賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい 作:パラレル・ゲーマー
世界の頂点に立つ権力者たちが極秘裏に集う、暗号化された仮想空間。
六カ国合同の極秘会議のために用意されたそのバーチャル会議室には、いつもの四カ国――日本、アメリカ、中国、ロシアの首脳たちに加え、今回から新たに二つの国の代表が席に着いていた。
大英帝国首相ハリス・ジョンソンと、インド共和国首相カレンミラ・ナディである。
円卓を囲む六人の指導者たちの間に流れる空気は、綺麗に二つに分断されていた。
日本、アメリカ、中国、ロシアの四カ国は、どこか諦観と疲労が混じった、まるでこれから始まる厄介な嵐を前にして静かに身構えるような顔をしている。「また面倒が増えるな」という共通認識が、彼らの眼差しから読み取れた。
一方、新たに招かれた英国とインドの両首相の顔には、「ついに我々にも来るのか」という抑えきれない期待と、選ばれた者としての誇り、そして未知の事態への警戒心が入り混じった、熱を帯びた表情が浮かんでいた。
そんな重苦しくも熱気のある空間の中で、たった一人だけ、完全に場違いなオーラを放っている存在があった。
「はいはい、全員揃った?」
円卓の端、椅子ではなく空中にふわりと腰掛けた銀髪の少女――KAMIが、片手に持った炭酸飲料のボトルを振りながら声を上げた。彼女の膝の上には、開いたばかりのキャラメルポップコーンの袋が乗っている。人類の運命を決めるこの神聖な場所において、彼女だけが休日のリビングルームにいるような、やたらと上機嫌な態度を隠そうともしていなかった。
「じゃあ、今日は短く済ませるわよ。私、ダンジョンの新しい階層の運営やらバランス調整やらで、けっこう忙しいんだから」
その軽い言葉に、アメリカ合衆国大統領のトンプソンが、深くため息をつきながら葉巻を指で弾いた。
「……君の言う“短い”は、およそ信用ならんがね。大抵、その“短い”一言で我々の予定が向こう十年間は狂うのだから」
「我々としては、本当に物理的な時間として短く終わることを、切に祈っていますよ……」
日本の沢村総理も、胃の辺りを無意識に押さえながら、引きつった笑みを浮かべた。
彼らのぼやきを冷徹に断ち切るように、議事進行役の九条官房長官が、表情をピクリとも動かさずに口を開いた。
「本日の議題は、ゲートネットワークの拡張に関する通知、およびそれに伴う初期方針の共有となります。新規の設置対象国は、英国およびインド共和国です」
その言葉が発せられた瞬間、ハリスとナディが、わずかに身を乗り出した。
事前に匂わされてはいたものの、正式な通知の場に居合わせるという事実は、一国のトップとして血湧き肉躍る瞬間である。
「というわけで」
KAMIは、ポップコーンを放り投げ、空中でパクッと口でキャッチしてから、ニカッと笑った。
「次はイギリスとインドの国内に、ゲートを導入することを決定したわ。おめでとう」
あまりにもあっさりとした、まるで近所のスーパーに新しいレジを導入するかのような宣言。
KAMIは炭酸飲料を喉に流し込み、言葉を続けた。
「イギリスはさ、ヨーロッパ側から出稼ぎに来る探索者たちの移動が、いちいち面倒くさそうなんだもの。いちいち電車に乗ったりバスに乗ったり。交通のハブにしてあげるから、便利に使ってもらいなさいな」
彼女は視線をナディへと移す。
「で、インドはさ。もう魔石の産出量と物資の移動量が、限界突破してるでしょ? あんたたちの国のボロボロの道じゃ、とても運びきれないわよ。だからそのへんの物流の目詰まり、次のアップデートでゲート敷いて改善しとくわね」
その宣言を受け、英国首相のハリス・ジョンソンは一瞬だけ戸惑いを見せた。
あまりにも手続きを無視した、一方的かつ暴力的な恩恵の付与。だが、彼はすぐに生粋の政治家の顔を取り戻し、大げさな身振りで深く頭を下げた。
