やはり俺の結婚生活は間違っている   作:ヒューイK

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成人の日をきっかけに、玲たちが「大人になるって何だろう」と語り合うお話です。
八幡たちの言葉に少しずつ重なる、生徒たちの“今の答え”。
季節は冬でも、読後に少しだけ心が温かくなってもらえたら嬉しいです。


第15話 やはり大人になるのは難しい

 

冬の午後の光が、校舎の廊下を淡く染めていた。

校舎の隅にだけ、まだ冬の日差しが名残を落としていた。

 

日が傾きはじめた放課後、

奉仕部の部室では、瑠美が書類の束と格闘していた。

 

「……えっと、ここは“奉仕部協力記録”って書いておけばいいかしら」

「いや、そこは“生徒会依頼対応”にしといた方が後でわかりやすい」

 

大磯がノートPCを開いたまま答える。

瑠美はため息をつきつつ、シャープペンをくるくると回した。

 

「大磯くん、生徒会の書式ってもう少し柔軟にならないの?」

「ルールがあるからルールなんだよ。そういうこと言ってたら俺みたいに書類地獄になるぞ」

「ふふっ……さすが元会長」

美羽が笑い、部室の空気が少しだけ緩む。

 

その時、ノックの音がした。

 

「どうぞー」

瑠美が返事をすると、ドアの隙間からひょこっと顔を覗かせる者がいた。

 

「やっほ〜。遊びに来ちゃいました、てへっ」

 

玲が両手を合わせ、あざとく笑った。

 

「……玲さん、またですか」

瑠美が眉をひそめる。

「“また”って言われるほど来てないです〜、今日はちゃんと用が――」

「用がないのね」

「はい、遊びに来ました」

玲が笑顔で即答する。

 

「こっちは仕事中なのだけれど」

「え〜? でも、どう見てもダラダラしてるようにしか見えませんけど〜」

「否定できない」

大磯がすぐに答える。

「大磯くんまで乗らないでよ!」

瑠美の抗議に、部室がどっと笑いに包まれた。

 

玲はにこにこと笑いながら椅子を引き、当然のように座る。

「で、今日の議題はなんですか?」

「勝手に会議にするな」

「え〜、だって奉仕部って、いつも誰かの悩みとか相談とか聞いてるんでしょ?」

「まぁ、今は書類に悩んでるわけだが」

大磯がぼそりと呟き、美羽が吹き出す。

 

 

そんな賑やかさの中、ふと玲が真面目な声を出した。

 

「そういえば、この間――成人の日にニュース見たんですよ」

その言葉に、瑠美が手を止める。

「成人式の中継? 派手な衣装の人とか?」

「はい。……なんか、暴れたり、変な格好したりしてる人たちがいて」

「あれが大人なの?って、ちょっと考えちゃって」

 

玲は笑いながら言ったが、その目はどこか真剣だった。

 

「……大人になるって、どういうことなんですかね?」

玲の声が静かに響く。

その問いは、まるで冬の光に溶けていくようだった

 

その一言に、空気が少しだけ変わった。

大磯が腕を組み、美羽が手を止める。

瑠美はペンを机に置き、穏やかに息をついた。

 

「面白い質問ね」

「でしょ? こういうの、奉仕部っぽいかなって」

玲が笑いながら言うと、美羽が頷いた。

「確かに、奉仕部って感じです」

 

「……お前ら、勝手にカテゴリ決めんな」

大磯のぼやきが落ちる。

けれど瑠美は微笑んでいた。

 

「いいわね。こういうの、久しぶり」

 

部室の窓から見える冬の空は、もう少しで夕焼けに変わるところだった。

いつの間にか、八幡と雪乃、そして結衣も帰る前に顔を出していた。

 

