TAKAMURA廻戦 作:日三汐理
「ねえ、南雲。どうやったら篁さんを止められると思う?」
五条悟は、教室のように静まり返った部屋のソファに腰を下ろしながら言った。天井の照明がわずかに唸りを上げ、薄い光が白い床を照らしている。
「止める? あの篁さんを?」
南雲は窓際に立ち、片手でカーテンを少し開けながら外の光を眺めていた。ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべながら、口を開く。
南雲与市は五条の2つ下の後輩で、伊地知の同期だ。いつも飄々とした態度を取っており、よく嘘をつく。だがその実力は高く、御三家を入れなければ一級呪師の中でも1、2を争うほどの力を持っている。
「五条さん、それ、無理ですよ」
「いや、無理とか言うなよ。少しくらい協力してくれてもいいだろ」
「協力はしますけど。現実的な話をしてるだけです」
南雲は振り返り、軽く肩をすくめた。
「篁さんは殺しのブレーキがない人なので。止めようとしたって、止まらないですよ。あの人が一度“殺す”と決めた相手は、もう誰にも救えない」
五条は片肘をついて、少しだけ視線を落とした。
「……それは知ってるよ。でも今回はまだ篁さんも知らない話だ」
「宿儺の器、ですよね」
南雲は低く笑った。
「耳が早いな。僕は恵との約束で助けたいと思ってるんだけど、上層部のおじいちゃん達の頭が固くてさ」
「あ、篁さんに抹殺指令を下そうとしてるんですね」
「そう。明日頃には話が伝わってるだろうね」
少なくても今日は篁に話が伝わることはない。なぜなら、篁がどこにいるか分からないからである。任務中であれば補助監督を通じて連絡を取れるが、今はそうではないようだ。それでも朝になれば姿を現す。その時に指令を下すのだろう。
「ならなおさら無理です。篁さんの中では宿儺は“悪”の分類に入ってますよ。たぶん、問答無用で首を落としますよ」
「だから困ってんだよ」
五条は髪をかき上げ、天井を仰いだ。
「何を考えてるかわからないし、話も通じない。懐柔することはできないだろうね。上層部が死刑執行人として選ぶのも分かる。最悪だ」
「でも、五条さんなら分かるでしょ。篁さんって、上からの命令で動く人じゃないんですよ。動くのは相手が“生かしておけない悪”と感じた時だけ」
「少しは葛藤とかないのかな。宿儺の器って言っても、今回は巻き込まれた一般人みたいなもんだよ。別に悪ってわけじゃない」
「まあ、そうですね」
南雲は軽く笑った。
「だからそこに説得の余地があるんじゃないですか? ただし、下手な言葉を選んだら即終了ですよ」
「笑えない冗談だね。要するに、虎杖悠仁が“悪”じゃないって証明するしかないってことだけど、話が通じるかだよなぁ」
「多分話すよりも直接見せた方が早いですよ」
その言葉に、五条の動きが一瞬止まった。
「……は?」
南雲の言う通りに虎杖を会わせた場合、その場で戦闘がある可能性がある。篁は宿儺の呪力を察知して殺しにかかるだろう。当然、五条がそこで介入するわけだが、そうなれば甚大な被害が発生する。
「篁さんの中では、殺すかどうかの基準は“呪いかどうか”じゃない。悪かどうか、です。人間であっても、悪と判断した相手は容赦なく斬る。呪いを悪じゃないって判断することはないですけど」
五条は腕を組み、ゆっくりと息を吐いた。
「そんな曖昧なもんで動いてるのか、あの人」
「曖昧だからこそ、誰にも制御できないんですよ」
南雲は静かに続けた。
「でも逆に言えば、虎杖が“悪ではない”と篁さん自身が感じれば、刀は振られない。理屈じゃなく、篁さんの中の“秩序”がそれを許さないんです」
「……なるほど。理屈じゃなくて感覚で生きてるってことか」
「そういうことです」
五条は少し考え込むように目を閉じた。
「説得するじゃなくて、自分で見て納得してもらう可能性にかけるってのは結構なギャンブルだ」
「はい。でも篁さんにとっての“正しさ”を、宿儺の器が体現してると判断してくれれば処刑はない」
南雲は淡々と語りながらも、その表情にはどこか探るような色があった。
「まあ何が刺さるか分かりませんが」
「それにしても、随分と篁さんに詳しいな」
南雲は肩をすくめた。
「一緒に任務に行くことも多かったんで。篁さん、よく分からない人ですけど、決して無意味に人を殺すわけじゃないですよ。あの人なりの線引きがあるんです」
「なるほどね……なら、やりようはあるか」
五条は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだ。
「ありがとう、南雲。助かった」
「今度高級焼肉奢ってくれたらいいですよ」
「性格わりぃな」
五条は苦笑しながらも、目の奥ではすでに次の手を考えていた。
虎杖を救う鍵は、“悪ではない”という一点にある。
そして、その“正義”を測るのは篁自身。上層部が接触するよりも先に、五条が接触する。
「……さて、勝負はここからだな」
五条は小さく呟いた。
その声は、静かな部屋の中に吸い込まれていった。