「……それは、非常にありがたい。英国の歴史において、これほどの幸運はございません。KAMI様の深い御心に感謝いたします。我々英国として、最大限の協力を惜しまないことをお約束しよう」
対するインドのナディ首相も、安堵と歓喜の色を隠しきれずに、両手を胸の前で合わせた。
「正直申しまして、KAMI様の仰る通り、魔石運搬の負担がかなり重くなっておりました。我が国の成長痛とも言うべき問題です。このゲート導入は、国家経済にとって極めて大きい。いや、歴史的な飛躍をもたらすでしょう」
二人の顔には、純粋な喜びが溢れていた。
国内の移動時間がゼロになる。物流のコストが消滅する。それは国家を統治する者にとって、まさに魔法の杖を手に入れるに等しい。
「とりあえず、細かい調整とか設置場所の相談は、そっちの日本とやってね。彼ら、先輩だから」
KAMIは、九条と沢村の方を指差して、あっさりと丸投げした。
「じゃ、私はダンジョン運営があるから戻るわ! あとはよろしくね!」
彼女は本当に、用件だけを伝えて消えようとしていた。
イギリスとインドの首脳は、そのあまりのスピード感にニコニコと笑みを浮かべたまま見送ろうとしていたが、日本側の沢村と九条だけは「ここからが地獄なんです」とでも言いたげな、死んだ魚のような目をしていた。
空間から姿を消す直前、KAMIはふと振り返り、意味深な笑みを浮かべてひとこと言い残した。
「最初はね、みんな喜ぶのよね。で、あとから“うわ、面倒くさい”って頭を抱えるの。……見慣れた流れだわ。せいぜい、がんばってね」
ポンッ、という軽い音と共に、神の姿が消滅した。
バーチャル会議室に、再び人間たちだけが残された。
そして、その神の最後の一言が、英国とインドの首相の顔から、見事にニコニコとした笑みを剥ぎ取った。
***
KAMIの退場と同時に、部屋の温度が一気に数度は下がったように感じられた。
先ほどまでの「祝賀会」の空気は霧散し、ここからは血も凍るような「被害想定会議」へと突入していく。それを誰よりも敏感に察知したのは、新たに加わった二カ国の首脳たちだった。
「……失礼。率直に伺いたい」
ハリスが、いつもの道化めいた態度を完全に消し去り、低い声で問いかけた。
「既存導入国の皆さんにとって、ゲートの本格運用が開始された後、最も頭の痛かった問題は……一体何でしたか?」
「我が国も、同様に知りたい」
ナディもまた、眉間に深い皺を刻んで身を乗り出した。
「利便性については、想像できます。問題は、その代償です。KAMI様が“面倒くさい”と表現された、その実態を教えていただきたい」
この二人の、現実から目を背けない真摯な姿勢を見て、日本、アメリカ、中国、ロシアの首脳たちは「彼らもようやくこちら側の人間になったか」と、微かに共感の入り交じった視線を送った。
「では、導入国の中で最も参考になるケースとして、我が国から報告いたします」
九条が、モニターに日本の詳細な物流マップとインフラの変遷図を投影した。
「日本は国土が比較的コンパクトであり、都市圏および物流圏がすでに密に構築されていた国です。そのため、ゲート導入後に起きた最大の変化は、『既存インフラの役割変化』でした」
九条は、赤いレーザーポインターの光をマップ上で走らせる。
「人を長距離輸送するという意味において、鉄道の長距離路線や国内航空路線の価値は相対的に低下しました。東京から福岡まで、ドア一枚で移動できるのですから当然です。……では、既存の鉄道や道路、港湾が死んだかと言えば、決してそうではありません」
九条は、画面のグラフを切り替えた。
「むしろ、ゲートと巨大倉庫を繋ぐ『ラストワンマイル』の輸送。ゲートから吐き出される大量の魔石や物資の仕分け。そして、中継、保管、緊急輸送。そういった分野へ、インフラの役割が劇的にシフトしたのです。
人を運ぶインフラから、物資を流すインフラへ。この比重の変化は、既存の産業構造に凄まじい摩擦を引き起こしました」
沢村総理が、疲れた声で補足する。