「なんだ、また集会か」

八幡が腕を組んで入ってくる。

「今日は“玲さんの疑問に答える会”です」

美羽が即答。

「……タイトルだけ聞くと、嫌な予感しかしねぇな」

「ヒッキー、また逃げようとしてる〜?」

結衣が笑う。

「俺の“逃げる本能”はな、むしろ人類の進化だ」

「進化って言い張れるところがもう高校の時と何も変わってないわ」

雪乃が小さくため息をついた。

「はいはい。では“玲さんの疑問に答える会”を始めます」

瑠美が軽く手を叩き、自然に場の中心に立った。

 

 

「で、質問は?」

八幡が椅子に腰を下ろすと、玲が少し姿勢を正した。

「えっと……“大人になる”って、どういうことなんですか?」

 

「それはまた、漠然としたテーマね」

雪乃が少し微笑む。

「はい。でも、気になっちゃって」

玲は目を伏せた。

 

「大人って、自分のことを自分で決められる人かなって思ったんですけど」

「でも、みんながそうでもないみたいで」

「……まぁな」

八幡が小さく笑った。

 

「どうなんだろうな、“大人になる”って」

「やっぱり、自立できること……ですかね」

瑠美が言葉を継ぐ。

「責任を取れること、ってのもあるかも」

美羽がノートを閉じた。

「俺は“人に迷惑をかけないこと”だと思う」

大磯の声が少し低く響く。

玲は頷いた。

「私は、“自分を好きでいられること”かな」

「だって、自分が嫌いなままじゃ、誰かのことも大事にできない気がして」

 

その言葉に、雪乃がわずかに目を細めた。

結衣が小さく「玲ちゃん、いいこと言うね〜」と頷く。

 

「で、先生たちの意見は?」

玲がくるりと向き直ると、八幡は面倒くさそうに頭をかいた。

 

「俺か? ……そうだな」

彼は少し考えてから言った。

 

「“痛みを想像できるようになること”……かな」

 

玲が目を瞬かせる。

「痛み、ですか?」

「そう。誰かの痛みとか、自分の過去の失敗とか、

そういうのを笑い飛ばすんじゃなくて、

想像して受け止められること」

「それができるようになると、人は少しだけ優しくなれる」

 

美羽がゆっくりと頷く。

「……それって、すごく八幡先生らしいですね」

「そうか?」

「ええ。“想像力のある優しさ”です」

 

雪乃が微笑んだ。

「私は、“誠実であること”かしら」

「誠実?」

「ええ。どんな場面でも、自分に嘘をつかないで生きること」

「それができる人は、年齢じゃなくて、心が大人だと思うの」

 

「ゆきのん、かっこいい〜」

結衣が拍手をする。

「私は、“他人に優しくできること”」

「失敗しても、責めるより、助けてあげられる人が大人だと思うな」

 

「由比ヶ浜、あいかわらず天使だ」

「やだ〜ヒッキー、そういうのやめてよ〜」

八幡が苦笑する。

「いや、たまには素直に言っとかねぇと。あとで雪乃に怒られる」

「もう怒ってるわ」

「早ぇよ」

 

部室の空気が笑いに包まれた。

でも、その笑いはどこか柔らかく、温かかった。

 

玲は手帳を開き、静かに一言だけ書き込んだ。

『大人=優しさを持てる人』

その顔は、とても満足げだった。

 

ディスカッションは思いのほか白熱した。

それぞれの言葉が、ゆっくりと空気を温めていくようだった。

 

「……でもさ」

沈黙のあと、大磯がぼそっと呟いた。

「大人になっても、間違うことってありますよね」

「むしろ、間違いの数は増える気がする」

八幡が苦笑しながら頷く。

「正解があると思ってた頃の方が、楽だったのかもな」

「それ、ちょっとわかります」玲が微笑む。

「子どもの頃は、怒られたら“悪いことした”ってすぐわかるけど、

今は正しいと思ってやったことでも、誰かを傷つけちゃったりして」

 

