それだけで、もう物語は温かい。
笑いあり、成長ありの準備回をどうぞ。
小さな市民ホールに集まったのは、生徒会と奉仕部の面々だった。
椅子を並べたり、舞台の位置を確認したりと、
空っぽだった会場が少しずつ形を成していく。
「えっと〜、そこの列、あとちょっと右ですっ」
「あっ、違う違う、右の右っ!」
玲の声が響き、作業していた生徒たちは「どっち!?」と苦笑しながら椅子をずらした。
大磯がため息混じりに笑う。
「会長、指示がざっくりすぎる」
「え〜? 感覚派なんです私〜! でもちゃんと見てますから!」
そのやり取りを横目で見ながら、瑠美が小さく苦笑する。
「……見てる方向は合ってるけどね」
美羽が淡々と補足する。
「あと三度ほど右ですね」
玲は即座に反応した。
「はいっ! 角度のアドバイス感謝ですっ、美羽さん!」
八幡はその様子を見て、(……まるで台風の目だな)と心の中で呟いた。
だが不思議と、誰も苛立っていない。むしろ空気が明るい。
彼女の声が飛ぶたびに、周囲の笑いが増えていく。
「玲さん、まるで演劇部の舞台監督みたいですね」
美羽が穏やかな口調で呟くと、瑠美が小さく笑う。
「本人は“演出家”のつもりみたいだけど」
「え、聞こえてます〜! 私だってちゃんとやってますよ!?」
玲はむくれながらも、テープを手に取って飾り付けを始めた。
玲は飾りを手に取り、背伸びする。
その頬に少し汗がにじんでいる。
「……真面目にやる時もあるのね」
瑠美が感心すると、玲は笑ってウインクした。
「やだ〜、“あるのね”とか言われるの傷つく〜。普段から真面目ですよ!?」
八幡がぼそり。
「その言い訳がもう信用ならん」
「先生ひど〜い! でも当たってるのが悔しいです〜!」
周囲の笑い声が弾け、冷えた空気が少しだけ温かくなった。
⸻
設営が落ち着くと、今度は飾りつけだ。
色とりどりの紙テープや風船がホールのあちこちに広げられる。
生徒の一人が手を挙げて尋ねた。
「雪乃先生、飾りつけ手伝ってもいいですか?」
「ええ。ただし、危なっかしい真似はしないでね」
そのやり取りを聞いていた結衣が、にかっと笑った。
「あー、それ! なんか思い出した! クリスマスの時、ゆきのんとケーキ作ったじゃん?」
雪乃は一瞬だけ手を止め、懐かしそうに目を細める。
「……あの時も“手伝う”って言いながら、生クリームを三回こぼしたのは誰だったかしら?」
「うわ、それまだ言う〜!?」
八幡が後ろからぼそり。
「……生クリームどころか、床までデコレーションされてたからな」
「ヒッキーまで!? もう〜、あれは愛情表現だし!」
「破壊的な愛情だな」
八幡が苦笑しながら続ける。
「今回はその愛情はいりませんから」
「も〜ヒッキー感じ悪いっ! あたしだって料理の腕、ちゃんと上がってるし!」
結衣がぷくっと頬をふくらませると、雪乃が静かに息を吐き、
ふっと柔らかく笑った。
「そうね。今のあなたが作ったクッキーは、もう苦味を感じないもの」
「それフォローになってないからね!?」
部室中に笑い声が広がり、作業の緊張感がふっと和らいだ。
玲が段取り表を片手に走り回りながら声を張る。
「雪乃先生、電源コードこっちお願いしまーすっ!」
「わかったわ。……でもあなた、もう少し落ち着きなさい」
「え、私が止まると会場も止まるんですよ!? 止まれません〜!」
その隣で結衣が笑いながらクッキーの箱を持ってきた。
「はいはい、糖分タイム入りまーす! みんな一回休憩〜!」
「由比ヶ浜先生、まじ天使です〜!」
玲は両手を合わせて拝むような仕草をした。
「……やっぱり、一色の再来だな」
八幡が呟くと、雪乃が小さく肩をすくめる。
「あなたがそう言うなら間違いないわね」
「え、誰ですか一色さんって!?」
「歴史の勉強はあとで」
玲がぽかんとする中、瑠美と美羽は顔を見合わせて微笑んだ。
笑い声が重なり、会場の空気が少しだけ柔らかくなる。
その中で、誰もが自然に笑っていた。
喧騒の中にも、不思議な一体感があった。
⸻
準備が進むにつれ、近所の子どもたちが様子を見にやってきた。
「おねーちゃんたち、すごーい! キラキラしてる!」
玲がしゃがみ込んで笑顔で応じる。
「ありがと〜! 本番はもっとキラキラさせるからね!」
「ほんと!? また見に来る〜!」
その声に、生徒たちの動きが少し軽くなった。
町内会のお年寄りたちも姿を見せる。
「まぁまぁ、若い人たちがよく頑張ってるねぇ」
「ありがとうございます。当日、笑顔になってもらえるようにがんばります!」
玲の丁寧な一礼に、相手は嬉しそうに頷いた。
玲の背中を見つめながら、瑠美は小さく息を吐いた。――この子、やっぱり強いな。
その光景を見ながら、八幡はぽつりと呟いた。
「……ああいう時のあいつ、悪くないな」
雪乃が静かに微笑む。
「誰かを笑顔にできる人は、ちゃんと強いのよ」
⸻
控室。
ホールからは、リハーサルのピアノ音が微かに聞こえる。
机の上には進行表とマイクチェックリスト。
「じゃあ、最終確認いきますっ!」
玲は手元の資料を片手に立ち上がった。
「由比ヶ浜先生は来賓誘導! 比企谷先生は機材チェック! 雪乃先生は救護班で!
瑠美さん、美羽さんは受付まわりお願いします! 大磯くんは……サンタ帽で場を和ませてくださいっ!」
「なんで俺だけそういうの!?」
「雰囲気づくり担当です!」
「職権乱用だろ、それ」
「会長権限ってやつです〜!」
笑い声の中、玲が息を吸って真剣な表情に変わる。
「――みんな、本当にありがとう。ここまで来られたの、みんなのおかげです」
「そしてみんなで暖かい本番にしましょう」
八幡が椅子から立ち上がり、短く言った。
「……了解だ。会長」
その言葉に玲は少し目を丸くし、それからふわりと笑った。
「……はいっ。がんばります!」
扉を開けると、夜の冷気が差し込んだ。
玲は深呼吸をして、一歩外へ踏み出した。」
その瞬間、冬の空気が頬を撫でた。
ステージから流れる不揃いなリハーサルの音が、
どこか懐かしい冬の匂いと一緒に、静かに響いていた。
準備って、終わってみると不思議と尊くなるものですね。
何気ない会話や笑いの中に、少しずつ信頼が積み重なっていく。
この小さなホールで過ごした一日が、
誰かの記憶の中で、静かに優しく響き続けますように。
次回はクリスマスイブに投稿予定です。