誰かを支えることって、意外と勇気がいることだと思います。
今回はそんな「支える側の青春」を、静かな温度で描いてみました。
放課後の奉仕部。窓の外には、秋の空が高く澄んでいる。
校庭からは運動部の掛け声とホイッスルの音。
木々の葉は色づき始め、落ち葉を踏む音が風に混ざって届いた。
風が入り、紅茶の湯気を少しだけ揺らした。
コン、と軽いノック。扉が開き、生徒会長・大磯遼が姿を見せた。
「失礼します。奉仕部に、相談があって来ました」
きっちりした口調。けれど額の汗が、その急ぎ具合と少しの切迫を物語っている。
俺は書類を置き、隣の瑠美を見る。雪乃は小さく頷き、瑠美へ視線で合図を送った。
「座って、事情を説明して」
瑠美の声は落ち着いていた。けれどその目は、真剣そのものだった。
大磯は椅子に腰かけると、すぐに深呼吸をした。
「……すみません、少し焦ってしまって」
その声の奥に、責任感と不安が同居しているのが分かった。
鞄から資料を取り出し、机上に並べる。
「体育祭実行委員会からの依頼です。」
「もっと全校が盛り上がる企画がほしい。」
「見てるだけじゃなくて、みんなで参加できる出し物を――そんな声が増えていて。」
「でも、うまく形にできなくて……手を貸してほしいんです」
言い切ってこちらを見る。
その目は、頼りづらさと、頼りたい気持ちの綱引きをしていた。
まったく、頼りにされるのは悪い気はしないが、
俺に向く依頼ではない気もする。
「奉仕部として受けましょう」
瑠美が即答する。
雪乃と結衣も「うんうん」と頷いた。
となれば流れは決まっている。
「盛り上げ役は、俺の辞書にない単語なんだがな」
「あなたに、人を盛り上げる資質は皆無でしょうね」
「ヒッキーが盛り上げてるとこ想像できないし!」
はい、満場一致で俺の適性が否決されました。
知ってた。
それでも――こういうときに動くのが奉仕部だ。
俺の役は、たぶん、全体のノイズを取り除き、
できることとできないことの線を引くこと。
大磯の説明が終わると、部室に一瞬の静けさが落ちた。
八幡は腕を組み、頭の中で条件を整理していく。
「条件は三つ。安全、時間内、そして参加のしやすさだ。
派手なだけの企画は切り捨てる。……で、具体案はあるのか?」
そこで瑠美が、少しだけ迷い、けれど手を上げた。
「クラス対抗の創作ダンスはどうでしょう。」
「ルールは簡単で、三分以内・クラス全員参加を“目標”に。」
「得点配分は、“みんなが楽しめてるか”を重視します」
美羽が続く。
「既存曲でもいいけど、クラスごとに一部アレンジや
振り付けを考える形なら“自分たちで作った感”が出ます」
大磯が息を飲む。
「....いい。全員が主役になれる」
俺はホワイトボードに「三分・楽しみ・安全」と走り書きし、
時間表を引く。
「スピーカーや配線は生徒会で貸し出し。」
「救護と動線は由比ヶ浜に任せた」
「審査は教員+生徒代表。……まあ、現実的だ」
瑠美が、わずかに目を丸くする。
「...賛成ですか?」
「体育祭で“見る側”が置いていかれない仕組みなら、悪くない」
結衣が手を叩く。
「決まりだね! 瑠美ちゃん、大磯くん、やってみよ!」
瑠美がほっと笑い、大磯が深く頭を下げた。
こうして、創作ダンスの準備が静かに、
けれど確かに動き出した。
準備期間は短い。
短いからこそ、優先順位と諦め方が肝要だ。
放課後の体育館、端のスペースを借りて、
瑠美と大磯、美羽が振り付けの骨組みを作っていく。
「基本のステップはこれで統一、サビ前で円になって――」
「俺、ダンスは得意じゃないけど、列の切り替えなら指揮できる」「声出すのは任せろ」
「私は見え方を整えます」
「段取り表を作るので、混乱したらこれを見て戻れるように」
三人の声が重なって、ほどけて、また重なる。
ぎこちなさはある。
けれど、ぎこちなさは“始まった”証でもある。
