大磯たちが雪乃へのプレゼントを買うお話です。
どんな思いが詰まっていたかを知っていただけたらと思って書きました。
皆さんにも、誰かにプレゼントを選ぶときの“優しい心”を思い出してもらえたら嬉しいです。
放課後の商業施設の入り口。
ガラス越しにオレンジ色の夕陽が反射し、
人の流れが途切れるたびに風が冷たく頬をかすめた。
その中を、小田原玲が手帳を片手に走ってくる。
「すみません、待ちました?」
「会長になったせいで、確認することが多くなっちゃって」
「ああ、待ったなあ」大磯が腕を組んでぼそり。
「そこは“今来たところです”って言うところじゃないんですか? 先輩」
「はあ? 先輩ってなんだよ、同い年だろ、俺たち」
「だって、生徒会長の先輩じゃないですか〜」
玲が“キャルン”と音がしそうな仕草で微笑む。
その笑顔に、大磯がわずかに視線を逸らす。
「っていうか〜、そもそも、先輩が雪乃先生の誕生日プレゼント買う時に、
女性目線の意見も欲しいって言うから来てあげたのに〜」
「でもなんで私なんですか〜?」
「瑠美さんや美羽さんでも、いいんじゃないんですか」
「……いや、鶴見は硬いとこあるだろ。多分、服とか防御力で選びそう」
「その点、小田原は女性らしい目線ってのに長けてるって感じがしたから」
玲が首をかしげ、目をぱちくりさせる。
「何ですかその理由、口説いてるんですか? でも私には好きな人がいるので無理です。ごめんなさい」
「なんで勝手に振られてんだよ」
大磯が額に手を当て、ため息混じりに笑った。
そこへ、美羽が小走りで合流した。
冬の風が三人の間を抜け、彼女の髪がふわりと揺れる。
「およ? なんかいい雰囲気ですね。もしかして私、お邪魔でしたか?」
「お邪魔なんてことあるわけないだろ」
「茅ヶ崎の“緩衝材としての能力”に対して、正当に評価した結果だ」
「何ですか、口説いてるんですか? でも今は誰とも付き合う気はありません。ごめんなさい」
「お前もか〜! それはさっきやった!」
「人選、間違えたかな〜」
「ふふ、冗談ですよ大磯くん」
美羽がくすりと笑う。
「私も雪乃先生へのプレゼント買いたかったから、ちょうど良かったです」
「美羽さんも呼んでたんですね。……ところで、どこから私たちの会話を聞いてたんですか〜?」
「玲さんが、“すみません、待ちました?”って言ってたところです」
「最初からじゃねえか」
美羽が「えへへ」と笑い、
三人の笑い声が、ショッピングモールの自動ドアの向こうへ吸い込まれていった。
三人が自動ドアをくぐると、
外の冷たい風が嘘のように止まり、
代わりに温かな空気とコーヒーの香りが鼻をくすぐった。
BGMの穏やかなピアノが流れ、人々の足音が反響する。
冬の夕暮れを忘れさせるような、柔らかな明かりが店内を包んでいた。
「さて、どこから探していいのか迷うな」
大磯が両手をポケットに入れたまま、周囲を見回す。
「大丈夫です。このエリアからここまでを見ていけば、
雪乃先生の望むプレゼントが見つかるはずです」
美羽は、マップを指差しながら、きっぱりと言った。
「美羽さん、本当に先生のこと、わかってるって気がする」
玲が感心したように目を丸くする。
「私もいつか、そんな関係を奉仕部のみんなと築けたらな〜」
「もう十分築けてる感じがするが……」
「そうですよ、玲さん。クリスマスの時から、ずっとそんな関係だと思ってます」
「何ですか、口説いてるんですか……いけない、これは男子専用だった、てへ」
玲は自分のこめかみを軽く叩くような仕草で、おどけて見せた。
「……あざとい」
大磯がぼそっと呟く。
「む〜先輩酷いです〜」
「あざとくなんかありません。素ですから」
「いや、その発言自体があざといから」
「どこのバカップルですか」
「「誰がバカップルだ(よ)」」
「ほら息ぴったり」
「さあ、早く買い物に行きましょう」
颯爽と美羽が歩き出す。
店内は冬の装いに合わせて、ディスプレイもどこか温かい色で統一されていた。
