欲しいものは、ただ勝利のみ。   作:ばリオンズ

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第14話

叡智喰らいを手に入れたことで、アダマスの生活は一変するかと思われた。

だが実際のところ、驚くほど何も変わらなかった。

師匠に叩きのめされ、剣を背負って闘技場へ向かい、敵を仕留めて戻る。

 

腹が減れば味気ない飯をかき込み、その合間に叡智喰らいから引き出した知識で料理の改善法を探る。たいてい材料がないからどうにもならないという結果に終わる。

 

代わり映えのしない日々に辟易しながらも、戦利品が少しずつ増えていくことだけは確かな喜びだった。与えられた一人部屋の中、保存用のアイテムボックスに宝物を詰めてゆく。

 

人対人の戦いでは、得られるものは少ない。

だがモンスターや獣との戦いでは違う。

武器、素材、魔石、肉。何かしらが残る。

熊嵐の大爪、黄泉路蜥蜴の脊椎、宝獣の一角。

そんな素材の数々が、部屋の隅の保存箱に仕舞われている。

あの奇っ怪なリビングメイルの大剣も、その横に立てかけられている。

 

闘技場で獣と戦うことはない。

わざわざ外の山から熊や狼を縄で引きずってくるほど、運営は酔狂ではない。

 

しかし闘技場の外では、危険生物や盗賊、謀反者に賞金がかけられる習慣がある。

その危険生物が闘技都市の近隣に現れれば、闘士が派遣される。

 

例えば鹿雪崩。

氷属性の魔石を内包した雪鹿の中でも、同族を多数屠り、その魔石を食らうことで出力を引き上げ、嵐を呼ぶに至った異端の個体である。

本来は草食であり、手懐ければ家畜としても働く存在だ。

だが群れが壊滅し、幼い個体だけが生き残った場合、極限状況の中で変質する。

 

生きるために同族の骸を食らい、魔石を噛み砕く。

血肉の味と魔石による強化を同時に覚えた個体は、やがて血の味を忘れられなくなる。

より強くなるため、より濃い味を求め、同族を襲うようになる。

 

人間の管理下にあった群れを襲った場合、人間を弱く魔石も持たぬが柔らかく食べやすい肉として記憶することもある。

その瞬間から、駆除対象となる。

そんな危険生物の中でも、今回の相手はまた性質が異なる。

 

サンドホーンと呼ばれる砂一角兎。

同族を食うことはなく、魔石も持たない。常に群れで行動し、回転しながら突撃して角を深く突き刺し獲物を捕らえる。

 

脅威は変異のしやすさと、異様な食欲にある。

雑食ではあるが、その範囲は極端だ。

同種以外の有機物はすべて捕食対象となる。

自分より大きな生き物にも群れで襲いかかり、仕留めれば骨すら残さず食らい尽くす。

大木であっても根元から噛み砕き、木片にして胃袋へ収める。

その生態系破壊の度合いから、蝗害以上に恐れられている。

 

辛うじての利点は二つ。

肉はそこそこ美味であること。

角を加工すれば優秀な矢尻になること。

 

そして変異個体はさらに厄介だ。

無機物である鉱石を食う。

群れを作る性質は失われ、単独で坑道に潜り込む。

内部にいる人間や山小人(ドワーフ)を襲い、採掘道具ごとすべてを食らい、岩盤を削りながら進む。

 

なぜ鉱石を食うのか。

魔石を持たないモンスターはいない。

だがサンドホーンは獣であり、魔石の役割を角が担っている。

魔石そのものではないため、分類上はモンスターとされない。

 

しかし魔石の代替器官が体外に露出しているということは、生存競争において致命的だ。

魔石はモンスターにとって第二の心臓だ。

魔力粒子を体内に循環させ、必要に応じて使用するためのポンプの役割を持つ。

 