――そして当日。空は抜けるほど高く、風は少しだけ冷たい。
校庭の旗がぱたぱたと鳴り、放送塔からファンファーレが流れる。
創作ダンスはトリ。
種目が進むたび、観客席のざわめきが膨らんでいく。
「整列、お願いしまーす!」
美羽の声がマイク越しに柔らかく広がる。
彼女は進行台本を片手に、列の乱れをさりげなく直していく。
瑠美はステージ横で、最後の確認をしていた。
深呼吸一回。視線は真っ直ぐ前。
大磯は列の後方で肩を回し、周囲の男子に短く合図を送る。
(練習通り。最初の一歩を軽く。足音より、呼吸を合わせる)
瑠美は自分に言い聞かせるように、手のひらを握っては開いた。
「創作ダンス、始めます」
その合図と同時に、音楽が校庭いっぱいに広がった。
曲は、文化祭で彼女たちが歌ったあの曲。
少しテンポを上げたアレンジが、秋の空にぴたりとはまる。
最初の一拍、足が迷う。
けれど二拍目で迷いは消えた。
輪ができ、列がすり抜け、手が伸びる。
大磯が声を飛ばす。「今、切り替え! 前列、斜め!」
声に合わせて列がするりと入れ替わる。
美羽が袖で親指を小さく立てたのを、瑠美は横目で見た。
(そう、これが私たちの“始まった”だ)
瑠美の口元が、少しだけほどける。
観客席の前列、結衣が俺の隣で目を輝かせる。
「わ、すご……息ぴったりだね」
雪乃は静かに頷き、数を数えるように指先を重ねた。
(積み重ねは音になり、音は動きになる)
俺は胸の中で呟く。
あの日の“音”が、いまこの子たちの身体で続いている。
サビ前、全員で円になる。
一瞬、風が強く吹いた。
旗の音、観客の吸い込む気配、スピーカーの微かな揺れ。
それでも円は乱れない。
輪の中心で、瑠美が小さく手を上げ――落とす。
サビの一歩目が、校庭に同じリズムで刻まれた。
最後の決め。両腕が空に伸び、列が弓形にひろがる。
音がすっと切れ、秋の空の青だけが残る。
次の瞬間、拍手が波のように押し寄せた。
結衣が笑う。
「ヒッキー、青春って感じだね」
雪乃が目を細める。
「青春なんて、いつだって一瞬よ」
「……一瞬だから、悪くない」
言ってから、少しだけ照れくさくなる。
だが否定はない。
風が冷たくなり、日差しは少し傾いた。
秋は、こうやって冬の入口を示してくる。
◇
後片づけを済ませ、夕方の奉仕部。
窓から差し込む光が長く伸びる。
紅茶の香りが、ほどよく疲れた身体に沁みる。
「失敗も多かったけど、やってよかった」
瑠美が素直に言う。肩の力が抜けていた。
美羽は、ふわりと笑う。
「大磯くん、すごく頑張ってましたね」
「それにすごく楽しそうだった」
「……そうね」
頬を赤らめる。
ほんの少しの沈黙。
沈黙は、いい。言葉にしない気持ちが、
ちゃんとあるという証拠だ。
八幡は湯飲みを両手で包み、窓の外に視線を送る。
(青春ってのは、きっとこういう空気のことを言うんだろうな)
雪乃が湯を注ぎ足し、何でもない声で言う。
「次は修学旅行ね」
結衣が目を輝かせる。「準備から楽しそう!」
俺は肩をすくめる。
「昔、修学旅行は社会の縮図だって言ったろ」
「ヒッキー、まだ言ってるの〜」
「本当ヒッキーの修学旅行って楽しそうじゃないし!」
笑いが一巡する。
日が落ちるのは早くなった。
季節は進む。
けれど、部屋の温度は、たぶん去年の秋より少しだけ温かい。
窓の外では夕陽が沈み、街の灯りが一つ、また一つと灯る。
そんな風景の中で、八幡はふと目を細めた。
(季節は進む。それでも、心だけは少しずつ温かくなっていく)
そういう気がした。
八幡は小さく笑った。
一瞬、自分が描いた作文を思い出す。
「まったく、青春ってやつは面倒だ」
そう呟きながらも、その声には不思議な優しさが滲んでいた。
支える側の人にも、ちゃんと物語がある。
それを描けた気がして、少し心が温かくなりました。
次回はいよいよ修学旅行。少し違った“優しさ”をお届けします。