「日本国内では、既存のインフラが“無意味になった”というより、“意味を変えられた”と言うべきでしょう。通勤電車や国内線の一部は確かに打撃を受けましたが、地方の物流拠点と中継網の重要性は逆に跳ね上がりました。この急激な変化に対応するため、我々は連日、交通・物流業界からの悲鳴と陳情の処理に追われることになったのです」
その生々しい報告に、英国とインドの両首相の顔が、目に見えて曇った。
彼らはただ「移動が便利になる」と喜んでいたが、いきなり国家の毛細血管であるインフラの再編と、それに伴う既得権益の破壊という現実を突きつけられたのだ。
「我が国では、少し事情が異なる」
トンプソン大統領が、葉巻の煙を吐き出しながら口を開いた。
「アメリカは州ごとに主要拠点へゲートを設置した。だが、アメリカは広すぎる。ゲートがあったとしても、全国の隅々までをカバーしきれるわけではない。既存の道路網、巨大なハイウェイ、貨物鉄道もまだまだ絶対に必要だ。
結果として起きたのは、ゲートが設置された都市と、それを繋ぐ一部の物流回廊が“異様に強くなる”という現象だ。富と物資が特定のポイントに集中しすぎる。地方の格差が、魔法のようなインフラによってさらに拡大してしまうというジレンマに直面している」
「我が国も同じだ」
ロシアのヴォルコフ将軍が、低い声で同意した。
「ロシアは広い。とにかく広い。設置しただけでは全く足りない。結局、限られたゲートをどこに配置し、軍事運用と民間物流のバランスをどう取るか。拠点間の再配分というパズルに、今も頭を抱えている」
「我が国もアメリカ、ロシアに近いですね」
中国の王将軍が、冷徹に整理する。
「広国土国家において、ゲートは万能の解決策ではない。どこを優先拠点にするか、その一つ一つが巨大な政治問題になる。各省、各都市が『我々の所に寄こせ』と血眼になって争うからです」
ここで、英国とインドの首相は「なるほど、彼らは国土が広すぎるから特殊な問題が起きているのだ。我々とは条件が少し違う」と、一瞬だけ心の内で安堵しかけた。
だが、その甘い期待を、王将軍が鋭く見透かし、無情にも打ち砕いた。
「ただし」
王将軍は、ハリスとナディを交互に見据えた。
「貴国らが最終的に参考にすべきは、広大な我々ではなく、日本の方でしょうな。
貴国らのように人口密度が高く、政治・経済・物流の中心がすでにぎっしりと詰まっている国では、“一部の拠点にゲートが設置されること”自体が、社会全体の構造を、それこそ根底から大きく変異させてしまう。その破壊力は、我々の比ではありませんよ」
その言葉に、ハリスとナディの顔に、さらに深い苦悩の色が刻み込まれた。
***
「……実際、我々の最初の想定は、ロンドン中心でした」
ハリスが、隠し立てしても無駄だと悟り、本音を吐露し始めた。
「政治、金融、外交、物流。全てのハブを首都であるロンドンに集中させるのが、国家として最も合理的だと考えている。世界から集まる魔石も人材も、まずはシティでコントロールする。それが大英帝国のやり方ですからな」
「それをやると、地方が確実に荒れますよ」
すかさず、沢村が日本の経験から断言した。
「特に英国は、“地方の誇り”が非常に強い国だ。スコットランド、ウェールズ、北部イングランド、そして歴史ある港湾都市。彼らが、首都だけが恩恵を独占することを黙って見ているはずがありません」
ハリスは、奥歯を噛み締めるようにして苦い顔をした。
「ええ、まさにその通りです、総理。すでにスコットランド自治政府は、“ロンドンだけが帝国の果実を独占するのか。我々にも独自のゲートの権利を”という空気を醸成しつつある。あの偏屈め、と一蹴したいところですが、政治的には全く笑えない火種です」
英国の頭痛の種は、単なる国際問題ではなく、国内に深く根ざした階級、地域、そして旧帝国的意識のねじれが、ゲートという特異点を通じて一気に噴き出そうとしていることにあった。
ロンドンの金融街(シティ)は、「世界の入口」を完全に握り、魔石の金融商品を牛耳りたい。
