やはり俺の結婚生活は間違っている   作:ヒューイK

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文化祭の後日談です。
文化祭の余韻がまだ残る中で、新しい出会いが描かれます。

“優しさを受け継ぐ”奉仕部の物語、少し穏やかに続きます。


第6話 されど咲いた花は、誰かの芽を育てる

文化祭の翌週、総武高校の廊下はまだ余韻を残していた。

掲示板には写真と感謝の言葉が並び、廊下を歩く生徒たちの顔には、達成感と名残惜しさが混ざっている。

 

「ふぅ……ようやく一段落、って感じですね」

瑠美が書類を抱えながら、職員室前のベンチに腰を下ろした。

 

「委員長業、おつかれさん」

八幡がマッ缶を差し出す。

瑠美は少し驚きながらも、それを受け取って微笑んだ。

「あまっ……良くこんなの飲めますね」

「こんなのとか言うな。人生が辛い分、飲み物は甘い方がいいんだ」

「それに頑張って疲れた頭に糖分は必要だ。だからお前にピッタリだ。鶴見」

「……瑠美」

「お、おう。お前にピッタリだ、瑠美」

「ありがとうございます。……でも、まだ実感が湧かなくて」

「成功した実感ってのは、だいたい終わってからじわじわ来るもんだ」

「そうなんですか?」

「そうだ。俺も高校の頃、そんなもんだった」

 

瑠美はその言葉に小さく頷き、缶の温かさを両手で包み込む。

「……みんな、すごく頑張ってました。私、委員長って呼ばれるの、最初すごく不安だったけど……ちゃんと最後までできた気がします」

 

八幡は小さく息をついて、視線を廊下の先へ向ける。

「“ちゃんとできた”って言えるなら、十分だろ」

「でも、途中で何回も助けてもらってばかりで……」

「助けてもらうってのは悪いことじゃない。頼られるより、頼れる方がよっぽど難しいからな」

 

瑠美は少し考え込んでから、照れくさそうに笑った。

「……八幡先生って、たまにすごく優しいこと言いますね」

「“たまに”は余計だ」

 

二人のそんなやり取りを見ながら、結衣が廊下の端から駆けてくる。

「るみちゃん〜! 後片付け終わったよ!」

「結衣先生、ありがとうございます!」

「ううん! みんなでやったからすぐだったし!」

結衣はにこにこと笑いながら言い、八幡の隣に腰を下ろした。

「ヒッキーもちゃんと働いた?」

「俺は監督業だ。働く側じゃなく見守る側」

「つまりサボってたんだね」

「おい、言い方考えろ」

 

その後ろから雪乃が静かに現れた。

「あなた、見守るだけで済ませたなら、それは“怠慢”というのよ」

「先生、それ言葉のチョイスが厳しすぎませんか」

「事実を述べただけよ」

 

結衣が笑いながら瑠美の肩を軽く叩く。

「ね、ゆきのんも相変わらずでしょ?」

「ふふ、はい。でも……なんか安心します」

 

雪乃が少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。

「安心、ね。あなたが頑張ったから、私たちもそう感じているのよ」

雪乃は一拍置いてから、静かに続けた。

「教える立場に立つとね、自分が思う以上に“見られている”の。だからこそ、あなたのように努力を重ねる姿勢は、周りの生徒にとって何よりの手本になるわ」

 

瑠美は小さく首を振る。

「いえ……皆さんがいたから、頑張れたんです」

「それが“成長”ってやつだ」八幡がぼそりと言う。

「成長……ですか?」

「そうだ。誰かの努力を見て、“自分も”って思えること。そういうのが一番本物だ」

 

瑠美は一瞬黙って、それから真っ直ぐにうなずいた。

「……私も、そういう大人になりたいです」

「そのセリフ、俺にも聞かせたかったな」

「八幡先生、ちゃんと聞こえてるでしょ!」

 

笑い声が廊下に広がる。

窓の外では、秋の終わりを告げる風が吹き抜け、枯れ葉がひとひら舞い落ちた。

 

放課後の奉仕部の部室。

窓から射し込む斜陽が机の上を金色に染め、静かな空気が漂っていた。

八幡がいつものように書類をまとめ、雪乃が湯を注いでいると、

「――コン、コン」と控えめなノックの音が響く。

 

雪乃が顔を上げた。

「どうぞ」

 

扉がゆっくり開き、小柄な少女が戸口に立っていた。

文化祭で見た奉仕部の姿が、彼女の心に小さな勇気を灯していた。

緊張で指先をぎゅっと握りしめながら、彼女は小さな声で言う。

 

「えっと、その……ここが、奉仕部って聞いて……」

「そうよ。何か相談かしら?」雪乃が促すと、少女は思い切ったように言った。

「1年C組の茅ヶ崎美羽です。わ、私……人と話すのが苦手で……でも、変わりたくて……。その……ここに入れてもらえませんか?」

 

瑠美は深く息を吸い、自然に微笑んだ。

その笑顔には、不安よりも確かな決意が宿っている。

 

「――ようこそ、奉仕部へ。理念は、釣った魚を人に与えるのではなくて、釣り方を教えること。だから……私と一緒にやってみない?」

 

少女は目を見開き、そして小さくうなずいた。

「……はい!」

 

その瞬間、瑠美の声は迷いなく響いていた。

奉仕部の部長として、確かに自分が受け継いでいるのだと。

 

八幡はその様子を見て、どこか懐かしげに目を細める。

(……ったく、昔の雪ノ下そのものだな。理念を語る表情も、背筋の伸ばし方も、そっくりだ)

(そのうち「世界を変えたい」とか言い出すんじゃないかって心配になるわ。……まあ、そうなったら止める役目は俺なんだろうけどな)

 

苦笑を浮かべつつも、心の奥ではほんの少し誇らしい気持ちが芽生えていた。

(でもまあ……悪くない。きっと雪乃もそう思ってるはずだ)

 

窓の外では、新しい季節の風がカーテンを揺らしていた。

雪乃はその音に耳を澄ませ、静かに微笑んだ。

「……人は変われる。あの頃の私たちがそうだったように」

その呟きは、教師という立場を越えた“祈り”のように、夕暮れの光に溶けていった。




読んでくださってありがとうございます!
今回は“文化祭のあと”の少し穏やかな時間を描きました。
皆さんは、瑠美や八幡たちの言葉の中でどんな気持ちが残りましたか?
「印象に残った台詞」「好きなシーン」など、感想欄で教えてもらえると嬉しいです。
次回は、新しい風――美羽が加わる奉仕部の物語です。
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