やはり俺の結婚生活は間違っている   作:ヒューイK

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二月の奉仕部は、豆まきに挑戦。
笑いの中に、少しだけ切なさを添えた物語です。
どうぞ。


第17話 それでも鬼は、心の中に棲んでいる

二月の風は、どこか名残惜しそうに冬を手放していた。

校門の前で息を吐くと、白い煙がふわりと舞い上がる。

その中に、ほんのりとした豆の香りが混じっている気がした。

 

「えっと、今日の奉仕内容って……本当に“豆まき”なんですか?」

美羽が書類を手に半信半疑の顔をしている。

 

「正式には、“地域協働節分イベントのサポート”よ」

瑠美が淡々と答えた。

「近隣の保育園から依頼が来たの。生徒会経由でね」

「そうなんですよ〜」

「今回も奉仕部にお願いしたくて、来ちゃいました!」

 

「豆まきって、あの“鬼は外〜”ってやつですよね?

……奉仕活動として成立するんですか、それ」

「十分よ。子どもたちが笑顔になることが、まず一番の奉仕だもの」

雪乃がそう言って微笑むと、八幡は内心でため息をついた。

 

「お前な、それ言われたら断れねぇだろ」

「当然よ。あなたの“逃げ癖”の矯正にも丁度いいわ」

「うるせぇ。鬼役はやらねぇぞ」

「残念。すでに決まっているわ」

「おい」

「ヒッキー、鬼似合いそうだし!」

結衣が楽しそうに笑いながら追い打ちをかけた。

 

奉仕部は今日も平常運転だった。

いや、“非日常の延長線”と言うべきかもしれない。

 

⸻

 

保育園に到着すると、園児たちの元気な声が出迎えてくれた。

壁には折り紙の鬼たち。赤と青の角が楽しげに並んでいる。

「かわいい……!」

玲が思わず声を漏らす。

「こういうの、癒やされますね」

「……そうね。無垢っていうのは、時に痛いほど眩しいわ」

雪乃が窓の外を見ながら呟いた。

 

担当の保育士が笑顔で説明を始める。

「では、皆さんには鬼役と補助役、それから“心の鬼作文コーナー”をお願いします」

 

「心の……鬼?」

八幡が眉をひそめた。

 

「はい。子どもたちに“自分の中にも小さな鬼がいる”と話した上で、

“どうしたら仲良くできるか”を先生方にも発表してほしいんです」

 

「……おいおい、急に精神分析みたいな話になったぞ」

「いいじゃない。たまには内省的で」

雪乃が口角を上げる。

「比企谷先生、こういうの得意でしょ?」

「いや俺、内省なら一日中できるけど、口に出すのは苦手なんだよ」

「それを克服するのが、今日の奉仕ね」

 

八幡は黙って天井を見上げた。

天井から吊るされた紙の鬼たちが、どこか楽しそうに笑っていた。

 

⸻

 

「じゃあ、先生たちはこっちで着替えお願いしまーす」

保育士が指さした先には、見覚えのある赤と青の全身タイツ。

さらに、もこもこの角付きヘッドバンドが添えられていた。

 

「……おい、これマジで着るのか?」

八幡が顔をしかめる。

「似合うと思うわよ。あなた、もともとそういう顔してるし」

「どういう顔だよ」

「社会不適合者顔」

「おい雪乃、それ褒めてねぇからな」

「むしろ褒め言葉よ」

「いや、だったら褒めんな」

 

玲が吹き出しながらスマホを構える。

「先生、写真撮ってもいいですか? 記念に」

「SNS禁止だ」

「ちぇー、もったいない〜」

 

美羽が衣装を手に取りながら言った。

「でも、こういうのっていいですね。

 子どもたちの世界に入るっていうか」

「そうね」

雪乃が頷く。

「“教育”って、本来は上から与えるものじゃなくて、

 一緒に遊んで、一緒に笑って、

 その中で伝わるものだと思うわ」

「さすが雪乃先生。鬼の格好で教育語る人、初めて見たけどな」

八幡がぼそりと呟く。

「鬼の格好でぼやく人も初めてみたのだけれど」

「はは、行くよヒッキー、ゆきのん!」

「子供達が待ってるよ」

 

