた。

 

 「おい、ちょっと付き合えよ」

 

 下心を隠さずニヤニヤと笑う彼らは、魔法学生の不良グループだ。実践授業で溜まった鬱憤を、反撃されない「的」へ吐き出そうという魂胆なのだろう。

 

 「買い物があるから遠慮しとく。八つ当たりなら、自分の魔法で作ったサンドバックにでもやってくれ」

 「はっ、黒星が生意気だな! 授業にすら出ない臆病者が」

 「出たら出たで全員から的にされて疲れるだけなのに、出る理由がないだろ」

 「このチキンが!」

 「じゃあ、お前たちこそ強い奴に鍛えてもらったらどうだ。俺がチキンなら、強い奴と競い合う心構えすらないお前たちはベイビーチキンだな」

 「誰がひよこ野郎だって……っ!」

 

 耳に痛い言葉を受けて頭に血が上ったのか、彼らは魔法を使うよりも先に拳が出る。ただ。一貫はそれを予見していたように一歩、二歩と軽快に下がり、下駄箱を飛び越えて別の出口から逃げ出した。

 

 「逃げんな、テメェ!」

 「買い物に行きたいだけだ!」

 「その前に俺たちの魔法を喰らってから行けよ!」

 「ひよこの魔法なんざ届くか!」

 

 風の魔法が一貫の背後を捉えていたが、それを横っ飛びで躱す。不良グループがこうして魔法を乱暴に使うのは頻繁らしく、周囲から人が離れていたのが幸いし、魔法は誰にも当たらずに霧散した。

 

「男らしく戦えよ、この野郎!」

「買い物に行くって言ってんだろうが!」

 

 一貫は陸上選手を凌駕する速度で駆ける。脚では追いつけないと悟った彼らは、魔法を立て続けに放つが、そのすべてを一貫は振り返りもせずに回避する。

 このまま逃げ切れるかと思えたが、学園の外へ出されるのを恐れた彼らは、数ではなく「威力」に頼り始めた。

 

 その魔法は、風を纏(まと)った火の鳥――『火巻鷹(ヒートホーク)』は大気の魔素を鳥の形を模した火に変え、風の推進力と熱波を伴って対象を焼き尽くす魔法だ。本来は鷹の名のごとく、速度と精度を併せ持つはずのものだが。

 

 「おいおいおい……!」

 

 彼らの放とうとしている火巻鷹は、あまりに未熟だった。火と風の組み合わせは魔法の掛け合わせの中でも一歩間違えれば大惨事を招く。それにも関わらず彼らは制御を捨て、ただ威力と速度だけを求めた。そうして膨れ上がった巨大な炎を纏う鳥に顔をしかめたが、逃げ切れる範囲だと判断し、さらに加速する。

 

 しかし――。

 

 「げっ……」

 

 校門を出れば何とかなると踏んでいた一貫だったが、その校門付近に3人の女子学生が見えた。同時に、不良たちの魔法が放たれる。ジェット噴射のような勢いを得た火巻鷹は、またたく間に一貫達目掛けて一直線。

 

 「……ったく」

 

 決断は一瞬。

 一貫は教科書の入ったカバンを放り投げ、魔法へと向き直る。同時に、ポケットから取り出した手袋を鋭い動作で装着した。

 

 「ちょっと!?」

 

 女学生たちの悲鳴が響く中、一貫の動きに迷いはない。その未熟で危険な魔法に真っ向からはたき落とすように腕を振るう。

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