やはり俺の結婚生活は間違っている   作:ヒューイK

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今回はハロウィン!
教師陣が仮装します! 猫耳の八幡が登場します!
……以上です(大事なことなので三回言いたい)。

でも、ただの行事回ではありません。
仮面をかぶる日だからこそ、
素直になれる人たちの話をどうぞ。



第8.3話 ハロウィン編 ― 仮面の向こう側に

放課後の教室には、紙のコウモリとオレンジのリボンが舞っていた。

西日がカーテンの隙間から射し、ランタンの影をゆらしている。

 

カーテンレールには手作りの飾りが垂れ、

机の上にはカボチャのランタン。

空気はすでに“行事前”特有のざわめきを帯びている。

 

「そこ、もう少し右ね。バランスが崩れてるわ」

脚立の上から瑠美が指示を飛ばす。声の調子はいつもより柔らかく、

指先の動きにもどこか楽しげなリズムがある。

 

「了解、瑠美さん。あ、これでどう?」

美羽が両手を広げて飾りの角度を確かめる。

 

机の上のカボチャランタンを見て、瑠美が思わず吹き出した。

目と口の形が微妙に歪んでいて、どこか泣き顔に見える。

 

「ふふ、それじゃ泣き顔のジャックだわ」

 

美羽が顔を上げ、真面目な声で答える。

「ハロウィンって泣いても笑ってもいい行事ですよね」

 

「……それは哲学的すぎるわ、美羽」

 

周囲に小さな笑いが広がった。

 

「こうして準備してる時間が、一番楽しいのかもね」

瑠美がぽつりと言うと、美羽がうなずいた。

「ええ。なんか、“子どもの頃の文化祭前”みたいで」

「大人になっても、こういう瞬間があるのって素敵ね」

「……それ、教師のセリフみたいですよ」

「失礼ね、もう少し可愛い意味で言ったのよ」

 

そんな他愛ない会話が、夕焼けの中に溶けていった。

 

その光景を、教室の入口から見ていた大磯が小さく頷いた。

 

「鶴見部長、飾りつけ見事だな」

「部長じゃなくて瑠美でいいって言ったでしょう」

「……その呼び方、照れるんですけど」

「なら無理に言わなくていいわ」

そう言いつつも、瑠美の頬はわずかに赤い。

 

彼女の背後で、美羽がそっと微笑む。

 

「やっぱり、この二人の温度、いいな」

小声で呟いたつもりが、八幡の耳に届いていた。

 

八幡は腕を組んで、わずかに眉を上げる。

「おい、盗撮じみた観察はほどほどにな」

「比企谷先生、そういうの自分も得意そうですけど」

「俺は分析だ。違いがわかる男ってやつだ」

「そういう自称が一番怪しいんですよ」

美羽の返しに八幡が言葉を詰まらせる。

その様子を見て、結衣が肩をすくめた。

 

「ヒッキー、仮装担当のくせに仕事してないじゃん」

「教師って仮装してもいいのか? 公序良俗的に」

「別にヒッキーの場合、顔が地味だからバランス取れるし!」

「おい、それは褒めてるのか貶してるのかどっちだ」

「どっちも!」

「じゃあ仕事させてあげる」

 

八幡が結衣に猫耳を付けられていた。

「ちょ、これマジでやるのか? 教師生命の危機じゃねえか」

「ヒッキー、似合ってるって! 黒マントもカッコいいし!」

八幡は猫耳を指でつまみながら、深くため息をつく。

「お前の“似合ってる”はだいたい罰ゲームだ」

「うるさい! トリック・オア・トリート!」

「わかったわかった、飴あげるから落ち着け」

 

飴玉を渡しながら、八幡は苦笑した。

雪乃がその様子を遠目で見つめ、

「……あの人、本当に生徒より浮かれてるわね」とため息をつき

額に手を当てた

けれど、口元にはわずかな笑みがあった。

 

笑い声が教室の天井まで広がり、

紙のコウモリがわずかに揺れた。

 

理科準備室では雪乃が実験用のライトを組み立てていた。

 

コードを繋ぎ、銀の反射板をゆっくりと傾ける。

光が壁に跳ね返り、雪乃の頬を白く照らした。

「……これで夜間照明の再現ができるはず」と呟く。

試験点灯の光が頬に反射し、白くきらめく。

 

覗き込んだ生徒が目を丸くする。

「雪乃先生、本気すぎです……」

「せっかくの行事なのだから、妥協はしないわ」

冷静な声だが、どこか誇らしげでもある。

 

ふと、八幡がドアの隙間から覗き込んだ。

「……なに、理科実験でも始めるのか?」

「準備よ。あなたの“猫耳事件”が台無しにならないようにね」

「おい、あれは自主的な文化的活動だ」

「文化的に黒歴史を積み上げてどうするのかしら」

「黒は俺のテーマカラーだ」

「自慢にならないわよ」

 

言葉の応酬は、いつも通りの温度だった。

けれど雪乃の声には、少しだけ笑いが混じっている。

 

夕暮れが教室を染めるころ、飾りつけは完成した。

廊下から見た光景はまるで映画のワンシーンのようで、

瑠美はふと、自分がこの“楽しい準備”の中心にいることに気づいた。

誰かに頼られることが、こんなにも温かいものだなんて――

それが少しくすぐったかった。

 

