タイトルで落ちてるみたいなところはあります。
アンアンとマーゴの話。
※pixivとのマルチ投稿です。
少し離れたラウンジで行われているパーティの賑わいとは対称的に、そこには静寂と僅かな月明かりだけがあった。
特に体調が悪いわけではなかったが、夏目アンアンは少し調子が優れないと仮病を訴え、医務室に来ていた。心配して、付き添おうかと言ってくれたノアには悪い事をしたな、とは思う。
元来、騒がしい場所は好みではない。しかし今日は特別な日――12月25日、聖夜だ。
あの悪夢のような魔女裁判が終わり、かつてここに捕らわれていた魔女候補の少女たちと初めて牢屋敷で冬を迎えた。
女3人寄れば姦しいではないが、13人で生活していた時でもそれなりに賑やかな記憶があった牢屋敷だ。
その13人のうち半分以上は元の生活に戻ってしまったが、それ以上に共に生活をする仲間が増えた事で以前よりもっと騒がしい日が増えた。
それでもアンアンは、その騒がしさが嫌いではなかった。
以前なら面倒に感じた人付き合いも、まぁ面倒だが仕方ない程度には思えている。
大魔女の復讐と、この世ならざる魔法という存在が消えたあの日から半年以上経ち、ようやくアンアンは普通の少女として平穏な日々を送ることができていた。
「――こんばんは、アンアンちゃん。今日は月が綺麗だと思わない?」
静寂だったはずの医務室に、アンアンではない声が響く。
くすくすと笑みを浮かべている少女――宝生マーゴが、ゆっくりとアンアンの方へと近づく。
じり、と距離を取ろうとするが、さして広くない医務室だ。当然逃げ場などない。
「……面白くない冗談だな。付き添いはいらないとノアには伝えたはずだが、何をしに来た?」
「あら、つれない返事ね♡」
「貴様と同じ空間で2人きりなど身の危険しかない!」
適当なベッドに腰掛けたアンアンを習ってか、マーゴはアンアンの対面になるようベッドに腰掛けた。
真意は読めないが、先の言葉が本心では無いことなど1年にも満たない付き合いでも流石に理解している。
ただそれはそれとして笑えない冗談だ、特にマーゴからの発現だというのが特に。
「ここに来た理由は、そうね……アンアンちゃんと話したかったから、かしら」
「わがはいと話を? 明日以降では駄目なのか?」
「別にいつでもいいとは思うのだけどね。でも、明日でも昨日でもなく、今日が1番適しているわ」
「今日だからこそ、か」
「私達と同じ時間を過ごしたあの子――メルルちゃんの話をするには、ね」
今日は特別な日――12月25日。
世間ではクリスマスと呼ばれる生誕祭だが、アンアンにとっては友人の誕生日でもあった。
もう二度と会う事はないであろう友、氷上メルル。
アンアンやマーゴをこの牢屋敷に誘拐、監禁した元凶にして永い時を生きた魔女。
少女たちを魔女化させようと画策しながら、『治癒』という魔法を授かった優しい人。
アンアンは少女たちがパーティを楽しむのを横目に、メルルとの思い出が詰まった医務室へ向かう為に仮病を使ってまで団欒を抜け出してきた。
「ノアちゃんはともかく、ナノカちゃんや他の子たちの前でメルルちゃんの話はしづらいわよね。だからアンアンちゃんを追って抜け出してきちゃったの」
「……たしかに、わがはいもそのつもりで適当な理由をつけて抜け出してきたわけだが。貴様と話すことなど無いぞ?」
「そうかしら。私、アンアンちゃんとはもっと仲良くなれると思ってるわよ?」
それは普段の冗談交じりな声色と違って、マーゴが本心から発しているように思えた。
薄闇の空間でも、この距離なら表情までうかがえる。
マーゴはあの時の裁判中を思い出す真剣な表情でアンアンを見据えていた。
「ここに来る前から私、人を騙して生きてきたわ。騙して奪って壊して、満たされた気持ちになって。それしか知らなかった」
マーゴの過去。
裁判や記憶の共有で各人の事情はそれとなく知ったが、それは本来、心の奥底に隠したトラウマだ。
