今回は、再び動き出す“新しい奉仕部”のお話です。
1話と合わせて、ちょうどアニメの1話分くらいのつもりで書いています。
優しさがつながっていく、その始まりを感じてもらえたら嬉しいです。
「ここが……奉仕部、ですか。」
「だったが、正解だけどな。」
瑠美はその言葉をかみしめるように小さく頷いた。
その仕草に、雪乃がわずかに目を細める。どこか懐かしむような、優しい眼差しだった。
「そういえば……あなたが最初にここへ来たとき、私、あなたに“椅子に座りなさい”って言ったのを覚えてるわ。」
「……ああ、あれな。」
あの頃の雪ノ下雪乃は、まさに氷の女王。
理屈も理想も武器にして、迷いなく前へ進む人だった。
そんな彼女に見据えられたら、反射的に従ってしまう。……今思えば、それも当然だ。
「あなた、あのとき明らかに威嚇していたのに、私が“座りなさい”って言ったら、すぐ大人しく座ったじゃない。」
「そ、そんなことしてねぇし。」
「嘘をつくと、授業後に特別指導よ?」
雪乃の冷ややかな視線に、八幡の脳裏に当時の情景がよみがえる。
……たしかに、あのときは完全に子犬モードだったな、俺。
「なんかごめんなさい。
っていうか、人の黒歴史を生徒の前で掘り返すな。」
そんな俺たちのやり取りを聞いて、結衣がぷっと吹き出した。
笑い声が柔らかく広がり、空気が少し軽くなる。
「私も思い出したよ。ヒッキーと連絡先交換した時、私に打たせてたよね。」
「おい、それは必要な配慮だろ。」
「由比ヶ浜だって入部届出す時、“にゅうぶ”の文字がひらがなだったじゃねえか。」
「私の黒歴史も掘り返すなし!
そういうとこだよ、ヒッキー!」
「どういうとこだよ。」
結衣がむくれて、雪乃がため息をつき、瑠美が思わず笑った。
過去と今が柔らかく重なり合い、懐かしい空気がゆっくりと部室に戻ってくる。
しばしの静けさのあと、瑠美がぽつりと口を開いた。
「……クラスで、ちょっと気になる子がいるんです。
みんなと馴染めなくて、浮いちゃってて。どうしたらいいのか、わからなくて……」
その声に、雪乃が静かに視線を向けた。
けれど瑠美の声は次第に小さくなっていく。
言葉の奥に、迷いがにじんでいた。
「……その子、誰かに頼るのが苦手で……周りの目を気にしてばかりで……」
俺は小さく息をついて、机に肘をついた。
「それって――お前自身のことだろ、鶴見。」
瑠美の肩がびくりと揺れる。
少しの沈黙ののち、彼女は小さく頷いた。
「瑠美….」
「は?」
「比企ヶ谷先生の私の呼び方は瑠美でお願いします。」
「ちなみルミルミも却下です。」
「おおう、善処する。」
「それってやらない人の言い方じゃないですか。」
思わず苦笑がこぼれる。
どうやら真面目な話のあとにもしっかりと隙を作ってくれるらしい。
そんな空気の中で、雪乃が静かに口を開いた。
「いいえ、瑠美さん。あなたのように自分の気持ちをきちんと伝えられるのは、とても素敵なことよ。」
その声は、昔よりもずっと柔らかく、そして温かい。
叱るでもなく、導くでもなく、ただ寄り添うように。
結衣もそれに続くように微笑んだ。
「そうそう。自分の気持ちを言うのって、勇気いるもんね。
ゆきのんも昔は全然言えなかったもんね~。」
「由比ヶ浜さん?」
「ひゃっ、ごめんごめん!
でも、ゆきのんが変わったのは優しさのおかげだと思うんだ。」
雪乃は一瞬だけ目を細め、ふっと微笑む。
「……そうね。優しさは、伝わるものだから。」
その言葉に、瑠美は静かに息をのんだ。
比企谷先生たちのように、誰かを支えられる存在になりたい。
そんな思いが、胸の奥で小さく灯り始めていた。
「大丈夫だよ、るみちゃん。
私も昔、似たようなことあったから。」
雪乃はそんな二人を静かに見守り、一度だけ目を閉じた。
そして、穏やかな声で告げる。
「……じゃあ、今日からここは“新しい奉仕部”ってことで。
鶴見さん、部長はあなたよ。」
「え、ええっ!? 私が……部長?」
瑠美の声が裏返る。驚きと戸惑いが、まだ初々しい。
「そうよ。あなたが依頼者であり、この部の中心になる。
私たちはあくまで助言するだけ。」
「ちょ、ちょっと待って!
それって、なんかハードル高くないですか!?」
瑠美が慌てて両手を振る。
その様子に、結衣が優しく笑った。
「大丈夫だよ、るみちゃん。
困ったら私たちがフォローするから!」
俺は腕を組み、わざとらしく肩をすくめる。
「まぁ、教師が部長ってのも変だしな。
責任はお前に押し付けとくのが正解だ。」
「先生ひどい!」
瑠美の抗議に、雪乃が小さく笑う。
「……これでいいのよ。
私たちが背負うのではなく、あなた自身が歩き出すこと。
それこそが奉仕部の本質だから。」
その言葉に、瑠美はしばらく黙っていた。
けれどやがて、少しだけ照れたように笑う。
先生たちのような優しい人になれるなら――。
「……わかりました。やってみます。」
「ふふっ、いい返事ね。」
雪乃が穏やかに微笑む。
「異論、反論は――認めません。」
うわ、うちの奥さんは相変わらず厳しいな。
ゆきのん、ヒッキーと結婚できてよかったけど……
できなかったら、平塚先生みたくなっちゃってたのかな。
「そんな横暴な……」
瑠美の華やいだ笑顔で、部室の空気がふっと明るくなる。
――こうして、“新しい奉仕部”が再び動き出した。
その始まりは、やっぱり誰かの孤独からだった。
けれど今は、その孤独に寄り添う温もりが、確かにそこにあった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
「人に優しくあること」って、時に難しくて、それでも誰かがいてくれるから続けられるのだと思います。
そんな気持ちをこれからも物語に込めていきます。
次回――。
放課後の教室、夕陽の中で始まる文化祭実行委員会。
瑠美はまだ、自分を信じ切れない。
けれど、その背中を支える声が、確かにそこにあった。