朝霧が、街の残骸を包んでいた。
陽が昇る前の冷たさ。
焦げの匂いの中に、かすかに草の香りが混じる。
防衛隊の仮設キャンプが、瓦礫の中に組まれている。
金属音。ジェネレーターの唸り。
その間を、白い外套が一人、静かに歩いていた。
セフィロスだ。
無言のまま、被災区域の境界線に立つ。
風が吹く。髪がわずかに揺れ、陽の光が鋭く反射する。
彼の後ろには、功がいた。
「……眠れたか?」
「眠るという感覚は、まだ馴染まない」
「なら、朝の空気で慣れろ。ここではそれが一番効く」
功が言い、コーヒーを一口すすった。
冷めた苦味が、焦げた匂いと混ざる。
「生存者の救助は終わった。
だが避難民の数が多い。子どももいる」
「子ども……」
セフィロスがその言葉を繰り返した。
「助けたいか」
「助けることに、理由は要るのか?」
「……ないな」
功が笑う。
その笑みには、昨夜の緊張の影が薄れていた。
⸻
仮設テントの奥、簡易ベッドの列。
救護班の女性が包帯を巻いている。
その中に、小さな少女がいた。
茶色の髪を短く切りそろえ、
包帯の下から細い腕がのぞく。
少女――亜白ミナ。
「お兄ちゃん、怪獣はもう来ないの?」
看護兵が答えに詰まる。
セフィロスが歩み寄った。
「もう来ない」
低く、やわらかな声。
ミナが顔を上げる。
光が反射して、彼の髪が白く輝いた。
「ほんと?」
「俺がいる限りは」
ミナの目がまん丸になる。
その言葉に嘘の影がないことを、
子ども特有の勘で感じ取ったようだった。
「……ありがとう」
小さく礼を言い、布団に潜りこむ。
その姿を見て、功が息を吐いた。
「お前、子どもに好かれるタイプか?」
「……子どもは、俺を恐れない」
「大人は?」
「多くは恐れる」
短いやり取り。
だが、その空気は柔らかかった。
⸻
風が吹いた。
テントの幕が揺れ、
空の色が青へと変わっていく。
セフィロスは空を見上げた。
雲の流れが、かつての世界のそれと同じだと気づく。
(……風は、どの世界でも同じだな)
遠い記憶の声が、風の中に混じった。
ーーお前は、風に好かれている。
ーー……そうか?
ーーだから孤独だ。
セフィロスの目が細くなる。
瞼の奥で、懐かしい痛みがうずく。
アンジールと笑い合った記憶が、微かに閃く。
その刹那、ミナの寝息が聞こえた。
穏やかで、かすかな音。
セフィロスは目を閉じる。
「……守るべきもの、か」
功が隣で呟く。
「見つけたか?」
「まだ、名前を知らない」
「それでいい」
ふたりの間に、朝の光が差し込む。
焦げた街の上に、ようやく風が戻ってきた。
昼下がり。
仮設キャンプの外では、子どもたちが紙飛行機を飛ばしていた。
焼け跡の隙間から拾った紙を、ぎこちなく折っては投げる。
風が吹くたび、灰の上を白い影がふわりと舞う。
その中に、小柄な少年がいた。
黒い髪を短く刈り上げ、真剣な目で飛行機を見つめている。
名を、日比野カフカという。
「おい、カフカ! 風の向きが違うって!」
別の子が叫ぶ。
「いいんだ、風が変わるから飛ぶんだよ!」
声には無邪気な熱があった。
セフィロスは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
剣は持っていない。
その代わり、手には一枚の紙。
カフカたちが投げて遊ぶ、それと同じ紙だ。
功が隣に立つ。
「……遊んでみたくなったのか?」
「風の流れを読む訓練になる」
「真面目か、お前は」
ふたりの会話に気づいたカフカが、笑いながら駆け寄ってきた。
「おじさんも飛ばす?」
「おじさん?」功が眉をひそめる。
セフィロスは静かに受け取った。
紙を指でなぞる。
重心のズレ。折り目の浅さ。
ほんの一瞬で形を整えると、風を感じて、そっと放った。
紙飛行機はゆるやかに弧を描き、
灰色の空を切り裂くように飛び抜けた。
子どもたちの歓声が上がる。
「すげぇ……!」
「おじさん、どうやったの!?」
セフィロスは小さく微笑んだ。
「風に逆らわないだけだ」
「逆らわない?」
「力を使うんじゃない。流れを“読む”。
風が何を求めているかを感じるんだ」
カフカは真剣に聞いていた。
まるで、それが本当の戦い方であるかのように。
「……わかった! 次はもっと高く飛ばす!」
彼の笑顔に、セフィロスは一瞬だけ目を細めた。
その表情は、どこか懐かしかった。
ーー風を読め。力ではなく、流れを信じろ。
アンジールの声が、遠くで響いた気がした。
セフィロスの手のひらに、微かな熱が戻る。
功が腕を組み、遠くを見ながら呟いた。
「この子たちが、大人になる頃……
お前は、どうしていると思う?」
セフィロスはしばらく考え、空を見た。
「わからない。だが、彼らがこの空を見上げられるようにしておきたい」
「つまり、それが“守る”ってことか」
「……そうだな」
功が短く笑った。
「いい答えだ。お前みたいなやつが、もう少しいればいいんだが」
「それを決めるのは、俺じゃない」
風が再び吹いた。
紙飛行機が空高く舞い、ゆるやかに旋回して地に落ちる。
カフカが走って拾い、再び空へ放つ。
何度でも、飽きずに。
セフィロスはその姿を見つめていた。
“繰り返す”という行為に、確かな強さを見た。
(――諦めない。
それだけで、世界は変わるのかもしれない)
空を見上げる。
灰が風に舞い、光を反射して消えていく。
まるで、滅びの中から新しい命が息づくように。
功が帽子を直しながら言う。
「この街は、きっと立ち上がる。
時間はかかるがな」
「立ち上がる……か」
「そうだ。人間はしぶとい」
セフィロスは微かに笑い、風の流れに身を委ねた。
「なら、俺も学ぼう。この世界の立ち方を」
功が横目で見る。
「……そうか。なら、いい弟子がいる」
「弟子?」
「お前に紙飛行機を教わった少年だ」
セフィロスは、遠くで笑い声を上げるカフカを見た。
その姿に、知らぬうちに口元が緩む。
(この風が、また吹くのなら――)
白い髪が陽光を受けて揺れた。
風の音が、焦げた街を包み込む。
命の残響が、確かにここに息づいていた。