一部の例外を除き、誰しも――アンアンですら触れたいものではない。
それを話す、という事がどれ程の覚悟を必要とするか理解できない訳はなかった。
「今の私は本当に満たされていると思うわ。外の世界にいたままじゃ一生無理だったでしょうね」
「……まぁ、わからんでもない」
「でもね、だからこそ思うの。自分がこんなに幸せでいいのか、って」
――幸せを願って、ごめんなさい……
「魔法は無くなった。けれど、魔法で壊したものが元に戻るわけではない……当然、魔法以外で壊したものもね」
「……何が言いたい」
「私にとっては、この牢屋敷よりも外の世界の方が地獄だったの。帰った皆はきっと外に幸せがあって……私たちにはそれが無かった」
そうだ、だって幸せはアンアンが自ら壊したのだから。
両親を壊した。それは魔法が無くなったところで消えない事実。
だから他人と関わりを持つのをやめた。誰かを壊す事に耐えられないから。
「それでも、ここに来て初めて私を本気で心配してくれる人に会えた」
「……メルル、か」
「人は未知の体験を恐怖と感じる――私に幸せをくれた人を自らの手で壊さないと、自分が壊れてしまいそうだったわ」
かつて違う世界で起きた殺人事件。
被害者は氷上メルル、加害者は宝生マーゴ。
愛を何より恐れた少女による殺人事件は、正しさを至上とする少女によって解決へと導かれた。
「自ら幸せを壊してしまった者は幸せになれるのか……アンアンちゃん、あなたの意見を聞きたいわ」
「わがはいは……」
両親を壊してしまった自分が幸せになれるのか。
友人を殺した自分が幸せになっていいのか。
アンアンにとっての幸せ、それは……
「わがはいはメルルと過ごす時間が好きだった。暖かくて、安心できて」
もういない彼女と過ごした時間を思い返す。
――よくこの医務室で同じ時間を過ごしたこと。
額に当てられた温かい手のひらをよく覚えている。
――控え目に思えながらも、治療に関しては譲らないところ。
急な環境の変化や体調が優れず不安な時、献身的に支えてくれた。
「同室だったノアや、メルルと同じくよく気にかけてくれたレイア、ミリアとの時間も好きだった」
時には殺人事件の加害者にもなったし、被害者にもなった。
それでも――アンアンにとってこの牢屋敷は、外とは違い『幸せ』が存在する場所だった。
「わがはいは……今度こそ幸せになりたい。1人は、もう嫌だ……!」
優しさをくれた。
温かさをくれた。
幸せを教えてくれた。
もう知らない振りはできないし、したくなんてない。
その感情を教えてくれたあの子はもういないけど。
「……そう、分かったわ」
そう言ってマーゴは瞳を閉じ、アンアンとの視線の交錯が途切れた。
言葉を拒絶するような行動。
それでも、マーゴに届かなかったわけではないと思っている。
彼女は人を信じず、嘘だけを信じた人だ。それでも言葉が通じないわけではない。
何かを考える様に瞑目するマーゴから視線を外し、外の景色を見やる。月が雲に隠れると静寂と暗闇だけが残ったが、アンアンに不安の感情は無かった。
「……幸福を求めない限り、幸福になる事はない。えぇ、その通りね」
「むっ、それは」
「私とアンアンちゃんは意外と似た者同士かと思ったけど、やっぱりそうでもないみたい。誰かを信じたいとか、私は断言できないわ」
ここに来る前から誰かを、帰るべき場所を壊してしまった罪人。
マーゴは自らとアンアンをそう定義したが、アンアンはそれでも他人との繋がりを求め、マーゴは未だ他人を信じられない。
「だけど、私じゃない『私』は知っていたかもしれないわね」
「どういう事だ?」
「ヒロちゃんが最初に死んじゃった世界で、私は最後にエマちゃんを庇って死んだの。うふふ、自分でも信じられないわ……誰かの為に死ぬ事ができるなんて」