セーターやマフラー、手袋、可愛らしい雑貨が並び、
柔らかな照明がそれぞれの色を優しく照らしている。
時折、店員の「いらっしゃいませ〜」という声がBGMに溶けていった。
「こうして見てると、どれも良さそうに見えるな」
大磯がつぶやくと、玲がすかさず頷いた。
「先生って〜、実用的なものより“長く使えるもの”を好むって感じ
がするんですよ〜」
「確かに、質とか手触りを大事にするタイプだと思います」
美羽も静かに賛同する。
「こういう、さりげないストールとかどうですか〜」
「先生、黒のコートによく合わせてますし」
玲が手に取って見せると、大磯が首をかしげた。
「悪くはないけど……雪乃先生って、結構こだわり強いぞ?」
「うん。似合うって言われると逆に照れそうですね」
美羽が笑う。
玲がふと思い出したように言った。
「そういえば、先生って猫好きでしたよね?」
「クリスマスの時、猫のエプロンしてませんでした?」
「お、よく覚えてるな」
大磯が軽く指を鳴らす。
「比企谷先生が“似合う”って言ってたやつだ」
「へぇ〜、なんか意外。あの先生が褒めるなんて」
「いや、あれは雪乃先生補正だな」
「ふふっ、夫婦補正とも言います」
美羽が肩をすくめる。
玲が店内奥の棚を指差す。
「じゃあ、こういうのどうです? 猫のマグカップセット」
「落ち着いた色味で可愛いです」
「確かに、雪乃先生の雰囲気に合ってる」
「玲さんもそう思いますよね」
美羽が微笑む。
玲が即答しかけて、ふと口をつぐむ。
「……“冬の星空”って言ってたの、瑠美さんでしたよね」
「じゃあ、紺の入ってる方だな」
美羽が首を傾げる。
「でも先生は白磁の手触りも好きです。迷ったら“手に残る質感”で決めるはず」
大磯は両方を指でなぞる。
「……たしかに、白の方がさらっとしてる」
「けど紺の縁取り、星っぽいな」
玲が笑顔で返す。
「じゃあ、白磁ベース+紺の縁。先生、手触り喜びそう」
店員が丁寧に頷く。
「ギフト仕様で、星柄の薄紙をお入れしますね」
会計を待つ間、玲が肘でつつく。
「先輩、こういう時の“決め”は早いんですね」
「比企谷先生曰く、迷ったら“相手が手に取る瞬間”を想像しろ、だ」
「……いい言葉ですね」
美羽が柔らかく笑った。
「しかし、さすが小田原、いいセンスしてるなあ」
「なんですかそれ、口説いてるんですか、センスを褒められて
嬉しいですけど、今後も褒めてください、ごめんなさい」
「感謝してるのか、振られるのかどっちかにしてくれ」
「やっぱりバカップルですね」
「「誰がバカップルだ(よ)」」
「ほらまた息がぴったり」
場がまた柔らかくなった。
三人の笑い声が、ショッピングモールの奥へと溶けていく。
外の寒さを忘れるような、穏やかで心地よい時間が流れていた。
レジに向かう途中、玲がふと立ち止まった。
「……あ、こっちも可愛い」
棚の陰に、猫のシルエットが描かれた、細身のスプーン。
色は銀にわずかな青の反射。
美羽が指先でそっと持ち上げる。
「マグに合わせて、セットにしましょう」
「雪乃先生の紅茶をいれる所作が好きだから」
「いいね。“長く使える”にもしっかり合う」
大磯がうなずく。
会計を済ませ、紙袋を受け取る。
厚手の包装紙の紺に、細い銀のリボンが十字に走る。
3人はエスカレーター脇のベンチに腰をおろした。
玲が穏やかな笑顔を浮かべながら呟く。
「ふぅ……達成感ってやつ、ありますね〜」
美羽はレシートを折り畳み、手帳に挟む。
「渡す段取りは、当日、比企ヶ谷先生がプレゼント渡す前、ですよね」
「おう。俺たちは影武者。主役は“先生達“と“あの部屋”だ」
大磯が苦笑する。
玲が紙袋の口をのぞき込み、満足げに目を細めた。
「……先輩。私、ちょっとだけわかった気がします」
「何を」
「“似合う”って、物じゃなくて、渡す人たちの関係にもかかる言葉なんだなって」
美羽が頷く。
「ええ。だから“選ぶ時間”も、きっとプレゼントの一部です」
「……お前ら、たまに刺さること言うよな」