やがて園庭に子どもたちの歓声が響く。

「鬼だー!」「きゃー、こっち来たー!」

赤鬼と青鬼(八幡と玲)は豆を浴びながら逃げ回った。

瑠美と美羽は“豆補助係”として必死に後方支援、

結衣と雪乃は保育士と並んで笑いながら子どもたちを見守る。

 

雪乃の視線がふと、八幡の背中で止まる。

(……あなた、昔から変わらないわね)

逃げながらも、子どもが転びそうになると即座に手を伸ばす八幡。

顔をしかめながらも、ちゃんと守る。

それが彼の“奉仕”の形なのだと、雪乃は知っていた。

 

豆まきの終わりを告げる笛が鳴る。

園庭には笑顔と豆の香りが残った。

「次は“心の鬼作文コーナー”でーす!」

 

八幡は額の汗を拭いながら、空を見上げた。

「……戦いは、これからだな」

 

⸻

 

やがて、休憩時間を挟んで「心の鬼コーナー」が始まった。

子どもたちが順番に「泣き虫鬼」「寝坊鬼」などを発表していく。

最後に、先生方の番になった。

 

「では……まずは先生方のお話を聞いてみましょう!」

園児たちの目がキラキラと輝く。

 

最初に立ち上がったのは雪乃だった。

静かな声が響く。

 

「私の中の鬼は、“完璧主義”という名の鬼です」

子どもたちはきょとんとした表情を浮かべた。

「なんでも完璧にしたくて、人に頼るのが苦手なの。

でも、最近やっと気づいたの。

“できない”って言うことも、ちゃんと強さなんだって」

 

子どもたちが小さく拍手を送る。

その音がどこか、優しかった。

 

次に結衣が立つ。

「わたしの中の鬼は、“みんなに合わせちゃう鬼”です!」

「合わせちゃう鬼ー?」

園児たちが声を上げる。

「そう! ほんとはイヤなのに“うん”って言っちゃうの。

でもね、最近気づいたの。“優しさ”って、我慢することじゃないんだって」

「えらいー!」と子どもたちの声が上がる。

 

瑠美は、少しだけ迷ってから、口を開いた

 

「私は、“強がり鬼”です」

「強がりって、なぁに?」

「本当は怖かったり、寂しかったりしても、平気な顔をすることよ。

でも、それだと誰にも届かないことがあるの」

瑠美の声が少しだけ震えていた。

その言葉に、大磯がそっと目線を落とした。

 

⸻

 

大磯が立ち上がる。

「俺の中の鬼は……“本音隠し鬼”かな」

「ほ〜んね?」

「本当のこと言うのが、ちょっと怖い鬼。

誰かを傷つけたくなくて、ついごまかしちゃう。

でも、最近はちゃんと言うようにしてる。

だって、言わなきゃ伝わらないからな」

 

園児たちの小さな手がぱちぱちと鳴った。

瑠美がその音を聞きながら、微かに笑った。

(……ほんと、ずるい人)

そう思うのに、心の奥が少し温かくなっていた。

 

続いて美羽が前に出る。

「私の中の鬼は、“見て見ぬふり鬼”です」

子どもたちが首をかしげる。

「本当は“それ、違うと思う”って思っても、

場の空気を壊すのが怖くて、黙っちゃう。

でも、誰かのために言葉を出す勇気を持てたら、

きっと鬼は小さくなると思うの」

 

「みんな、それぞれ鬼がいるんですね〜」

玲がぽつりと呟く。

「じゃあ、玲さんは?」

美羽が促す。

 

玲は少しだけ目を伏せた。

ほんの数秒の沈黙のあと、顔を上げる。

 

「……わたしの中の鬼は、“嫉妬鬼”です」

 

その言葉に空気が少しだけ揺れた。

「友達が誰かと仲良くしてたり、

自分より上手くやってたりすると、

心の中でムッとしちゃう」

 

「…でも、今日気づきました。

“鬼”がいるのは、頑張りたい証拠なんだって。

だからもう、逃げません」

 

玲の声は少し震えていたが、

その瞳はまっすぐに前を向いていた。

 

⸻

 

最後に、八幡の番が来た。

「えー……俺の中の鬼は、“逃げ癖鬼”だ」

子どもたちが「にげぐせー?」と首を傾げる。

「嫌なことがあると、すぐに“まあいいか”って逃げるやつ。

面倒なこと、傷つくこと、全部避けたくなるんだよ。

でも、それじゃ誰も救えねぇし、優しくもなれねぇ。

だから最近は、逃げる前に“一歩だけ踏み出す”ようにしてる」

 