雪乃が少しだけ目を伏せる。

「……そうね。正義がぶつかる時もあるわ」

「“正しさのぶつかり合い”か」

八幡が頷く。

「それを調整できるようになるのが、大人なんだろうな」

 

「うわぁ〜、深いですね……」

玲が感嘆の声を漏らす。

「私、大人になるって、“自分を変えること”だと思ってたけど、

 そうじゃなくて、“自分の中に他人を置けるようになること”なのかも」

 

「他人を置く?」

美羽が首を傾げる。

玲は少し考えてから言った。

 

「たとえば、相手の立場で考えたり、自分の中で会話したり。

 そうやって、自分以外の誰かの声をちゃんと聞けるようになるっていうか」

 

雪乃が目を細めて微笑んだ。

「それは、とても“成熟した”考え方ね」

「玲さんらしいですね」

瑠美が静かに続ける。

「自分の中で対話ができるのは、大人でも難しいことです」

 

「……瑠美さん、それ褒めてます?」

「ええ、もちろん」

「やった〜! じゃあ今日の私は成長日記に“ひとマス進む”って書いておこうっと」

玲が笑い、美羽がくすっと吹き出す。

 

「“成長日記”か……いい言葉だな」

八幡が呟く。

「人って、子どもだから成長するんじゃなくて、

 成長しようとするから、いつまでも子どもでいられるのかもな」

 

「どういうことですか?」

玲が首を傾げる。

「大人って、実は“完全な人間”じゃないんだよ。

 足りない部分を認めて、それでも前に進もうとする。

 その姿勢がある限り、きっと誰だって“途中のまま”でいい」

 

静かな沈黙が訪れる。

八幡の言葉に、誰もすぐには返さなかった。

けれど、その沈黙が、なによりの共感だった。

 

窓の外では、いつの間にか小さな雪が降り始めていた。

部室の照明がその白を反射して、柔らかく光る。

 

「……なんか、やっぱり先生たち、すごいですね」

玲の声がかすかに震える。

「すごくないよ」

八幡が笑う。

「俺たちだって、いまだに“どう生きるか”を考えてる途中だ」

 

「でも――」

玲が目を細めて笑った。

「それって、ちょっと安心します」

 

「安心?」

「だって、“完璧な大人”なんていないってわかったら、

 私も焦らなくていい気がして」

 

「……そうね」

雪乃が微笑んだ。

「焦らなくていい。けれど、止まらないで」

 

玲は頷いた。

「はい。ゆっくりでも、ちゃんと前に進みます」

 

 

 

時間がゆっくりと過ぎていく。

気づけば、窓の外は薄闇が降りていた。

雪の粒が静かに光り、街灯の明かりの中で踊っている。

 

瑠美がふと立ち上がり、カーテンを閉める。

「そろそろ帰りましょうか」

「そうね。そろそろ閉館時間だし」

美羽がパソコンを閉じ、大磯がファイルをまとめる。

玲は立ち上がったまま、窓の外を名残惜しそうに見ていた。

 

「なんか……今日、すごくいい時間でした」

「そりゃよかった」

八幡が椅子の背にもたれながら言う。

「こういう話って、答えが出ないからこそ面白いんだよ」

 

「うん……」

玲は小さく頷いた。

「私、少しだけ大人に近づけた気がします」

その笑顔には、迷いよりも静かな誇りが宿っていた。

 

「なら、俺も少しだけ教師やれてるってことだな」

八幡が笑う。

その横で雪乃が微笑みながら髪を耳にかける。

「ええ、やっとね」

「それ、褒め言葉でいいんだよな?」

「判断はあなた次第よ」

「……怖いな、おい」

結衣がくすっと笑う。

 

「やっぱり、ゆきのんとヒッキーって、そういうとこ変わらないね〜」

「おい、それ褒めてねえだろ」

「ううん、すっごく褒めてる!」

 

雪乃は軽くため息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。

 

 

