怪獣8号 〜 舞え 灰被り 〜   作:あめんぼユカイ

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第7話 報告と波紋

防衛隊本部・第一会議棟。

厚い防弾ガラスの向こう、夜明けの光が無機質に差し込んでいた。

机の上に並ぶホログラム映像。そこには、先日の工業地帯戦闘の記録が映し出されている。

 

四ノ宮功は直立したまま、背後のドアが閉まる音を聞いた。

上層部五名。長官、参謀、技術顧問、監査官、そして広報部の代表。

椅子の音が交錯し、空気が少しだけ重くなる。

 

「では始めよう。四ノ宮隊長、先日の第2特別討伐作戦の報告を」

最上位の声が低く響く。

 

功は敬礼し、一歩前に出る。

「目標、全長約三十メートル級。外殻金属質、熱再生型。発生源は確認されず。

 討伐完了までの所要時間、三十五分。被害、隊員軽傷三名、死者なし」

 

「……そして」

参謀の一人が指を鳴らす。

映像が切り替わる。

 

セフィロス。

白い髪が爆煙に照らされる。

刃を抜き、ただ一歩動く。

怪獣の体表が波打ち、崩れ落ちる。

音声の記録には功の声も混じっている。

『攻撃してないのに、再生が止まってる――』

 

会議室が静まり返った。

 

長官が低く言う。

「これは……どう説明する?」

「映像の改ざんはありません。記録は生データです」

技術顧問が端末を操作しながら答える。

「熱量変化、圧力波、電磁反応、いずれも通常の攻撃行動と一致しません。

 つまり――攻撃ではない」

 

「では、何だ?」

「現時点での解析では、“敵の再生機構そのものが内部で停止した”としか」

「停止? 彼の行動でか?」

 

功は口を開いた。

「はい。彼――セフィロスが一歩踏み出した時点で、熱交換器官の稼働が途絶えています」

「兵器を使わずに?」

「はい」

 

ざわめき。

椅子の背が軋む。

監査官が低く唸るように言った。

「……つまり、彼は我々の理解外の“手段”を使っているということだな」

 

功は言葉を選ぶ。

「手段、というより……観測能力の問題かと。

 彼は戦場全体を“構造として”把握している節があります」

 

「構造?」

「敵の体温、圧力、再生の流れ、地形、風向。

 それらの変化を即座に読み、次に何が起こるかを“見る”。

 予測ではなく、観測に近い」

 

「そんなことが人間に可能か?」

「現場では、可能でした」

 

沈黙。

資料のページがめくられる音だけが響く。

 

長官が静かに椅子を回した。

「……四ノ宮隊長。君は彼をどう見る」

功は迷わず答える。

「脅威ではありません。少なくとも現時点では」

 

「根拠は?」

「彼の行動には、敵意も独立意志も見えない。

 むしろ、我々の秩序を理解しようとしている」

 

参謀が眉をひそめる。

「理解、だと?」

「はい。現場での発言から判断するに――

 彼は“この世界を学ぼうとしている”状態です」

 

「……だが、もし学び終えたらどうする?」

功は答えない。

その沈黙が答えそのものだった。

 

長官が手を組む。

「拘束はせず、監察下での滞在とする。

 ただし、行動範囲を限定し、全記録は監査官室に送れ」

 

「了解」

 

会議が解散する。

功がドアの前で一礼しかけた時、背後から声が飛ぶ。

「四ノ宮」

長官の声だ。

「君が責任を持て。

 “未知”を扱うのは、いつだって君の役目だ」

 

功は小さく息を吐いた。

「承知しました」

 

ドアが閉まる。

外の空気は薄かった。

窓越しに見える朝の街が、まるで別の世界のように静かだった。

 

白い壁。

金属の机と椅子。

部屋の中央にセフィロスが座っていた。

拘束はされていない。だが、扉の外に二人の武装兵。

 

監察官・霧島が書類を閉じる音が、静寂を切った。

「あなたが“セフィロス”。そう名乗った、で間違いないですね」

「そうだ」

 

声は落ち着いている。

挑発も防衛もない。

霧島は目を細める。

「あなたの存在が、こちらにとってどれほど“説明のつかないもの”かは分かりますか?」

「理解している」

「なら話が早い。――我々はあなたを“監察対象”とする。

 自由はあるが、行動は制限される。軍事区域外への外出は禁止。通信も許可制。

 拒否権はない」

 

セフィロスはわずかに首を傾けた。

「理解しようとしているのに、閉じ込めるのか」

「理解の仕方を、我々は選びたいんですよ」

 

霧島の声には苛立ちが混じる。

人間としての反応だ。

だがセフィロスの表情は揺れない。

「……そうか」

「質問に答えてもらう。

 あなたの力――何を原理に動いている?」

「原理を説明する言葉が、この世界にあるか分からない」

 

霧島の眉がわずかに動く。

「科学的な説明ができないと?」

「“科学”という枠組みの中で理解するなら、説明は不可能だ」

「なら、宗教的な力か?」

「信仰の結果ではない。観測の積み重ねだ」

「観測?」

「存在の仕組みを“見る”ことだ。見えれば、扱える」

 

霧島は苦笑した。

「……まるで、神のような言い方だ」

セフィロスは首を横に振る。

「神ではない。俺は、ただの兵士だ」

 

沈黙が落ちる。

霧島が記録端末を閉じる。

「では、あなたの今後についてだ。

 四ノ宮隊長の監督下でしばらく滞在してもらう。

 宿舎を用意する。生活の最低限は保障する」

「……共同生活か」

「嫌ですか?」

「興味深い」

 

霧島は少しだけ息を抜く。

「そう言ってもらえると助かります。

 ただし、他の隊員を混乱させる行動は慎むように」

「努力する」

 

霧島が立ち上がる。

「四ノ宮隊長が迎えに来ます。――気を抜かないでくださいよ、あなたの存在はまだ、世界にとって“異物”なんですから」

 

ドアが開き、功が入ってくる。

「行くぞ、セフィロス」

「了解した」

 

二人が並んで歩く。

廊下の照明が彼らの影を伸ばす。

功が口を開く。

「……気分はどうだ?」

「観測は順調だ。だが、人の視線は熱い」

「それはお前が異常だからだ」

セフィロスは目を細め、微かに笑った。

「お前たちの基準では、そうなるのかもしれない」

 

功は立ち止まる。

「……だが、俺は“異常”より、“使える”方を信じる」

「それは戦場の理屈だな」

「俺はそれしか知らん」

 

二人の間に短い沈黙。

その静けさは、敵意ではなく共通の理解に近いものだった。

 

功がドアを開ける。

「宿舎は近い。あそこなら、少しは休める」

「俺に“休む”という概念があるなら、試してみよう」

 

功が笑う。

「上等だ」

 

ドアが閉まる。

廊下の奥、朝の光が差し込み始めていた。

それは冷たいはずなのに、不思議と柔らかく感じられた。

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