だが、かつての産業革命を支えた北部イングランドやスコットランドは、「またロンドンに血を吸われるのか」と猛烈に反発するだろう。
さらに、歴史的な港湾都市は「物流を優先するなら、港と直接繋ぐべきだ。ロンドンを経由する必要はない」と主張する。
英国王室、中央政府、地方自治体、金融界。それぞれが全く別の利害を持ち、ゲートの設置場所一つを巡って、国を割るような大論争が起きることは火を見るより明らかだった。これは、シャーロットのような貴族階級と、ジャックのような労働者階級の若者たちが抱える背景にも、そのまま直結する問題だ。
「……我が国は、もっと厄介です」
沈黙していたインドのナディ首相が、深く、重い声で語り出した。
「州政府が、すでにうるさくて仕方がない」
インドは連邦制国家であり、各州が強大な権限を持っている。
「各州の首相が、“最初のゲートは我が州に設置されるべきだ”と、猛烈なロビー活動を繰り広げています。デリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ、コルカタ……。どの都市を優先するかで、内戦一歩手前の政治闘争が起きかねない」
ナディは、額の汗を拭いながら具体的な火種を挙げていった。
「第一に、州政府同士の争い。これは言うまでもない。
第二に、『宗教施設』の問題です」
ナディの言葉に、他国の首脳たちが息を呑んだ。
「ゲートが設置されれば、人の流れが変わります。巡礼路、巨大な寺院、聖地へのアクセスが瞬時に可能になる。ならば、『どの寺院にゲートを近づけるか』で、各宗教勢力が血みどろの争いを起こしかねない。ヒンドゥー、イスラム、シク、仏教……。既存の巡礼経済と宗教的なパワーバランスが、一気に書き換わってしまうのです」
「第三に、物流と魔石の利権。
魔石が大量に産出される地域から、それをどこへ、誰が運び、誰が手数料を取るのか。これまで道路網や鉄道網を牛耳っていた業者や中間支配層のビジネスモデルが崩壊します。そこに、新興の探索者層、特に下層出身者たちが一気に流通へ参入しようとすれば、既存の利権層との間で流血の事態が避けられない」
「そして第四に……『身分秩序』です」
ナディは、自国の最も深い闇に触れた。
「先日、若手探索者プログラムに参加したラヴィという青年のように、最下層から力を得た存在が増えた時、どの州が彼らをどこまで受け入れるか。『ダンジョン経済の導管』であるゲートを誰の管理下に置くかは、インド数千年のカースト秩序の再編に直結するのです」
ナディ首相は、最後に絞り出すように、重い一言を放った。
「我が国において、ゲートは単なる交通革命ではありません。州の権限、宗教の重み、物流の利権、そして社会階層そのものを同時に揺るがす、“国家の再編装置”なのです」
その言葉の重みに、バーチャル会議室は水を打ったような静寂に包まれた。
彼らは理解した。ゲートは便利な魔法のドアなどではない。国家の血流を強制的に繋ぎ変える、麻酔なしの外科手術なのだ。
沈黙を破ったのは、その「手術」を既に経験している既存導入国の首脳たちだった。
彼らは“助言”という名の、冷酷な現実を容赦なく叩きつけた。
「最初から『人の便利さ』で設計すると必ず破綻します」
九条が、日本の血の滲むような経験から断言した。
「まず優先すべきは、物資の移動、医療、災害時の緊急ルート、そして魔石の安全な輸送です。人の移動はその後でいい。順序を間違えれば、都市機能が麻痺します」
「政治家は例外なく首都に欲しがるが、物流担当は港と巨大な倉庫を欲しがる」
トンプソン大統領が、皮肉な笑みを浮かべて言った。
「最初にどちらの声を優先するかで、その国の今後十年の成長軌道が決まる。選択を誤れば、ただの巨大な渋滞製造機になるぞ」
「軍が欲しがる戦略的地点と、経済界が欲しがる商業的地点は、決して一致しない」
ヴォルコフ将軍が、低い声で警告する。
「そこを妥協して一緒にしようとすると、ろくなことにならない。軍用と民間用は、最初から明確に切り離す覚悟が必要だ」
「誰が管理権限を持つかを曖昧にしたまま導入すれば、必ず揉める」
