怪獣8号 〜 舞え 灰被り 〜   作:あめんぼユカイ

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第3話 焼け跡の森

 

通信が途切れたのは、出発から十五分後だった。

煙のにおいが車内に入りこみ、隊員たちの呼吸が早くなる。

功は無線を叩き、周波数を調整する。応答はない。

 

「……通信障害、想定範囲内。目視確認に切り替える。全車、降車準備」

 

車体が止まった。

ドアを開けた瞬間、熱気が流れ込む。

焦げと鉄、そして“焼けた土”のにおい。

虫の声も風も消えている。

 

「視界悪し。照明弾、前方三十メートルごとに展開」

功は防毒マスクの位置を直し、肩口の銃を確かめる。

照明が次々と上がり、焼け跡の全貌が照らされていく。

 

街が沈んでいた。

ビルは根こそぎ倒れ、道路は隆起し、電柱はねじれている。

だが、破壊の方向が一様だった。

何かが“中心から外へ”吹き飛ばしている。

 

「……爆発じゃないな」

副隊長の声。

功はうなずいた。

「外向きの圧力痕。衝撃波というより、切断だ」

 

近づくほど、空気が変わる。

熱はあるのに、風がない。

まるで空気ごと削られたような静けさ。

 

「熱源残留なし。体温反応……ひとつだけです」

「単独?」

「はい。怪獣本体は反応消失。人間らしき反応が一点だけ」

 

功は短く息を吐いた。

「範囲を絞れ。誤差二メートル以内に」

 

隊員がスキャナーを操作する。

黒焦げた地面の中央に、巨大な影が見えた。

 

怪獣の死骸――だが形が違う。

外殻は鋼鉄のように固まり、体液はすでに蒸発している。

中心に“一本の裂け目”。

焼けた跡ではなく、切り裂かれた線。

 

功はしゃがみ、手袋のまま触れる。

熱はない。

だが、刃物で斬ったような滑らかさ。

 

「……何の武器で、こんなものを」

 

答えはない。

隊員たちの動きが止まる。

全員が同じ疑問を抱いていた。

 

「映像、解析に回せ。エネルギー反応も同時に」

「了解」

 

功は立ち上がり、周囲を見渡す。

焦げた瓦礫の間に、血のにおいが混じる。

人のものではない――鉄のように濃い。

 

風が動く。

焦げの臭気に、別のにおいが混じった。

生きている、息のあるにおい。

 

「前方。五十メートル。何かいる」

隊員の声。

功は手を上げ、全員を制す。

 

「動くな。照明弾、あと一本残ってるな」

「はい」

「撃て」

 

夜空が白に染まる。

焼け跡の中心に、ひとりの影が浮かび上がった。

 

白い髪。黒い外套。

風に揺れず、動かない。

 

その姿を見た瞬間、功は息を呑んだ。

剣を地に突き立て、体を支えている。

まるで、戦いのあとに残った“意思の形”だ。

 

誰だ。

どうやって、この怪獣を倒した。

何者だ。

 

「隊長、指示を」

 

功は視線を外さないまま、静かに言う。

「構え。……撃つな」

 

照明の光が落ち、闇が戻る。

白い髪が夜に溶けた。

 

功は銃を構えたまま、息を吸う。

風が止む。

何かが、こちらを見ている。

 

胸の奥に、知らない寒気が走った。

 

――その刹那、夜の空気がわずかに裂ける音がした。

 

功は反射的に照準を合わせる。

視界の奥、白い影がゆっくりと顔を上げた。

 

照明弾の光が再び街を白く染める。

その中で、影が確かに“人の形”をしていた。

 

「……人間、か?」

副隊長の声が震える。

功はすぐに返した。

「決めつけるな。構えは維持。発砲は俺の判断まで保留だ」

 

銃床が肩に食い込む。

照門と照星の間に、その男の顔が入った。

白銀の髪、細い輪郭。

冷たいはずの目が、妙に澄んでいる。

底がない水面のようだ。

 

功は短く息を吸った。

「所属を答えろ。どこの部隊だ」

 

男は首をわずかに傾けた。

「……セフィロス」

 

名乗っただけ。

声は低く、静かに響いた。

それだけで空気の温度が変わる。

“何か”が、“誰か”になった。

 

「セフィロス。所属、国籍、階級を」

「所属はない」

「亡命か。傭兵か。それとも違法戦闘員か」

「どれにも当てはまらない」

 

功は目を細めた。

短い言葉。嘘は感じない。

だが、情報がないということがいちばん危険だ。

 

「装備を見せろ」

 

セフィロスは静かに手を広げた。

外套の合わせ目、縫製、質感。

民間でも軍規格でもない。

それでいて、実戦向きの造り。

 

「言語は日本語だな。訛りがない。どこで覚えた」

「覚えたというより、理解できた」

 

翻訳機のノイズもない。

功は唇の裏を噛む。

「……高等教育を受けた形跡。だが所属がない、か」

 

「お前たちの常識で測るなら、そうだろう」

 

低い声。

何かを否定するでもなく、ただ事実を置くような響き。

風が止まる。

焦げの匂いだけが残る。

 

「お前は、あの怪獣をどうやって倒した」

「理を確かめた」

「理?」

「構造、循環、結び目。そこを断てば、再生は止まる」

 

その答えに、功の眉が動いた。

観察。仮説。実行。

訓練された兵士の思考。

偶然ではない。

 

「……戦い慣れているな」

 

セフィロスは答えない。

ただ、夜を見ていた。

 

遠くで、救助班の声が上がる。

泣き声。命の音。

セフィロスの視線が、一瞬だけそちらに向いた。

 

功はその動きを見逃さなかった。

「人間の声に、反応したな」

 

セフィロスの唇が、微かに動く。

「俺は、人を斬りたいわけじゃない」

 

功の指がトリガーから離れる。

熱が引き、風が戻る。

 

「……同行しろ。抵抗すれば撃つ」

「了解した」

 

即答。

その素直さが逆に怖い。

従うこと自体が目的の人間はいない。

彼には彼の意志がある。

 

功は無線に声を飛ばした。

「二名前方、三名後方。安全装置は外したまま。指は引き金から離せ」

「了解」

 

列が動く。

セフィロスの足音は土に吸い込まれるように静かだ。

歩幅が一定。

訓練された兵士の歩き方。

 

“誰に教わった。どこの戦場を歩いてきた。”

 

焼け跡の端で、救助班が動く。

瓦礫の隙間から、小さな手が伸びる。

セフィロスの視線が一度だけそちらへ。

すぐに戻る。

その一往復に、礼節の気配があった。

 

功は見た。

胸の奥に、知らない鼓動がひとつ増える。

 

恐怖でも憧れでもない。

――理解したい。

 

夜が、静かに二人を包んだ。

 

 

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