部室を出ると、廊下の向こうに白い光が延びていた。

外はもうすっかり夜。

窓の外には、淡く雪が舞っている。

 

玲がドアを閉めながら、ぽつりと呟いた。

「“大人になるのは難しい”って、きっと誰もが通る道なんですね」

「お前本当に小田原か?」

八幡が突っ込みを入れる。

「人がせっかく真面目モードなのに、先生酷い」

泣くポーズで、あざとく抗議する

「おい、悪かったって....」

「ふふ、本当に泣くわけないじゃないですか〜」

「おい、俺の優しさを返せ」

 

「でも、いい言葉だと思いますよ」

美羽が優しく笑う。

「難しいからこそ、面白い」

「……ほんと、それですね」

玲が頷く。

 

彼女の頬に落ちた雪が、白く溶けた。

その横で、瑠美が呟く。

 

「きっと、私たちも少しずつ変わっていけるわね」

「そうね」

雪乃が小さく笑う。

「成長って、案外“誰かと話した時間”の中にあるのかもしれないわ」

 

そのとき、少し離れた場所で瑠美と玲がなにやら視線をぶつけ合っていた。

どうやら、大磯をめぐる“静かな牽制”の真っ最中らしい。

大磯は目を逸らし、困ったように八幡を見た。

 

八幡は小さく肩をすくめ、周囲に聞こえないよう耳元で囁く。

 

「バカ、こっち見るんじゃねえ。俺がそういうこと一番苦手だってわかるだろ」

「今まで俺の何を見てきたんだ。いい加減気づけ」

「今お前が頼るべきなのは――由比ヶ浜だ」

 

大磯は「でも……」と言いかけて口を噤んだ。

その反応を見て、八幡は小さくため息をつく。

 

 

片付けが終わり、帰り際。

雪乃と二人きりになったとき、彼女が静かに口を開いた。

 

「ふふ、聞こえてたわよ。大磯君に言ったこと」

「……あれはアドバイスだ。別に深い意味はねぇよ」

「相変わらずあなたは自己評価が低いのね」

雪乃は微笑を浮かべながら続ける。

 

「大磯君は同性だし、あなたが同じような経験をしてきたからこそ、

あなたの方を見たのよ。だから――彼の判断は間違ってないわ」

 

「相変わらず、恋愛に関してはポンコツね」

「ポンコツっていうな」

「でもそこを含めて俺のことが好きだろ、雪乃」

雪乃の顔が一瞬で、真っ赤になる

「その返しはずるいわ」

(あの時陸橋の上でそんな風に言ってくれたら

私があんな恥ずかしい言葉、言わずに済んだのに)

「なんか悔しいから今はその答えは保留ね」

 

(どこで負けず嫌いのスイッチが入ったんだか……)

八幡は優しい笑顔で、胸の内でそっと呟いた。

 

――廊下の向こうから、玲の明るい声が聞こえてきた。

 

「はいっ! じゃあ、今日の奉仕部は“立派な大人になる会”ってことで!」

玲が両手を上げて宣言する。

 

「それ、ちょっと恥ずかしいタイトルね」

「でも、悪くないです」

美羽が微笑み、瑠美も頷いた。

「そうね。“悪くない”わ」

 

八幡は苦笑しながら、廊下の窓越しに空を見上げた。

雪が街灯に溶けながら、ゆっくりと降り続いている。

 

「……悪くない、か」

その呟きは、誰にも聞こえないほど静かだった。

 

 

放課後の校舎に、足音が遠ざかる。

雪の降る音と重なりながら、淡い余韻を残していた。




 人は幾つになっても成長出来る。
 それは、
 いつも途中って、思っているから
 出来ること。
 自分は完成されたと思っている人には
 出来ないことだと思ってます。
 だから私も、私の文章も成長途中だと
 思って過ごしてます。
 皆さんはどう過ごされてますか?
 皆さんの想いを聞かせてくれたら嬉しいです。
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