 

翌日。

校舎は一夜で別世界になったように色づいていた。

オレンジと黒の紙飾り、窓に貼られたコウモリの影。

BGMには軽快なポップスが流れ、どの教室からも笑い声が響く。

 

「鶴見、魔女似合ってるな」

「ありがとう。でもあなたこそ、その吸血鬼……妙にしっくり来てるわよ」

「それ、褒めてるのか?」

「ええ、たぶん」

 

瑠美の黒い帽子のつばが揺れる。

大磯は照れたように視線を逸らした。

二人の間を、かぼちゃ色の紙風船が転がっていく。

 

昼休みの廊下では、生徒たちが仮装姿で写真を撮っていた。

頭に三角帽子をかぶった美羽が、チョコを配りながら歩いている。

「どうです? 公平に配ってますよ」

「お菓子を配る公平性って、なかなか高度ね」

「配る理由を考える方が難しいです」

「そういう理屈をつけるのが好きなのは、瑠美さん譲りですよ」

「……それ、褒めてるの?」

「もちろん」

 

瑠美が笑う。

その笑顔を見た美羽が、胸の奥で“安心”という言葉を浮かべていた。

 

やがて午後、全体の写真撮影。

体育館のステージ上、仮装姿の生徒たちが並ぶ。

照明の光がコウモリの飾りに反射して、天井に淡い影を描いた。

瑠美と大磯は中央、少し距離を取って立っていた。

 

シャッターの瞬間、自然に手が動く。

触れそうで、触れない距離。

でも、互いの指先がほんの少しだけ震えていた。

 

――この写真は、のちにハロウィンの行事の様子として

校内に張り出されることになる。

そのとき瑠美は、自分の表情があまりにも穏やかで驚くのだった。

 

 

イベントが終わると、校舎に夕暮れが戻ってきた。

廊下の蛍光灯がぼんやりと灯り、飾りの影が長く伸びる。

片付けに残った八幡たち教師陣の姿があった。

 

片付けが始まると、静けさがゆっくりと戻ってきた。

八幡が段ボールを抱えて廊下を歩きながらぼやく。

「こういう時だけ、生徒は煙のように消えるんだよな」

「そういう時こそ、教師の真価が問われるのよ」

雪乃の冷静な返しに、結衣が笑う。

「でもさ、ヒッキーも楽しそうだったよ?」

「……まあ、猫耳つけられた男としてはな」

「似合ってたって!」

 

八幡は眉をしかめて息をつく。

「似合うとか、どうでもいいんだよ」

「お前が仕事しろってうるさいからやってんだよ」

 

結衣がむっとして振り向く。

「うるさいってなんだし!」

雪乃は横目で二人を見ながら、ふっと笑みをこぼした。

「ねえ、比企ヶ谷君」

「ん?」

「あなた、昔よりずっといい顔するようになったわ」

「……猫耳つけてる男に言うセリフじゃねぇ」

「仮面の下を見てるのよ」

「……そういうの、教師のセリフか?」

「さあ、どちらかしら」

雪乃はわずかに視線を落とし、

自分でも気づかぬほど柔らかい笑みを浮かべていた。

 

外は紅葉が夕陽を映して赤く染まっていた。

教室のガラス越しに、その赤が蛍光灯の白に混じり合う。

雪乃がカーテン越しにその色を眺めながら、ぽつりと呟く。

「人は仮面をかぶっても、隠せないものがあるのね」

 

八幡が窓辺に寄り、手をポケットに突っ込んだ。

「むしろ、仮面をつけた方が本音が出ることもある」

「あなた、教師のくせにそういうことをさらっと言うのね」

「職業柄、言葉の使い方と観察眼だけは鍛えられてるんで」

「……まあいいわ。でもその猫耳とってもいいわ」

「似合ってるわよ」

「猫好きなだけだろ」

「そうとも言えなくもないのだけれど」

「ふふ、ゆきのん、ヒッキーみたくなってるよ」

「俺はそんな言い方しな…くもないな」

「やっぱ、してるし!」

 

三人の笑い声が、教室の空気を柔らかく包み込む。

夕陽の赤と蛍光灯の白が混じり合い、静かな温もりが広がっていた。

 

 

そのころ、校門近く。

落ち葉を踏む音がリズムのように続く。

瑠美と大磯が並んで歩いていた。

祭りの余韻がまだ残る空気の中、

二人の間には静かな充足があった。

 

「今年のハロウィン、すごく良かったな」

「ええ。みんなが楽しめたのが何より」

「来年も一緒にやれるといいな」

「……もちろん」

短いやり取りのあと、沈黙が心地よく続く。

道端の紅葉が風に舞い、夕陽を反射してきらめいた。

 

瑠美はその光景を見つめながら、小さく息をついた。

(仮面をかぶっても、見えるものがある――)

その言葉を胸の中で繰り返す。

笑い声と紙飾りの残り香が、秋の空気に溶けていった。

 

――そして、季節は冬へとゆっくり進んでいく。

校舎の窓からこぼれる灯りが、落ち葉の上に小さな影を作っていた。




誰にでも、仮面をつけて過ごす瞬間はあると思います。
でも、その仮面の裏に優しさがあれば、
きっとそれは“本物”なんだと思う。

この話が、そんな誰かの“優しい時間”になってくれたら幸いです。
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