「褒めてるんですか、口説いてるんですか、どっちですか〜」
「どっちでもない。先輩としての総評だ」
「やっぱり先輩なんじゃないですか」
「はいはい、漫才はそれくらいにして下さい」
三人の笑い声が、館内放送のチャイムにやわらかく混じった。
書店の前を通りかかる。
窓ガラスにはイベント告知のポスター。
美羽が足を緩めた。
「……ここ、比企谷先生と雪乃先生が、
昔“結衣先生の誕生日プレゼント買う時に通ったルートです」
「え、なんで知ってるんですか?」
玲が目を丸くする。
「先生方の話、たまに断片的に出てくるんです」
「雪乃先生の好みで買おうとしたエプロンを
比企ヶ谷先生が似合うって言ってくれたから買って
結衣先生のイメージを教えられて、
プレゼントのエプロン決めたとか色々」
大磯が肩をすくめて、笑顔になる。
「想像つくな。でも雪乃先生、可愛すぎ」
玲は考え込む様子で
「なるほど、言葉にしないで、行動で萌えさせる」
「メモっとかなきゃ」
「はは、もう言葉にしちゃってるよ。ダメじゃん後輩」
「む〜、そこは気づいても言葉にしないでください」
「先輩もまだまだです〜」
「はいはい、喧嘩しない」
美羽の声は、ほどよく乾いていて、あたたかい。
買い物袋を手にしたまま、三人はショッピングモールを後にした。
ガラスの自動ドアが閉まると、冬の冷たい空気が一気に肌を包む。
さっきまでの温かさが嘘のようだ。
けれど、不思議と寒くなかった。
それぞれの胸の奥に、どこか柔らかな火が灯っていたから。
「風、冷たいです〜」
玲が肩をすくめると、美羽がマフラーを少し上げて笑う。
「冬ですから。でも、今日は心がぽかぽかです」
「お前、それちょっと詩的だな」
「比企谷先生の授業、ちゃんと聞いてますから」
「……ぐぅの音も出ないな」
大磯が笑い、三人の吐息が白く重なって消える。
モールの前の通りには、イルミネーションが灯り始めていた。
並木道の木々が淡い金と銀に輝き、歩くたびに足元の影が揺れる。
人の話し声や、どこかで流れるBGM。
少し前までは、こういう音をただの雑踏だと思っていた。
けれど今は――
(悪くないな)
大磯は心の中でそう呟いた。
信号が青に変わり、三人が横断歩道を渡る。
美羽が袋を抱え直しながら言った。
「先生、きっと喜びますね」
「うん。比企ヶ谷先生曰く、猫大好きフリスキーらしいからな」
「っぷ、何ですかそれ。比企ヶ谷先生達の方がバカップルなんじゃないですか〜」
「……そうかもな」
大磯が短く答えた。
風が吹き抜ける。
遠くの街灯が滲んで、夜の匂いが濃くなる。
どこかで聞こえる笑い声に、少しだけ心が温まった。
「そういえば」玲がふと思い出したように言う。
「先生たちって、昔このあたりでもよく喧嘩してたんですよね?」
「喧嘩っていうか、討論だな」
「でも結局、最後は同じ方向を見てたってことですよね」
「そう。――だから今の俺たちも、そうなれたらいい」
「先輩、今ちょっとカッコよかったです」
「褒めてんのか、口説いてんのかどっちだ」
「俺にも好きな人がいるんだ、ごめんなさい」
「何綺麗に仕返ししてるんですか」
「む〜、そんなの先輩が勝手に感じ取ってくださいよ〜」
三人が声を合わせて笑った。
風の音が一瞬止み、夜の空が広がった。
高く澄んだ空気の中に、星がひとつ、瞬いている。
それに気づいた美羽が、静かに指を伸ばした。
「見てください。……冬の星」
「ほんとだ、綺麗」玲が微笑む。
「“やはり冬の空には星が輝く”って感じですね!先輩」
玲が小さく口にすると、大磯が一瞬だけ目を細めた。
「……ほんと、そうだな」
三人の視線が夜空で交わり、風がまた少しだけ吹いた。
笑い声と足音が遠ざかっていく。
その背中を、イルミネーションの光がやさしく包み込んでいた。
誰かのことを思って選ぶ時間って、不思議と自分まで優しくなれますよね。
この回を書きながら、私自身もそんな気持ちを思い出していました。
皆さんにも、ちょっとだけ“贈りたい気持ち”が湧いていたら嬉しいです。