群れのオス同士の争いでは、必ずどちらかの角が折れ、命を落とす。繁殖のための競争は、弱点を打ち付け合うという生物の生態においてきわめて非効率な行為になってしまったのだ。

 

ゆえに暴飲暴食を行い、角を強化する生態へと歪んだ。

より硬い外殻を形成するため、硬度の高い鉱石を食らう個体。

それがメタルホーンと呼ばれる変異種である。

 

さらに上位種が存在する。

宝石を好むようになった個体、ジュエルホーン。

幾重にも重ねた鉱石層は光を受けて虹色に輝き、表面には悪趣味なほど宝石が埋め込まれている。

それら一つ一つが魔石の代替として機能する。

長命な個体ほどその力を引き出し、複数属性すら操る。

 

第十五坑道最深部。

そこはジュエルホーンの巣と化していた。

本来であれば坑道にもモンスターや野生生物は出現する。

 

だが今は何もいない。

すべて、この個体に食い尽くされた。

それも生命維持のための食事ではなく、縄張りに侵入したものすべてを排除するための捕食行為。

ジュエルホーンとは、生態系の外からやってきて全てを食い尽くす、頂点捕食者にして破壊者なのである。

 

虹色に光る巨躯の前で、

アダマスは武器を構える。

宝石が鈍くきらめき、

坑道の闇がわずかに震えた。

 

この種を狩る際の鉄則がある。

角を折ることだ。

 

いかに強化を重ねようと、折れれば命に関わる。

サンドホーンの頃から変わらぬその弱点を、彼ら自身が最大の武器として振るっている以上、そこを断つのが最短となる。

 

ゆえに剣より鈍器。

頭蓋を砕き、骨と角を分離する。それが定番の狩り方だ。

メタルホーンまでは角のみが異常硬化する。

獣である以上、生半可な傷では弱らない。ただ怒り狂うだけだ。

胴体を刻むより、頭部を潰すほうが合理的である。

 

ダン、ダン。

 

後ろ足で地面を叩きつける。

生態は兎そのもの。周囲の同種に危険を告げる動作だ。単独で生きるジュエルホーンであっても、その癖は消えない。

 

次の瞬間、地面を蹴り出す爆音。

熊に匹敵する巨躯が回転し、弾丸のごとく迫る。かするだけで常人なら挽肉になる。

 

魔力収束・水壁(マギロカコンバージ・リキッドウォール)

 

アダマスは鉄塊を地面に叩きつけ、砂塵を舞い上がらせる。

回転突進するそれにとって視界は意味を持たない。

 

だが、砂塵に触れた瞬間から回転がわずかに鈍る。

先ほど巻き上げた砂塵へ銀の魔力粒子を凝縮し、巨大な壁を形成していた。

壁といっても実体は流体。砂や鉱石屑を内包した粘性の魔力が満ちている。

 

スライムのような粘性へ突っ込めば、回転の力は吸われる。

空回りし、前進のエネルギーを奪われる。

ぼとり、と地に落ちる巨体。

外傷はない。だが本来あり得ない減速に、獣は困惑していた。

 

青属性は水や氷を操る。

熟練者ならば水なき空間に滝を生むことすら可能だ。

 

だが今起きている現象は青属性ではない。

すべて銀属性で引き起こされたものだ。

ある画家にして剣豪が生涯追い求めた、銀から他の色を描き出す技術。本に喰われた彼のその断片が粗雑に再現されている。

 

粗鉄の大槌へ銀の魔力を注ぎ込む。

魔力は波打たず、鏡面のように静止する。

 

空いた手で火炎瓶を地面へ投げる。

燃え上がる赤が、銀の鏡面へ照り映える。

轟々と燃える炎を銀はただ写し取り、赤の魔力によく似た色を見せる。

 

色を吸われたかのように炎はあっけなく消え、

大槌が深紅に染まる。

 

渾身の一撃がジュエルホーンの胴へ叩き込まれる。骨を砕く音と、肉が軋む音が響く。

 

