やはり俺の結婚生活は間違っている   作:ヒューイK

5 / 30
文化祭のクライマックス。
舞台に響く歌声と“受け継がれる優しさ”の物語。


第5話 それでも再びカーニバル

 

文化祭の二日目。

順調に進んでいたはずのプログラムは、予想外のトラブルで大きく時間が押してしまっていた。

発表の時間は削られ、学校からは「余興はすべてカット」との通達が下る。

そのうえ、地域賞の集計作業も滞り、結果発表に間に合わないという報せが入った。

 

「そ、そんな……! 準備してきた人たちが報われないじゃないですか」

委員長の瑠美は食い下がるが、決定は覆らない。体育館に集まった観客のざわめきが広がっていく。

 

その時、雪乃が静かに立ち上がった。

「ならば、こちらで時間を繋ぎましょう」

 

結衣が笑顔で続く。

「そうそう! だったら、即興で演奏すればいいんだよ!」

 

「えっ……!」

瑠美は驚きに目を丸くしたが、二人の真剣な眼差しを見て、ゆっくりと頷いた。

 

マイクを握る手が、わずかに震えていた。

(……私なんかに、本当にできるのかな)

けれど、雪乃先生と結衣先生の目を見た瞬間、その不安が少しだけ薄らいでいく。

「大丈夫、きっと……大丈夫」

自分に言い聞かせるように小さく呟くと、瑠美は深呼吸をした。

 

――そして急遽始まる即席バンド。

雪乃がピアノの位置に向かい、結衣がギターを構える。

瑠美はマイクを握り、澄んだ声で歌い出す。

 

最初の一拍を結衣が刻むと、雪乃の旋律が重なり、瑠美の声が空気を揺らした。

 

広い体育館は一瞬でその音に引き込まれた。

小さな手拍子から始まって波になる、会場全体が熱気に包まれていく。

さながらライブ会場の様だ。

 

舞台袖で腕を組む八幡は、静かにその光景を見つめていた。

心の奥に、かつての記憶が蘇る。

 

高校時代の文化祭――雪ノ下と由比ヶ浜が、誰かのために無茶をしたあの日。

俺はその傍らで、傷つくことを恐れ、正論に逃げた。

「誰も傷つかない世界」なんて口にして、結局は自分が一番傷ついていたくせにな。

……もし今の俺が、あの頃の俺に出会ったら、きっと少しはマシな答えを出せる気がする。

傷つくことを恐れず、誰かの“背中”をそっと押してやる――それくらいは、できるかもしれない。

 

だが今、目の前にいるのは、あの頃と同じように誰かのために動く連中だ。

違うのは、その無茶が独りよがりじゃないってことだ。

支え合って、分け合って、それでも前に進もうとしている。

 

(……そうか。こうやって繋がっていくんだな)

 

俺たちが遠回りして見つけた“答え”を、こいつらは自然に形にしている。

瑠美の歌声が響くたびに、あの頃の未熟な理想が少しずつ癒やされていく気がした。

 

曲が終わった瞬間、体育館を埋め尽くす拍手が鳴り響いた。

鳴り止まぬ歓声に、瑠美は思わず目元を押さえる。

「……よかった。私、ちゃんとやれたんだ」

 

横でピアノを閉じた雪乃が、そっと肩に手を置く。

「ええ。立派だったわ、委員長」

 

結衣も満面の笑みで抱きつく。

「最高だったよ! るみちゃん!」

 

観客の拍手に包まれながら、瑠美の頬を涙がつたった。

その涙は悔しさではなく、確かな達成感と喜びの証だった。

 

舞台袖からそれを見ていた八幡は、小さく口の端を上げる。

(……ああ、やっぱり悪くないな。こういうのも)

 

 

文化祭の喧騒が嘘のように静まり返った放課後。

校舎の廊下には、片づけを終えた生徒たちの笑い声が遠くに響いていた。

 

奉仕部の部室では、瑠美が机の上に並んだ残りの書類を丁寧に束ねていた。

その動きには、充実感と少しの寂しさが混じっている。

 

「……終わっちゃいましたね」

瑠美が小さく呟いた。

 

「よくやったわ、委員長」

雪乃が微笑みながら言う。疲れを見せつつも、その声にはどこか誇らしげな響きがあった。

 

結衣が机に肘をつき、にかっと笑った。

「ほんとすごかったよ、るみちゃん! もう立派なリーダーだったもん!」

 

「そ、そんな……皆さんが助けてくれたからです」

瑠美は慌てて首を振る。

その頬はほんのり赤く、けれどその表情はどこか誇らしげだった。

 

八幡は窓際に立ち、夕焼けに染まる校庭を眺めながらぽつりと呟いた。

「ま、委員長ってのは助けてもらってなんぼだ。全部一人でやれるやつなんていないさ」

 

「……比企谷先生」

瑠美がその言葉を胸の中で繰り返すように口にし、静かに笑った。

 

雪乃が椅子を立ち、窓の外を見つめる。

「少し前の私たちも、きっとこんな顔をしていたのかもしれないわね」

 

「うん……ゆきのんとヒッキー、あの頃から全然変わってないよ」

結衣がくすりと笑い、目を細めた。

 

八幡は肩をすくめる。

「変わってないようで、少しは変わったさ。……たぶんな」

 

瑠美はその言葉を聞きながら、ゆっくりと手帳を閉じた。

 

「……私、最後まで怖かったです。でも……みんなの顔を見てたら、逃げたくなくなって」

 

雪乃は静かに目を細めた。

「それは違うわ。あなたが諦めなかったから、みんながついてきたのよ」

 

結衣が笑顔で頷く。

「そうそう! るみちゃんの頑張りがあったからこそ、楽しかったんだよ!」

 

瑠美は少しだけ俯き、そして小さく頷いた。

「……ありがとうございます」

 

八幡は心の中で呟いた。

(――ちゃんと受け継がれてるな)

 

あの頃の奉仕部はもうない。

けれど、誰かの思いを繋ぐ場所として、ここに確かに残っている。

 

窓の外では、夕陽が校庭を赤く染めていた。

その光の中で、四人は穏やかな笑顔を交わす。

 

「……青春って、案外悪くないわね」

雪乃が静かに呟くと、八幡が即座に反応する。

「言ったな。録音しとけばよかった」

「やめてちょうだい。黒歴史になるから」

結衣が吹き出し、瑠美も思わず笑った。

 

――奉仕部の時間は、まだ終わらない。




読んでくださってありがとうございます!

文化祭のステージ、少しでも心に響いたなら嬉しいです。
次回は、余韻の中で新たな出会い――新メンバーが登場します。

感想や好きなシーン、ぜひ教えてくださいね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。