「えらいー!」

「先生、鬼いなくなった?」

「いや、まだ棲んでるな」

「え〜!なんで〜?」

「だって、鬼がいなくなったら、俺じゃなくなるだろ」

 

会場に、くすっと笑い声が広がった。

 

雪乃がそのやりとりを見て、そっと目を細めた。

その瞳に映る“鬼”は、もう優しさの形をしていた。

 

⸻

 

イベントが終わるころ、夕方の光が園庭をやわらかく染めていた。

園児たちが手を振り、八幡たちはその姿を見送る。

 

「お疲れ様でした、先生方。本当に助かりました」

保育士が深く頭を下げる。

「こちらこそ、貴重な時間をいただきました」

雪乃が丁寧に返すと、玲が隣で頷いた。

 

「……なんか、心が軽くなりました〜」

「そりゃ、お前が一番素直に鬼出してたからな」

「えへへ……恥ずかしかったけど、言ってよかったです」

 

八幡は少し離れたところで瑠美たちを見ていた。

瑠美は園児と最後のハイタッチを交わしている。

その笑顔は、少し照れくさそうで、けれど確かな温度を持っていた。

 

八幡はその笑顔を見て、ふっと息を吐いた。

(――鬼がいる限り、人は優しくなれるのかもな)

 

⸻

 

帰り道。

冬の夕暮れが街を包み、街灯が一つずつ灯り始める。

 

「今日の活動、よかったですね」

美羽がぽつりと言うと、結衣が頷く。

「うん。なんか、あったかかった」

「ヒッキーの鬼も、ちょっと小さくなったんじゃない?」

「いや、そいつは根性悪いから冬眠もしねぇ」

「ふふ、鬼は風邪をひかないのね」

雪乃の返しに、八幡が肩をすくめる。

 

玲が隣で歩きながら呟いた。

「でも、いいですね。“鬼”って言葉。

 悪いものに見えて、実は自分の中の大事な部分でもある」

「そうだな」

八幡はポケットに手を突っ込みながら言った。

「人はさ、自分の中の鬼を追い出そうとしてるうちは、

 まだちゃんと優しくなれるんだよ」

 

瑠美がその言葉を聞き、少し足を止めた。

「……追い出そうとしても、また戻ってくる気もしますけどね」

「戻ってきたら、その都度、豆でも投げりゃいい」

「先生、わりと前向きですね」

「年に一回くらいはな」

 

みんなが笑った。

風が吹き、遠くの神社から“鬼は外〜”の声がかすかに届く。

その声に合わせるように、八幡は静かに息を吐いた。

 

(俺の中の鬼も、少しは怯えてくれたかね)

雪乃は隣で、そんな彼を見上げて微笑んでいた。

 

⸻

 

その夜、帰宅した八幡は、

玄関で靴を脱ぎながら小さく呟いた。

 

「ただいま」

 

リビングから、雪乃の声が返ってくる。

「おかえりなさい。豆は全部まいた?」

「だいたいな」

「“だいたい”ではダメよ。ほら、今年は南南東」

雪乃が巻き寿司を手にしている。

八幡は苦笑しながら隣に座った。

 

「……お前の中の鬼は?」

「もう寝たわ」

「早いな」

「あなたのおかげで、安心したのよ」

 

八幡は何も言わず、黙って箸を取る。

豆を一粒、指でつまみながら思った。

 

(鬼ってのは、完全にはいなくならない。

 でも、誰かと笑い合える夜があるなら、それでいい)

 

雪乃がそっと寄り添い、二人の間に灯りがともる。

 

その静かな光の中で、八幡はようやく微笑んだ。

 

「……ま、悪くない節分だな」

 

「ふふ、また出た。“悪くない”」

「万能ワードだからな」

「ほんと、あなたらしいわ」

 

豆の香りと笑い声が、

冬の夜にゆっくりと溶けていった。

 




節分という行事を通して、八幡たちそれぞれの“心の整理”を描きました。
人の弱さも、照れも、優しさも。
全部まとめて、“奉仕”なんだと思います。
今回も読んでくださってありがとうございます。
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