やはり俺の結婚生活は間違っている   作:ヒューイK

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秋空の下、少しだけ立ち止まる時間。
誰かを支えることって、意外と勇気がいることだと思います。
今回はそんな「支える側の青春」を、静かな温度で描いてみました。


第8.1話 秋空インタールード ― 支える側の青春 ―

 

放課後の奉仕部。窓の外には、秋の空が高く澄んでいる。

校庭からは運動部の掛け声とホイッスルの音。

木々の葉は色づき始め、落ち葉を踏む音が風に混ざって届いた。

風が入り、紅茶の湯気を少しだけ揺らした。

 

コン、と軽いノック。扉が開き、生徒会長・大磯遼が姿を見せた。

 

「失礼します。奉仕部に、相談があって来ました」

 

 きっちりした口調。けれど額の汗が、その急ぎ具合と少しの切迫を物語っている。

 

俺は書類を置き、隣の瑠美を見る。雪乃は小さく頷き、瑠美へ視線で合図を送った。

 

「座って、事情を説明して」

瑠美の声は落ち着いていた。けれどその目は、真剣そのものだった。

 

大磯は椅子に腰かけると、すぐに深呼吸をした。

「……すみません、少し焦ってしまって」

その声の奥に、責任感と不安が同居しているのが分かった。

鞄から資料を取り出し、机上に並べる。

 

「体育祭実行委員会からの依頼です。」

「もっと全校が盛り上がる企画がほしい。」

「見てるだけじゃなくて、みんなで参加できる出し物を――そんな声が増えていて。」

「でも、うまく形にできなくて……手を貸してほしいんです」

 

言い切ってこちらを見る。

その目は、頼りづらさと、頼りたい気持ちの綱引きをしていた。

まったく、頼りにされるのは悪い気はしないが、

俺に向く依頼ではない気もする。

 

「奉仕部として受けましょう」

瑠美が即答する。

雪乃と結衣も「うんうん」と頷いた。

となれば流れは決まっている。

 

「盛り上げ役は、俺の辞書にない単語なんだがな」

 

「あなたに、人を盛り上げる資質は皆無でしょうね」

 

「ヒッキーが盛り上げてるとこ想像できないし!」

 

はい、満場一致で俺の適性が否決されました。

知ってた。

それでも――こういうときに動くのが奉仕部だ。

俺の役は、たぶん、全体のノイズを取り除き、

できることとできないことの線を引くこと。

 

大磯の説明が終わると、部室に一瞬の静けさが落ちた。

八幡は腕を組み、頭の中で条件を整理していく。

 

「条件は三つ。安全、時間内、そして参加のしやすさだ。

派手なだけの企画は切り捨てる。……で、具体案はあるのか?」

 

そこで瑠美が、少しだけ迷い、けれど手を上げた。

「クラス対抗の創作ダンスはどうでしょう。」

「ルールは簡単で、三分以内・クラス全員参加を“目標”に。」

「得点配分は、“みんなが楽しめてるか”を重視します」

 

美羽が続く。

「既存曲でもいいけど、クラスごとに一部アレンジや

振り付けを考える形なら“自分たちで作った感”が出ます」

大磯が息を飲む。

「....いい。全員が主役になれる」

 

俺はホワイトボードに「三分・楽しみ・安全」と走り書きし、

時間表を引く。

 

「スピーカーや配線は生徒会で貸し出し。」

「救護と動線は由比ヶ浜に任せた」

「審査は教員+生徒代表。……まあ、現実的だ」

 

瑠美が、わずかに目を丸くする。

「...賛成ですか?」

 

「体育祭で“見る側”が置いていかれない仕組みなら、悪くない」

 

結衣が手を叩く。

「決まりだね! 瑠美ちゃん、大磯くん、やってみよ!」

瑠美がほっと笑い、大磯が深く頭を下げた。

 

こうして、創作ダンスの準備が静かに、

けれど確かに動き出した。

 

 

準備期間は短い。

短いからこそ、優先順位と諦め方が肝要だ。

放課後の体育館、端のスペースを借りて、

瑠美と大磯、美羽が振り付けの骨組みを作っていく。

 

「基本のステップはこれで統一、サビ前で円になって――」

 

「俺、ダンスは得意じゃないけど、列の切り替えなら指揮できる」「声出すのは任せろ」

 

「私は見え方を整えます」

「段取り表を作るので、混乱したらこれを見て戻れるように」

三人の声が重なって、ほどけて、また重なる。

ぎこちなさはある。

けれど、ぎこちなさは“始まった”証でもある。

 

