怪獣8号 〜 舞え 灰被り 〜   作:あめんぼユカイ

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第4話 英雄の影

 

搬送車のサスペンションが軋む。

湿ったタイヤの音が、夜の舗道に長く残った。

功は助手席で地図を閉じ、無言のまま前を見ていた。

 

後部の座席には、セフィロス。

手錠も拘束具もない。

だが、誰も彼に近づこうとしなかった。

 

外灯が車体を流れるたびに、

銀髪が淡く光る。

それだけで、空気が引き締まった。

 

「……質問をしてもいいか」

功が口を開く。

「答える範囲なら」

「さっき、理を確かめたと言ったな。あれはどういう意味だ」

「形あるものは、循環の上に立っている。

 流れが滞れば崩れ、結びが切れれば死ぬ。

 この世界の怪獣も同じ構造だ」

 

「構造を“見た”のか」

「感じた。波のように」

 

科学でも宗教でもない。

ただの事実を述べている口調だった。

功は目を閉じ、息を吐く。

 

「……お前の世界の理、か」

「俺の世界はもうない。だが、理は似ていた」

 

その言葉のあと、沈黙が落ちた。

車内の空気が、急に重くなる。

 

外の風景が流れる。

焼けた街の輪郭が、ぼんやりと後方に遠ざかる。

 

「隊長、まもなく基地到着です」

運転席の声で、功は顔を上げた。

「了解。拘束区画を使う。警戒を緩めるな」

 

「了解」

 

基地の門が開く。

警備班がライトを向け、車が減速する。

鋼鉄のシャッターが閉まる音が、夜に沈む。

 

セフィロスは一言も発しなかった。

ただ、閉まる扉の向こうにある“何か”を見ていた。

 

その目に、功は覚えがあった。

かつて、戦場で英雄たちが見せた目。

全てを理解しながら、どこにも属さない者の眼差し。

 

 

司令部・第二区防衛本部。

 

「報告を聞こう、四ノ宮隊長」

年配の副長官が椅子に背を預け、資料をめくる。

功は背筋を伸ばした。

 

「怪獣は既存の生体構造と一致せず、外殻は金属質に硬化。

 心臓部に一点の破断痕。

 再生反応は確認されず、現時点で完全死亡を確認。

 討伐者は――不明」

 

「不明?」

「はい。ただし、現場でひとりの男を拘束。

 名をセフィロスと名乗りました」

 

資料室の空気が変わる。

「セフィロス……国籍は」

「答えず。所属も不明」

 

「傭兵か?」

「違います。少なくとも、傭兵の動きではありませんでした。

 怪獣の生体構造を把握し、明確な殺傷を行ったかと」

 

副長官が煙草を取り出し、火をつける。

「つまり、“理論的に怪獣を斬った”と」

「はい」

 

「……それが可能だとすれば、戦局が変わるな」

功は何も言わない。

それがどういう意味を持つか、わかっている。

 

「拘束の扱いは?」

「一時的な監視下に置いています。

 本人は協力的。抵抗も逃走の意思もなし」

 

副長官は煙を吐いた。

「……興味深い。だが危険だ」

 

功は立ち上がり、敬礼する。

「処遇は上の判断に委ねます」

「よかろう。だが、彼の観察はお前が続けろ」

 

「了解」

 

 

その夜。

 

功は監視窓越しに、収容区画を見ていた。

セフィロスは部屋の隅に立ち、窓を見上げている。

寝ようとも、動こうともせず。

 

まるで、何かを待っているように。

 

功は思わず声を出した。

「……お前は何を見てる」

 

ガラス越しに、セフィロスの視線が動く。

「空だ」

「見えないだろう」

「わかる。そこに“風”がある」

 

功は黙った。

その口調は、懐かしさを含んでいた。

まるで、誰かの記憶を思い出すように。

 

ーー ……俺は英雄になるんだ!

