右手に形をとった光が、ゆっくりと剣の形を戻していた。
月の光を受けたそれは、かつての“正宗”によく似ている。
だが、どこか違う。
鋼ではなく、この星の空気そのものを凝縮したような質感だった。
「……俺のものではない、か」
それでも、手の内に収まる感覚は懐かしい。
剣があれば、戦場の言葉は通じる。
風が鳴った。
葉がざわめき、夜が息を吹き返す。
その中で、地の底から唸りが広がる。
咆哮が森を割いた。
音が厚くなり、空気が波打つ。
木々の枝葉が一斉に吹き飛び、灰が風に舞う。
セフィロスは顔を上げた。
霧の向こうに、巨大な影。
山のような体躯、いくつもの突起、脈打つ熱。
全身が黒鉄の装甲で覆われ、内部から赤い光が滲み出ていた。
「……これが、この星の“怪獣”か」
声は低く、観察の温度を保ったまま。
戦場に立ちながらも、興味が勝っていた。
一歩。
足裏が湿った土を踏む。
重さ。
この星の重力は、わずかに軽い。
その差が、斬撃の戻りに影響する。
もう一歩。
呼吸を整えながら、空気の流れを測る。
酸素濃度が違う。
呼吸の共鳴が浅い――酸素が薄いのか。
肺が慣れるまでに、二、三度の戦闘は必要だろう。
怪獣が吠えた。
咆哮が鼓膜を焼く。
空気が引き裂かれる音。
その瞬間、森が“生物の反応”として揺れた。
「なるほど……環境そのものが、兵器のようだな」
セフィロスは剣を上げる。
銀の刃が夜を映す。
その姿は、人間というより儀式のようだった。
怪獣が地を蹴る。
大地が鳴動する。
突風が、音よりも先に襲う。
セフィロスは半歩ずらした。
空気の層を読むように滑る。
衝撃が脇を抜け、背後の木々を粉砕した。
破片が飛び散り、頬を掠める。
一撃。
観測。
それで十分だった。
「動きは重いが、軌道の精度がある」
独り言のように呟き、姿勢を変える。
剣の角度を五度下げる。
その位置で、重心が一気に安定した。
『焦るな、セフィロス。敵はお前の呼吸より速くは動けない』
――記憶の声が、脳裏をかすめた。
音ではなく、響きのような残響。
懐かしく、温かい。
セフィロスは瞼を閉じ、再び開いた。
瞳に迷いはなかった。
怪獣が再び突進してくる。
速い。
土が爆ぜ、木が裂ける。
その圧だけで肺が軋む。
セフィロスは動かない。
次の瞬間、地を蹴る。
銀の閃光が夜を裂いた。
音が追いつく前に、衝突が起こる。
刃が、巨体の左腕を断ち切った。
赤い体液が飛散し、地を焼く。
鉄の匂いが夜気を満たす。
怪獣がのたうつ。
咆哮。
鼓膜が震え、血管が熱くなる。
セフィロスは無言のまま構えを解かない。
目で、観察する。
筋肉繊維の動き、切断面の再生速度、
体液の発光強度――すべてを見ていた。
「再生能力……想像以上か」
彼の声は冷たかった。
だが、興奮でもある。
未知を前にした“兵士の本能”が静かに燃えていた。
再生が始まる。
裂けた肉が蠢き、泡を立てながら結合していく。
その様子を、彼はまるで研究者のように見つめていた。
「この星は、進化を速めすぎている」
吐息のように零す。
その言葉は、誰にも届かない。
ただ、夜がそれを呑みこんだ。
怪獣の修復が終わる。
次の攻撃の予兆が空気を満たす。
熱が上がり、風が変わる。
セフィロスはわずかに足を開いた。
呼吸を合わせる。
風の流れを感じ、
地面に伝わる震動を脈拍として数える。
「……次は、こちらからいこう」
そう呟いた時、月が雲の切れ間から顔を出した。
銀の光が刃を照らす。
彼の影が、怪獣の影と重なった。
夜が、息を潜め、風は止まる。
虫の音も消え、森のすべてが息を潜めた。
世界が、彼らの戦いを見つめているようだった。
セフィロスは剣を軽く傾ける。
刃先に映る月が、細く揺れる。
その刃に、血はない。
一太刀ごとに風が洗い流していく。
「……この世界の“命”は、速いな」
独白のように呟く。
怪獣が咆哮を上げた。
声は怒りではなく、本能そのもの。
己を脅かす存在に対する、純粋な恐怖の音だった。
セフィロスは眉をわずかに動かした。
そこに“意志”を感じたからだ。
「お前にも……守りたいものがあるのか」
その問いが空気に溶けると同時に、怪獣が動いた。
突進。
大地をえぐる一歩ごとに、風圧が爆ぜる。
破片が舞い、世界がぶつかる音がした。
セフィロスは剣を構えた。
腰をわずかに落とし、足先で風を測る。
呼吸を止める。
すべての動きを、世界と合わせる。
――音が消えた。
月光だけが残る。
灰が宙に漂い、時間が止まったように見えた。
その中で、セフィロスだけが動いていた。
一歩。
その一歩が、世界を裂く。
重力が遅れる。
空気が音を取り戻す前に、剣が閃いた。
銀の弧が、闇を貫いた。
怪獣の胸郭を真横に裂き、内部の熱が外気に触れて爆ぜた。
白い光が迸る。
夜が昼に変わる一瞬。
衝撃が遅れて森を襲った。
木々が弾け、血が雨のように降る。
セフィロスはその中心で立っていた。
剣を納める。
刃先についた黒い滴が、地に落ちる音がした。
怪獣は二歩ほど進んで、崩れた。
赤い光が弱まり、やがて消える。
静寂。
風が戻る。
セフィロスは振り返らない。
ただ、遠くを見ていた。
「……この世界は、まだ戦いを覚えている」
声が淡く響く。
その響きに、悲しみも怒りもなかった。
ただ、理解だけがあった。
空を仰ぐ。
雲の隙間から、月が覗く。
光が彼の髪を白銀に照らした。
ーー 英雄とは、勝つ者ではなく、歩き続ける者だ。
記憶の底の声が、微かに蘇る。
その言葉を胸に、セフィロスは森を抜けた。
剣を携え、風の向こうへ。
足跡の上に、灰がゆっくりと降り積もっていく。
夜が、また静かになった