武器の見た目に反して焼ける音も匂いもない。

だが巨体は坑道の壁へ叩きつけられた。

 

直後、異変が起きる。

まるで本当に炎に包まれているかのように、獣が狂乱する。

持ち主の感情に付き従い、宝石に覆われた角が極彩色の光を放つ。

 

豪火が地を舐め、

暴風がそれを煽り、

岩石が散弾のごとく飛び、

水が己を包む。

 

重たい大槌を手放し回避に専念するも、

岩石の断片が腕をかすめ血が噴き出し、暴風に煽られた業火は装備を焼き払う。

 

だが、この業火を操る存在であったはずのそれが、己の焼かれる恐怖に耐えきれず暴れている。目の前の小さな侵入者を意識して殺そうとはしておらず、高火力の魔術をでたらめに解き放つだけである。

 

だがいくら体を水で包もうとも、狂乱は止まらない。

原因はアダマスの技量にあった。

 

属色変化(カラーシフト)という高等技術は、他属性の劣化再現に過ぎない。

水は本物ではなく魔力流体。

火もまた、本来は超高熱で代替するのが限界。

本来であれば色を写し取る必要はない。

 

叡智喰らいの知識補助があろうと、アダマスの理解は完全ではない。

水はそれらしく成った。

だが火は、本物の火から色を奪い取らせることで別物になった。アダマスがイメージしきれなかったために、例を用意したせいである。

 

生じたのは高熱などの物理的現象ではなく、火の幻覚と幻痛の武器への付与。

 

以前戦った無機物であるリビングメイル相手なら意味は薄い。

だが今回は生きた獣だ。

本能で生きる存在に、火に焼かれる恐怖を直接叩き込む。人は火を手に入れて夜を克服したが、獣は火に追われて焼かれて死ぬ。

意図せぬ形で、極めて危険な効果となった。

 

角に蓄えた魔力も、暴れれば尽きる。

本来であれば暴風を纏って突進の接触範囲を増やしたり、岩石を落として逃げ道を塞いだり、氷を放って足を固めたりと、多彩な攻撃ができたはずである。

 

消えぬ炎の錯覚に身体が追いつかない。

こんな状態で野生の獣はまともな判断ができるはずもない。

 

そこへ、大槌の慈悲なき一撃。

頭部へ叩き込まれた大槌が眼窩を砕き、顔面の半分を潰す。飛び出た目玉は踏み砕かれ、もはやここを切り抜けても生存の活路は無い。

 

それでも即死しない生命力には感服する。

だが追撃が入った瞬間、幻痛がさらに増幅する。五感すべてが己が火の中にいると錯覚させられている。

 

半壊した脳が選んだ答えは逃走。

目の前の小さな脅威より、見えぬ炎の恐怖を選ぶ。後ろ脚に力を込め、爆速で走り去ろうと試みる。

 

アダマスが低く笑う。

「そうはイカのなんとやら、ってね。」

逃げようとする先、己背後へ火炎瓶を投げる。

轟々と燃え上がる炎が通路を塞ぐ。

 

逃げ道は断たれた。

前には血に濡れた小さな侵入者。

さらにその後ろには燃え盛る炎。

 

二つの脅威を蹴散らさねば、兎に生存の道はない。

 

ジュエルホーンは最初の突撃と同じ構えを取る。

後肢を限界まで折り畳み、筋肉を圧縮する。腱がきしみ、骨が軋み、巨体がわずかに沈む。

全身の力を、ただ一撃のためだけに束ねる。

 

そして解放。

 

爆発に似た轟音。

岩盤が抉れ、砂塵が弾け飛ぶ。

侵入者を確実に屠るための角が、唸りを上げて迫る。

 

一方のアダマスは、大槌を握り直す。

血で滑る柄を掌に食い込ませ、歯を食いしばる。ハンマー投げの要領で、自身を軸として回転し始めた。

 