 

セフィロスの肩がわずかに動いた。

眉が寄り、目が一瞬閉じる。

苦しむような、しかし懐かしい表情。

 

「……英雄、か」

その言葉が、彼の口からこぼれた。

 

功は息を止めた。

 

セフィロスは目を開き、

その瞳の奥に、かすかな光と影を宿した。

 

「英雄は、いつも遅れてやってくる」

「どういう意味だ」

「守るべきものが、壊れたあとでなければ、

 誰も“英雄”を呼ばない」

 

沈黙。

風のない部屋で、時間だけが動いた。

 

夜が深くなる。

収容区画の照明は落とされ、

観察窓の向こうでは、ひとりの男が動かないまま佇んでいた。

 

功はその姿を見つめながら、胸の奥で整理を試みる。

報告書の言葉が、すべて平坦に見えた。

「所属不明・年齢不詳・脅威度A」。

どれも実態を語っていない。

 

――人間ではない。

そう言い切るには、あまりに人間的だった。

 

息をして、思考し、過去を持ち、

そして何より、“守る”という動機を語った。

 

「……あのとき、泣き声に反応したな」

功は小さく呟いた。

誰に聞かせるでもなく。

 

モニターには、セフィロスが映っている。

窓辺に立ち、月のない夜空を見ている。

外の光はなく、彼自身が光を放つようだった。

 

功は無線を手に取り、

通信を開いた。

「四ノ宮だ。被収容者S-01、意識状態は」

「安定。脈・体温ともに人間基準内です」

「睡眠は」

「なし。観察開始から六時間、姿勢の変化はほとんどありません」

「了解」

 

通信を切る。

静寂が戻る。

 

――そのときだった。

 

ガラス越しに、セフィロスがゆっくりと顔を上げた。

視線が、まっすぐこちらを向く。

 

功の背中に冷たいものが走る。

気づかれた。

だが、彼の目は敵意ではない。

 

その瞳の奥――揺らいだ光が、別の世界を映していた。

 

 

黒い空。

崩れた街。

炎に照らされる兵の列。

誰かが笑っていた。

 

―― セフィロス、君は……英雄だ。

―― 英雄……?

 

声が交錯する。

光と炎。

倒れる兵。

自分の剣に映る血。

 

―― 違う、俺は……!

 

叫び。

そして沈黙。

世界が崩れ、光が反転する。

 

次の瞬間、映像が途切れた。

 

 

功は見た。

セフィロスが膝に手をつき、

呼吸を整えている。

 

痛みというより、“記憶の衝撃”。

それを押し戻すように、彼は静かに立ち上がる。

 

「……見たのか」

功が問う。

「思い出しただけだ」

「何を」

「選べなかった過去を」

 

セフィロスは少しだけ笑った。

その笑みには、自己否定も自嘲もなかった。

ただ、静かな疲労だけがあった。

 

「この世界では、何をするつもりだ」

功の声が低く響く。

「戦うつもりか」

「守るつもりだ」

 

「誰を」

「まだ知らない。だが、声が聞こえた」

 

「声?」

「風の中で――“生きたい”と」

 

功は目を細める。

その答えは、理解できるようで、理解できない。

けれど、“信じたくなる”類の言葉だった。

 

「……なら、まずは俺たちと共にいてもらう。

 この国は、守る理由に溢れている」

 

セフィロスはわずかに頷いた。

その瞳には、確かに“光”が宿っていた。

 

 

功は観察窓から離れ、通路を歩く。

夜の基地は静かだ。

蛍光灯の明かりが冷たく床を照らす。

 

ポケットの中で、功の通信端末が振動した。

メッセージが一件。

《長官からの直電要請。至急、報告書を持参せよ》

 

功は短く息を吐いた。

「……始まるな」

 

そして、背後の収容区画を一度だけ振り返る。

そこには、まだ立ち尽くす白い影。

月もない夜に、確かに光るひとつの存在。

 

――英雄。

その言葉が、功の胸で静かに形を成した。

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