怪獣8号 〜 舞え 灰被り 〜   作:あめんぼユカイ

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第5話 風のゆりかご

 

朝霧が、街の残骸を包んでいた。

陽が昇る前の冷たさ。

焦げの匂いの中に、かすかに草の香りが混じる。

 

防衛隊の仮設キャンプが、瓦礫の中に組まれている。

金属音。ジェネレーターの唸り。

その間を、白い外套が一人、静かに歩いていた。

 

セフィロスだ。

無言のまま、被災区域の境界線に立つ。

風が吹く。髪がわずかに揺れ、陽の光が鋭く反射する。

 

彼の後ろには、功がいた。

「……眠れたか?」

「眠るという感覚は、まだ馴染まない」

「なら、朝の空気で慣れろ。ここではそれが一番効く」

 

功が言い、コーヒーを一口すすった。

冷めた苦味が、焦げた匂いと混ざる。

 

「生存者の救助は終わった。

 だが避難民の数が多い。子どももいる」

「子ども……」

セフィロスがその言葉を繰り返した。

 

「助けたいか」

「助けることに、理由は要るのか?」

「……ないな」

 

功が笑う。

その笑みには、昨夜の緊張の影が薄れていた。

 

⸻

 

仮設テントの奥、簡易ベッドの列。

救護班の女性が包帯を巻いている。

その中に、小さな少女がいた。

 

茶色の髪を短く切りそろえ、

包帯の下から細い腕がのぞく。

少女――亜白ミナ。

 

「お兄ちゃん、怪獣はもう来ないの?」

看護兵が答えに詰まる。

セフィロスが歩み寄った。

 

「もう来ない」

低く、やわらかな声。

ミナが顔を上げる。

光が反射して、彼の髪が白く輝いた。

 

「ほんと?」

「俺がいる限りは」

 

ミナの目がまん丸になる。

その言葉に嘘の影がないことを、

子ども特有の勘で感じ取ったようだった。

 

「……ありがとう」

小さく礼を言い、布団に潜りこむ。

その姿を見て、功が息を吐いた。

 

「お前、子どもに好かれるタイプか?」

「……子どもは、俺を恐れない」

「大人は?」

「多くは恐れる」

 

短いやり取り。

だが、その空気は柔らかかった。

 

⸻

 

風が吹いた。

テントの幕が揺れ、

空の色が青へと変わっていく。

 

セフィロスは空を見上げた。

雲の流れが、かつての世界のそれと同じだと気づく。

 

(……風は、どの世界でも同じだな)

 

遠い記憶の声が、風の中に混じった。

 

ーーお前は、風に好かれている。

ーー……そうか?

ーーだから孤独だ。

 

セフィロスの目が細くなる。

瞼の奥で、懐かしい痛みがうずく。

アンジールと笑い合った記憶が、微かに閃く。

 

その刹那、ミナの寝息が聞こえた。

穏やかで、かすかな音。

 

セフィロスは目を閉じる。

「……守るべきもの、か」

 

功が隣で呟く。

「見つけたか?」

「まだ、名前を知らない」

「それでいい」

 

ふたりの間に、朝の光が差し込む。

焦げた街の上に、ようやく風が戻ってきた。

 

昼下がり。

仮設キャンプの外では、子どもたちが紙飛行機を飛ばしていた。

焼け跡の隙間から拾った紙を、ぎこちなく折っては投げる。

風が吹くたび、灰の上を白い影がふわりと舞う。

 

その中に、小柄な少年がいた。

黒い髪を短く刈り上げ、真剣な目で飛行機を見つめている。

名を、日比野カフカという。

 

「おい、カフカ! 風の向きが違うって!」

別の子が叫ぶ。

「いいんだ、風が変わるから飛ぶんだよ!」

声には無邪気な熱があった。

 

セフィロスは、その様子を少し離れた場所から見ていた。

剣は持っていない。

その代わり、手には一枚の紙。

カフカたちが投げて遊ぶ、それと同じ紙だ。

 

功が隣に立つ。

「……遊んでみたくなったのか?」

「風の流れを読む訓練になる」

「真面目か、お前は」

 

ふたりの会話に気づいたカフカが、笑いながら駆け寄ってきた。

「おじさんも飛ばす?」

「おじさん?」功が眉をひそめる。

セフィロスは静かに受け取った。

 

紙を指でなぞる。

重心のズレ。折り目の浅さ。

ほんの一瞬で形を整えると、風を感じて、そっと放った。

 

紙飛行機はゆるやかに弧を描き、

灰色の空を切り裂くように飛び抜けた。

子どもたちの歓声が上がる。

 

「すげぇ……!」

「おじさん、どうやったの!?」

 

セフィロスは小さく微笑んだ。

「風に逆らわないだけだ」

「逆らわない?」

「力を使うんじゃない。流れを“読む”。

 風が何を求めているかを感じるんだ」

 

カフカは真剣に聞いていた。

まるで、それが本当の戦い方であるかのように。

 

「……わかった! 次はもっと高く飛ばす!」

彼の笑顔に、セフィロスは一瞬だけ目を細めた。

その表情は、どこか懐かしかった。

 

ーー風を読め。力ではなく、流れを信じろ。

 

アンジールの声が、遠くで響いた気がした。

セフィロスの手のひらに、微かな熱が戻る。

 

功が腕を組み、遠くを見ながら呟いた。

「この子たちが、大人になる頃……

 お前は、どうしていると思う?」

 

セフィロスはしばらく考え、空を見た。

「わからない。だが、彼らがこの空を見上げられるようにしておきたい」

「つまり、それが“守る”ってことか」

「……そうだな」

 

功が短く笑った。

「いい答えだ。お前みたいなやつが、もう少しいればいいんだが」

「それを決めるのは、俺じゃない」

 

風が再び吹いた。

紙飛行機が空高く舞い、ゆるやかに旋回して地に落ちる。

カフカが走って拾い、再び空へ放つ。

何度でも、飽きずに。

 

セフィロスはその姿を見つめていた。

“繰り返す”という行為に、確かな強さを見た。

 

(――諦めない。

  それだけで、世界は変わるのかもしれない)

 

空を見上げる。

灰が風に舞い、光を反射して消えていく。

まるで、滅びの中から新しい命が息づくように。

 

功が帽子を直しながら言う。

「この街は、きっと立ち上がる。

 時間はかかるがな」

「立ち上がる……か」

「そうだ。人間はしぶとい」

 

セフィロスは微かに笑い、風の流れに身を委ねた。

「なら、俺も学ぼう。この世界の立ち方を」

 

功が横目で見る。

「……そうか。なら、いい弟子がいる」

「弟子?」

「お前に紙飛行機を教わった少年だ」

 

セフィロスは、遠くで笑い声を上げるカフカを見た。

その姿に、知らぬうちに口元が緩む。

 

(この風が、また吹くのなら――)

 

白い髪が陽光を受けて揺れた。

風の音が、焦げた街を包み込む。

命の残響が、確かにここに息づいていた。

 

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