重い大槌の頭部が外へ引かれ、遠心力が腕を裂かんばかりに膨れ上がる。

振れば振るほど質量は加速し、回転は荒々しくなる。

 

止めなければ平衡感覚はガタガタに崩れ、この一撃を外せば己の死が見えてくる。

だが止めない。

止める余裕もない。

 

奇しくも、回転同士の衝突。

方向の異なる二つの渦が正面から噛み合う。

 

激突。

 

甲高い異音が坑道を震わせ、火花が乱れ飛ぶ。

角から限界まで絞り出された魔力が鎌鼬となり、放射状に炸裂する。

 

不可視の刃がアダマスを切り刻む。

外套が裂け、皮膚が裂傷に染まり、血が霧となって舞う。

 

それでも回転は崩れない。

大槌の一撃はジュエルホーンの背へと食い込み、骨格に罅を走らせるほどの痛打となる。

鈍い破砕音が伝わり、巨体がわずかに沈む。

 

だが、向きが悪かった。

 

あまりに強烈な衝撃は、その勢いのまま獣の体を炎の壁の向こうへ弾き飛ばしてしまう。

炎を越えた先に、再び開けた通路。

 

逃走の選択肢が戻る。

 

半壊した頭でそれを理解した瞬間、ジュエルホーンは一目散に坑道入口へと走り出す。

外光へ、風へ、恐怖なき空間へ。

 

だが。

 

アダマスの回転は、まだ止まらない。

反動に身を任せるどころか、さらに踏み込み、加速させる。

足元の砂塵と石ころが巻き上がり、血と混ざり合い、赤黒い渦を描く。

 

流血と深紅の大槌。

それらが絡み合い、真紅の竜巻が坑道を走る。

 

視界は揺れ、内臓が持ち上がる。

それでも彼は手を離さない。

回転が蓄積し、速度が威力に繋がる。

 

やがて限界に達した瞬間。

 

解放。

 

手から放たれた大槌は、回転の運動をそのまま引き継ぎ、一直線に坑道を突き進む。

空気を裂き、砂塵を割り、炎の残滓を突き抜ける。

 

哀れな兎が外光へ飛び出そうとしたその刹那。

 

鈍く、重い破砕音が坑道を揺らす。。

ジュエルホーンの意識は目の前の光から転げ落ち、永遠の暗闇へと沈んでいった。

 

見れば、色を失いかけた大槌が正確に頭部へとめり込んでいた。

重層化した鉱石層を砕き、頭蓋を粉砕する。

 

慣性を帯びた質量は、そのまま巨体を地面へ叩き伏せる。

 

虹色の輝きが一つ、また一つと失われていく。

坑道に残るのは、砕けた石と焦げた匂いと、ゆっくりと沈む静寂。

 

投げた本人はというと。

過剰な回転による平衡感覚の崩壊。

全身の裂傷から流れる血。

込み上げる嘔吐感。

壁にもたれ、盛大に吐き戻しながら、まともに立つこともできない。

 

それでも、勝ちは勝ちだ。

竜巻の流星(サイクロン・メテオーラ)、とかそんな感じの名前にしとこうかな、今の。」

 

荒い呼吸の合間に、アダマスはかすかに笑った。頭蓋から転げ落ちた傷だらけの宝石角を拾い上げ、懐にしまって坑道を立ち去った。




宝角兎の一角(粗悪)

長い年月を生き抜いた金属一角が、宝石を食らうようになり角に変化が現れたもの。
本来表面に悪趣味な宝石がゴテゴテと纏わりついているが、今回アダマスが手に入れたものはそれが剥げ落ちてしまっている。

しかし、その状態を研磨することで今まで食らい続けた鉱石の層が七色の光を放つため、一部のコレクターからは宝石を剥いだもののほうが好まれている。
武器素材としての性能も、魔力導体としての性能もかなり低い。観賞用としての価値しかない。

アダマスのは磨いていないので粗悪品。
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