――そして当日。空は抜けるほど高く、風は少しだけ冷たい。

校庭の旗がぱたぱたと鳴り、放送塔からファンファーレが流れる。

創作ダンスはトリ。

種目が進むたび、観客席のざわめきが膨らんでいく。

 

「整列、お願いしまーす!」

美羽の声がマイク越しに柔らかく広がる。

彼女は進行台本を片手に、列の乱れをさりげなく直していく。

瑠美はステージ横で、最後の確認をしていた。

深呼吸一回。視線は真っ直ぐ前。

大磯は列の後方で肩を回し、周囲の男子に短く合図を送る。

 

(練習通り。最初の一歩を軽く。足音より、呼吸を合わせる)

瑠美は自分に言い聞かせるように、手のひらを握っては開いた。

 

「創作ダンス、始めます」

その合図と同時に、音楽が校庭いっぱいに広がった。

曲は、文化祭で彼女たちが歌ったあの曲。

少しテンポを上げたアレンジが、秋の空にぴたりとはまる。

 

最初の一拍、足が迷う。

けれど二拍目で迷いは消えた。

輪ができ、列がすり抜け、手が伸びる。

大磯が声を飛ばす。「今、切り替え! 前列、斜め!」

声に合わせて列がするりと入れ替わる。

美羽が袖で親指を小さく立てたのを、瑠美は横目で見た。

 

(そう、これが私たちの“始まった”だ)

瑠美の口元が、少しだけほどける。

 

観客席の前列、結衣が俺の隣で目を輝かせる。

「わ、すご……息ぴったりだね」

雪乃は静かに頷き、数を数えるように指先を重ねた。

 

(積み重ねは音になり、音は動きになる)

俺は胸の中で呟く。

あの日の“音”が、いまこの子たちの身体で続いている。

 

サビ前、全員で円になる。

一瞬、風が強く吹いた。

旗の音、観客の吸い込む気配、スピーカーの微かな揺れ。

それでも円は乱れない。

輪の中心で、瑠美が小さく手を上げ――落とす。

サビの一歩目が、校庭に同じリズムで刻まれた。

 

最後の決め。両腕が空に伸び、列が弓形にひろがる。

音がすっと切れ、秋の空の青だけが残る。

次の瞬間、拍手が波のように押し寄せた。

 

結衣が笑う。

「ヒッキー、青春って感じだね」

雪乃が目を細める。

「青春なんて、いつだって一瞬よ」

「……一瞬だから、悪くない」

 

言ってから、少しだけ照れくさくなる。

だが否定はない。

風が冷たくなり、日差しは少し傾いた。

秋は、こうやって冬の入口を示してくる。

 

 

後片づけを済ませ、夕方の奉仕部。

窓から差し込む光が長く伸びる。

紅茶の香りが、ほどよく疲れた身体に沁みる。

 

「失敗も多かったけど、やってよかった」

 

瑠美が素直に言う。肩の力が抜けていた。

美羽は、ふわりと笑う。

 

「大磯くん、すごく頑張ってましたね」

「それにすごく楽しそうだった」

 

「……そうね」

 

頬を赤らめる。

ほんの少しの沈黙。

沈黙は、いい。言葉にしない気持ちが、

ちゃんとあるという証拠だ。

 

八幡は湯飲みを両手で包み、窓の外に視線を送る。

(青春ってのは、きっとこういう空気のことを言うんだろうな)

 

雪乃が湯を注ぎ足し、何でもない声で言う。

 

「次は修学旅行ね」

結衣が目を輝かせる。「準備から楽しそう!」

俺は肩をすくめる。

 

「昔、修学旅行は社会の縮図だって言ったろ」

 

「ヒッキー、まだ言ってるの〜」

「本当ヒッキーの修学旅行って楽しそうじゃないし!」

 

笑いが一巡する。

日が落ちるのは早くなった。

季節は進む。

けれど、部屋の温度は、たぶん去年の秋より少しだけ温かい。

 

窓の外では夕陽が沈み、街の灯りが一つ、また一つと灯る。

そんな風景の中で、八幡はふと目を細めた。

(季節は進む。それでも、心だけは少しずつ温かくなっていく)

 

そういう気がした。

 

八幡は小さく笑った。

 

一瞬、自分が描いた作文を思い出す。

「まったく、青春ってやつは面倒だ」

 

そう呟きながらも、その声には不思議な優しさが滲んでいた。




支える側の人にも、ちゃんと物語がある。
それを描けた気がして、少し心が温かくなりました。
次回はいよいよ修学旅行。少し違った“優しさ”をお届けします。
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