王将軍が、冷徹に釘を刺す。
「中央政府、地方自治体、物流業者、宗教団体、軍、警察。誰が最終的な責任と決定権を負うのか、ゲートが開く前に、血を流してでも決めておくべきだ」
日本、アメリカ、ロシア、中国。
世界を牛耳る四カ国からの、あまりにも生々しい助言。
ハリスとナディは、この時点で完全に顔から笑みが消え、真剣そのものの表情になっていた。
彼らの目に、KAMIが置いていった“新しい扉”は、もはや希望の光ではなく、いつ爆発するとも知れない“国内の巨大な爆弾”にしか見えなくなっていた。
そして、その追い詰められた空気に、さらに決定的な一撃が加えられた。
九条が、淡々と、しかし恐ろしい事実を指摘したのである。
「……皆様、お気づきでしょうか。
KAMI様は先程、『設置する』とは明言されましたが……具体的に自国の『何都市に置くか』、そして『どの順番で置くか』については、一切指定していません」
その言葉に、会議室がさらに一段、地獄の深淵へと突き落とされた。
神は数を指定していない。
つまり、もし「一都市だけ」ならば、国内で血みどろの大紛争が起きる。
「複数都市」ならば、今度はどこを優先するかの序列争いが起きる。
「仮設で試験運用」となれば、「なぜ我が州からではないのだ」と揉める。
「……つまり我々は」
ハリスが、頭を抱えながら呻いた。
「KAMI様が、あの気まぐれでいつどこに設置するか分からない前に、自国での配置案を完璧にまとめ上げ、日本と調整しなければならないのか……?」
「しかも、その調整が遅れれば」
ナディが、青ざめた顔で言葉を継ぐ。
「他州や他国、あるいは国内の反対勢力に既成事実を取られ、主導権を失う。時間が……圧倒的に足りない」
二人の新参者の絶望的な顔を見て、沢村総理は、深く同情するような、しかしどこか達観したような苦い共感の笑みを浮かべた。
「はい。ようこそ、KAMI様が支配する時代のインフラ行政へ。ここは、正解のないパズルを秒単位で解き続ける場所です」
トンプソン大統領も、葉巻を高く掲げて皮肉たっぷりに言った。
「祝福しよう、諸君。君たちもこれで、我々と同じ、まともにベッドで眠れない側の人間だ」
***
会議の終わり。
そこにはもう、ゲート導入決定を祝う朗らかな笑顔は一つも残っていなかった。
あるのは、重くのしかかる現実と、これから始まる果てしない実務の山だけだ。
「……分かりました。これは、ロンドンだけで済ませられる話ではない」
ハリス・ジョンソンは、道化の仮面を完全に脱ぎ捨て、冷徹な統治者の顔で締めくくった。
「地方、金融、物流、自治政府。全ての利害関係者をテーブルにつかせ、強引にでも調整します。大英帝国の意地にかけて」
「我々も、中央政府の思惑だけで決められる段階ではありません」
カレンミラ・ナディも、覚悟を決めた声で応じた。
「州政府、物流網、宗教指導者、そして台頭する探索者層。それら全てを含めた“インドの国内再設計”として、この事態に取り組みます」
二人の決意表明を聞き届けた後、九条が事務的に、そして無情に会議を締めくくった。
「では、大枠の方針共有はここまでとし、以後は実務者レベルの調整に移ります。期限は未定ですが、KAMI様が動く前がタイムリミットとお考えください。本日の会議は終了とします」
通信が切れる直前。
沢村は再び胃のあたりを押さえ、深い息を吐き出した。
中国の王将軍とロシアのヴォルコフ将軍は、「ようやく、自分たちと同じ地獄を味わう側が増えた」と、ほんの少しだけ意地悪な、満足げな笑みを浮かべていた。
アメリカのトンプソン大統領は、「歓迎するよ」と笑いながらも、自国のインフラ問題も全く他人事ではないという複雑な顔をしていた。
イギリスとインドの首脳は、この日、ようやく骨の髄まで理解したのである。
ゲートとは、距離を消し去る都合の良い奇跡などではない。
国家の内部に潜む矛盾や火種を、逃げ場のない形で、一気に白日の下にさらけ出す残酷な鏡なのだということを。