防衛隊本部・第一会議棟。
厚い防弾ガラスの向こう、夜明けの光が無機質に差し込んでいた。
机の上に並ぶホログラム映像。そこには、先日の工業地帯戦闘の記録が映し出されている。
四ノ宮功は直立したまま、背後のドアが閉まる音を聞いた。
上層部五名。長官、参謀、技術顧問、監査官、そして広報部の代表。
椅子の音が交錯し、空気が少しだけ重くなる。
「では始めよう。四ノ宮隊長、先日の第2特別討伐作戦の報告を」
最上位の声が低く響く。
功は敬礼し、一歩前に出る。
「目標、全長約三十メートル級。外殻金属質、熱再生型。発生源は確認されず。
討伐完了までの所要時間、三十五分。被害、隊員軽傷三名、死者なし」
「……そして」
参謀の一人が指を鳴らす。
映像が切り替わる。
セフィロス。
白い髪が爆煙に照らされる。
刃を抜き、ただ一歩動く。
怪獣の体表が波打ち、崩れ落ちる。
音声の記録には功の声も混じっている。
『攻撃してないのに、再生が止まってる――』
会議室が静まり返った。
長官が低く言う。
「これは……どう説明する?」
「映像の改ざんはありません。記録は生データです」
技術顧問が端末を操作しながら答える。
「熱量変化、圧力波、電磁反応、いずれも通常の攻撃行動と一致しません。
つまり――攻撃ではない」
「では、何だ?」
「現時点での解析では、“敵の再生機構そのものが内部で停止した”としか」
「停止? 彼の行動でか?」
功は口を開いた。
「はい。彼――セフィロスが一歩踏み出した時点で、熱交換器官の稼働が途絶えています」
「兵器を使わずに?」
「はい」
ざわめき。
椅子の背が軋む。
監査官が低く唸るように言った。
「……つまり、彼は我々の理解外の“手段”を使っているということだな」
功は言葉を選ぶ。
「手段、というより……観測能力の問題かと。
彼は戦場全体を“構造として”把握している節があります」
「構造?」
「敵の体温、圧力、再生の流れ、地形、風向。
それらの変化を即座に読み、次に何が起こるかを“見る”。
予測ではなく、観測に近い」
「そんなことが人間に可能か?」
「現場では、可能でした」
沈黙。
資料のページがめくられる音だけが響く。
長官が静かに椅子を回した。
「……四ノ宮隊長。君は彼をどう見る」
功は迷わず答える。
「脅威ではありません。少なくとも現時点では」
「根拠は?」
「彼の行動には、敵意も独立意志も見えない。
むしろ、我々の秩序を理解しようとしている」
参謀が眉をひそめる。
「理解、だと?」
「はい。現場での発言から判断するに――
彼は“この世界を学ぼうとしている”状態です」
「……だが、もし学び終えたらどうする?」
功は答えない。
その沈黙が答えそのものだった。
長官が手を組む。
「拘束はせず、監察下での滞在とする。
ただし、行動範囲を限定し、全記録は監査官室に送れ」
「了解」
会議が解散する。
功がドアの前で一礼しかけた時、背後から声が飛ぶ。
「四ノ宮」
長官の声だ。
「君が責任を持て。
“未知”を扱うのは、いつだって君の役目だ」
功は小さく息を吐いた。
「承知しました」
ドアが閉まる。
外の空気は薄かった。
窓越しに見える朝の街が、まるで別の世界のように静かだった。
白い壁。
金属の机と椅子。
部屋の中央にセフィロスが座っていた。
拘束はされていない。だが、扉の外に二人の武装兵。
監察官・霧島が書類を閉じる音が、静寂を切った。
「あなたが“セフィロス”。そう名乗った、で間違いないですね」
「そうだ」
声は落ち着いている。
挑発も防衛もない。
霧島は目を細める。
「あなたの存在が、こちらにとってどれほど“説明のつかないもの”かは分かりますか?」
「理解している」
「なら話が早い。――我々はあなたを“監察対象”とする。
自由はあるが、行動は制限される。軍事区域外への外出は禁止。通信も許可制。
拒否権はない」
セフィロスはわずかに首を傾けた。
「理解しようとしているのに、閉じ込めるのか」
「理解の仕方を、我々は選びたいんですよ」
霧島の声には苛立ちが混じる。
人間としての反応だ。
だがセフィロスの表情は揺れない。
「……そうか」
「質問に答えてもらう。
あなたの力――何を原理に動いている?」
「原理を説明する言葉が、この世界にあるか分からない」
霧島の眉がわずかに動く。
「科学的な説明ができないと?」
「“科学”という枠組みの中で理解するなら、説明は不可能だ」
「なら、宗教的な力か?」
「信仰の結果ではない。観測の積み重ねだ」
「観測?」
「存在の仕組みを“見る”ことだ。見えれば、扱える」
霧島は苦笑した。
「……まるで、神のような言い方だ」
セフィロスは首を横に振る。
「神ではない。俺は、ただの兵士だ」
沈黙が落ちる。
霧島が記録端末を閉じる。
「では、あなたの今後についてだ。
四ノ宮隊長の監督下でしばらく滞在してもらう。
宿舎を用意する。生活の最低限は保障する」
「……共同生活か」
「嫌ですか?」
「興味深い」
霧島は少しだけ息を抜く。
「そう言ってもらえると助かります。
ただし、他の隊員を混乱させる行動は慎むように」
「努力する」
霧島が立ち上がる。
「四ノ宮隊長が迎えに来ます。――気を抜かないでくださいよ、あなたの存在はまだ、世界にとって“異物”なんですから」
ドアが開き、功が入ってくる。
「行くぞ、セフィロス」
「了解した」
二人が並んで歩く。
廊下の照明が彼らの影を伸ばす。
功が口を開く。
「……気分はどうだ?」
「観測は順調だ。だが、人の視線は熱い」
「それはお前が異常だからだ」
セフィロスは目を細め、微かに笑った。
「お前たちの基準では、そうなるのかもしれない」
功は立ち止まる。
「……だが、俺は“異常”より、“使える”方を信じる」
「それは戦場の理屈だな」
「俺はそれしか知らん」
二人の間に短い沈黙。
その静けさは、敵意ではなく共通の理解に近いものだった。
功がドアを開ける。
「宿舎は近い。あそこなら、少しは休める」
「俺に“休む”という概念があるなら、試してみよう」
功が笑う。
「上等だ」
ドアが閉まる。
廊下の奥、朝の光が差し込み始めていた。
それは冷たいはずなのに、不思議と柔らかく感じられた。