話し始めたマーゴの方へ視線を向けると、暗闇ではっきりとは見えないが、先程までのアンアンと同じく外を見ているようだった。
「メルルちゃんとエマちゃん、2人ともとっても優しい子で……そんな優しい子のせいで、私、死んじゃったのよね」
「片方は自業自得だろう」
「そうね、アンアンちゃんと同じ♡」
どちらが、とは言わない。
幸せを自ら捨てた愚か者の末路など、どうなっても自業自得でしかないのだから。
「彼女たちの優しさは私にとって甘い毒のようだったわ。過剰摂取して自分が死ぬか、その前に原因を排除するかの違いね」
「魔女をも殺す毒……」
「くすっ、皮肉だと思わない?」
少なくともアンアンには、マーゴのように笑えるような発言ではなかった。
「人に裏切られてきて誰も信じられない。それでも信じたいと思えた人たち……ユキちゃんを笑えないわね」
かつて人間によって同族を皆殺しにされた大魔女。
そんな彼女に唯一残された家族と、1番大切な魔法を授けた少女。
彼女たちの善性は人間に絶望した大魔女にとっても有効だった。ならば確かに、ただの魔女見習いでは耐えられなくても不思議ではない。
「でもね、他人を信じられなくても私、今はけっこう幸せなのよ」
「……待て、ここまでの話は何だったんだ?」
「うーん、親睦を深める為のちょっとしたトークかしら♡」
いつものような冗談交じりの雰囲気で返すマーゴの様子に、アンアンはそれが嘘か本音か判断はつかなかった。
ただ、少なくともあの時見せた表情は真剣に見えたし、日頃見かけるマーゴからはストレスや不満を感じているようには見えない。全てが嘘、という訳ではないだろう。
こちらを見るマーゴの表情は、相も変わらず笑みを浮かべていた。
「自分が必要とされたり、何かを教える事で純粋に感謝されたり……他人の役に立つ事が私の幸せです、なんて言うつもりはないけれど」
「マーゴに似合わない台詞すぎる」
「本当にね。人を騙すのも楽しいけど、先生役の方が向いてるみたい……悪人が聖職者の真似事だなんて、本当に滑稽だわ」
その瞬間、アンアンの中にあった違和感の正体が掴めた。
マーゴは悪人を自称している。
確かに完全な善人、とは言えないだろう。先程、本人もここに来る前の所業について語っていた。
だが、今ここで見せる彼女の姿を見て悪人と言えるだろうか?
腰掛けていたベッドから立ち上がったアンアンは、そのまま外へと繋がる扉の前へと駆けた。
「わがはいは、いつかきっと文豪になる! そしてたくさんの人を楽しませる作品を生み出す!」
「アンアンちゃん?」
「マーゴ、お前はここでたくさんの人を導くのだ!」
「悪人であるかどうかは、死後にしか決まらない! ならば真似事でも良い、足掻いてみせよ!」
外へ出る一歩手前でそのままマーゴの方へと向き直り、手を伸ばす。
何を言われたのか分からなかったのか、マーゴは一瞬ぽかんといった表情を見せたが、数瞬後には理解できたのか相好を崩した。
「うふ、ふふふふ……! まだ私が悪人であるかは分からない……そうなのね」
そのままマーゴもベッドから立ち上がり、アンアンの方へと近づく。
かなり小柄なアンアンに対して、それなりの身長があるマーゴ。
お互い座っていた時以上に立ち上がるとその差が目立つ。
だがそれでも、この場の主役は間違いなくアンアンだった。
「ねぇアンアンちゃん。私が結局悪人で、もしも地獄に行く時には……着いて来てくれるかしら♡」
それはまるで、大魔女が1人全ての責任を背負って終わらせようとした瞬間を思い出させるような問い。
大魔女を慕う少女は、地獄の果てまで付き合うと言って共にその生を終わらせる事を選択した。
だが、マーゴからの問いかけに対するアンアンの表情はというと、まるで理解できない生物を目にしたかのようだった。
「……やはりわがはいには、まだ月は見えないようだ」
そう呟くアンアンを背後から照らす月の美しさを、マーゴは命尽きる時まで忘れないだろう。