そんな冬の物語を描きたくて書きました。
奉仕部の空気を覚えている人も、初めて出会う人も、
この小さな“前奏曲(プレリュード)”を楽しんでもらえたら嬉しいです。
放課後の奉仕部。
冬の夕暮れが廊下を赤く染める中、コンコンと軽いノックが響いた。
「どうぞ」瑠美が声をかけると、扉が勢いよく開いた。
「やばいです、やばいです〜っ! 助けてください!」
栗色の髪をゆるく巻いた少女が、
資料の束を抱えたまま駆け込んでくる。
その勢いに美羽が思わず椅子を引いた。
「……小田原さん?」
「って言うか誰?」
「はいっ、生徒会長の小田原玲ですっ!」
ぴしっと敬礼してから、ぐったり机に突っ伏す。
「もう、どうしたらいいのかわかんなくてぇ〜……!」
瑠美はぽかんとし、隣で八幡は深くため息をついた。
(……おいおい、なんだこのデジャヴ。これは――一色か?)
(……いや、あいつほど計算高くはなさそうだが)
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。なにがあったの?」瑠美が聞く。
「実はぁ〜、海浜総合高校との合同クリスマスコンサートが詰んでて〜」
「会議もグダグダで、イベントの予定日まで残り少ないんです」
「詰んでるって自分で言うんだな」
八幡がぼそり。
「詰んでますぅ〜! だからお願いです、奉仕部の皆さん! 助けてください!」
美羽が静かにメモを取る。
「具体的な問題点を三つ、簡潔にお願いします」
「えーと……えっとですねっ、何やるかが決まらない」
「時間がない、あと人手が足りないっ!」
「要約が見事にカオスですね」
結衣が吹き出しながら、紙袋を机に置いた。
「はいはい、まず糖分補給しよっか〜。ココアと焼き菓子あるよ」
「由比ヶ浜先生、神です!」玲は即座に手を合わせた。
「“神です”を言う速さだけは優秀だな」
八幡がつぶやき、雪乃は目を細める。
「比企谷くん、まるで過去を見ているような顔ね」
「いや、デジャヴってレベルじゃねぇ……嫌な予感しかしない」
玲はきょとんとして首をかしげた。
「えっ? なんですかその“あの頃”感……私なにかしたんですか?」
「今のままで十分だ」
八幡が言い切ると、瑠美と美羽が同時にため息をついた。
「……つまり奉仕部に協力してほしいってことね?」
「はいっ! “立場的”にお願いするのもどうかと思ったんですけど〜……やっぱり私、助けてもらう勇気も大事かなって!」
「……前向きなのか甘え上手なのか判断に困るわね」瑠美が苦笑する。
「どっちもですっ!」玲が即答した。
その明るさに、部室の空気が少し和らいだ。
こうして――新しい依頼が舞い込んだ。
⸻
◇
市民ホールの会議室。
机をコの字に並べ、海浜総合高校の生徒会と
総武高校の生徒会、奉仕部が向かい合っていた。
壁時計の針が午後四時を指した瞬間、玲が両手で議事資料を持ち上げる。
「それでは! 本日の議題、クリスマスコンサートの件ですっ!」
声のテンションが高すぎて、雪乃が小さく眉を寄せた。
「……元気なのは良いことね」
「は〜い、ほめられた気がします!」
向かいの砂原会長が腕を組む。
「僕は“地域に開かれた未来志向のイベント”を掲げたい」
「SNSで告知して、最低でも三百人は集めたい」
「三百?」瑠美が思わず声を上げる。
美羽は静かに資料に目を落とした。
玲が愛想笑いでフォローに入る。
「えっと〜……それは、夢があってステキですけど〜……キャパが五十なんです〜!」
「五十?」
「はい〜! 地域の人中心だから、アットホームがモットーなんです〜!」
砂原は「でも」と言いかけたが、その前に八幡が口を開いた。
「……三百人って、物理的に入らねぇよ」
「夢見るのは寝てからにしろ」
ピタリと静まり返る会議室。
雪乃が柔らかく補足した。
「比企谷先生の言う通りね。大切なのは“届く規模”よ」
結衣が笑顔で頷く。
「小さい方が、観客一人ひとりの顔が見えるからね!」
「はいっ、それです〜! “届く規模”って言葉、めっちゃ好きです!」
玲はメモを取りながら感動している。
(口調は軽いが、理解は早いな……)
八幡は心の中で感心していた。
「では、観客は三十〜五十人を想定し、地域密着型で進めるということで」
玲がまとめる。
瑠美が軽くうなずいた。
「いい判断ね、生徒会長」
玲は少し頬を赤らめる。
「てへっ、ありがとうございます」
(……まったく、どの時代も面倒なのは変わらねぇな)
それでも、悪くない。
⸻
会議が終わり、外に出ると夜風が冷たく、吐く息が白い。
街灯の下で結衣がコートを合わせる。
「はぁ〜、冬だね。みんな、手冷たくない?」
「私は平気です」
瑠美は強がるように言ったが、指先は少し赤い。
八幡が横目で見てぼそり。
「強がるなら手袋しろ」
「……ぐぅっ」
玲がそのやり取りを見てクスクス笑う。
「いいですねぇ〜、先生方ってちょっと夫婦漫才みたいです〜」
「どこに目をつけてんだ」
八幡が苦い顔をする。
「でも、なんか安心します。みんな仲良くて」
「そう見えるのはお前だけだ」
八幡が呆れたように返す。
歩道を並んで歩きながら、美羽がぽつりと言った。
「玲さん、今日のまとめ方、よかったです」
「えっ、本当ですか〜?」
「はい。“届く規模”という考え方、奉仕部にも通じます」
玲はふわっと微笑む。
「ありがとうございます。……でも、正直ちょっと怖かったんです」
「怖かった?」瑠美が振り返る。
「みんなの前で“違う意見”言うの、勇気いりました」
「でも、誰かのためなら言える気がして」
その言葉に、瑠美の表情がやわらぐ。
「その“誰かのため”って気持ちがあれば大丈夫」
玲は嬉しそうにうなずく。
「へへっ、なら次もがんばれそうです〜」
八幡はそんな様子を横目に、小さく笑った。
(……ほんと、“あの頃”に似てるな。だが、今度は見守る側か)
冬の夜風が吹き抜ける。
並ぶ五人の吐息が、街灯の光に溶けていった。
まだ誰も知らない“本番”の音が、静かに近づいている。
今回の玲は、初登場時の彼女とはまるで別人でした。
でもそれは、猫をかぶっていたのではなく、
“変わる勇気”を選んだ結果なのだと思います。
優しさの形は、人の数だけある。
そんな言葉を信じながら書いた回でした。