麦わら帽子の海賊王が伝説に語られる頃の未来の世界。
悪魔の実の副効能で不老化したローが一人で放浪する平穏な日常。

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ローが最初から女の子だったらいいのにとずっと思ってる人が書きました。
能力の副効能や世界観にオリジナル設定がいくつかあります。


127年目のワールドウォーカー

ひどく牧歌的な辺境の港町は幾日振りの嵐が明けて穏やかに晴れていた。

絵に描いたような平和な日、町唯一の診療所には今日も閑古鳥が鳴いている。

入り口前の陽だまりに小さな椅子をひとつ出して、居候の佳人はふわふわと柔らかな帽子の下に黒髪を揺らし、静かに本を読んでいた。

 

「ねぇ先生、もうこの町から出ていっちゃうの?」

 

ふと、駆け寄ってきた幼い少女が声を張り上げて問いかける。

ある日ふらりと町を訪れた佳人と偶然親しくなった、町の無邪気な住人だ。

まだ学校に通う歳でもないが、医者に憧れがあるらしい。

放浪の旅を続ける彼女が医師だと知ると、すっかり懐いてあれこれと医術の話をせがむようになったのだ。

聞き慣れた声に気付いた佳人がちらりと顔を上げた。

海辺のカモメがにゃあ、と猫のように一鳴きして飛び立っていく。

 

「……ん、あぁ。連絡船が来れば明日にでも」

「ええぇ、寂しいよ先生、もっとお話聞きたかったのに」

「俺は暇じゃねぇんだよ、行くところがあるんだ」

 

言って、佳人はくつくつと笑う。

少し行儀悪く組んだ細い脚に頬杖をついて、容姿こそ整えど口振りの悪さに違わぬその態度はまさに無法者のそれだった。

少女は臆すこともなく、そんな彼女の隣にちょこんと座り込む。

 

「それじゃあ今日は最後だからたくさんお話聞かせて!」

「ちゃっかりしてんじゃねぇか」

 

佳人は毒づいて、しかし幼子を拒むでもなく読んでいた本を閉じた。

そのまま、地べたに座る少女を片手で軽々と抱き上げ自分の膝に乗せる。

嬉しそうに見上げた笑顔に、佳人は僅かに切れ長の双眸を細めてみせた。

 

「あのね先生、大海賊時代って知ってる?もう100年も昔のことよ。その頃にも立派なお医者さまがいたんですって」

 

本で読んだのよ、と少女は興奮気味に息巻いている。

両親から誕生日に贈られた医学史の本の記述なのだと言う。

 

「昨日はとても面白いページを読んでね、何でもこの時代は海賊のお医者さまもいたそうなの」

「へぇ」

「中でもとびきりすごい人がいたのよ!とても綺麗な女のお医者さまで、海賊王の怪我も治してしまったって」

 

ぱちん、と手を叩く。

その瞳は紙面に詩のように謳われる古の偉業にキラキラと輝いていた。

 

「悪魔の実を食べたとっても強い海賊でね、“死の外科医”って呼ばれ……」

 

格好良いのよ、と。

振り向きざまに言いかけた言葉が不意に途切れた。

少女はきょとんとして、少し訝しげに佳人の顔貌を覗き込む。

暫し見つめたあと、首を傾げながらぽつりと呟いた。

 

「……先生、あの絵のお医者さまと同じお顔をしてるわ」

「そいつの名前は何だった?」

「えぇと、確か……」

 

がたり、と突然診療所のドアが開く。

のどかな港の平穏な空気が、焦り顔の医師の声で破られた。

 

「あぁ居た!トラファルガー先生!北の作業場で落盤が…怪我人も出ていて…!」

 

田舎の町医者では到底手に負えない状況なのだろう、医師は真っ青な顔で汗だくになって息を荒げている。

表情も、血泥が飛び散った白衣も、それを如実に物語っていた。

 

「……分かった、すぐ行く」

 

少女を膝から下ろし、彼女は躊躇うことなく席を立った。

大きな瞳をさらに丸くする幼子の頭を軽くぽんと撫でると、それきり顧みることなく足早に診療所の中へ戻っていく。

何か言いかけた少女の声は音になることなく、唖然と震える唇の動きだけがこぼれ落ちた。

 

「……トラファルガー・ロー?」

 

 

時代には底抜けな自由を謳歌する風が吹いていた。

 

人々はかつてこの海と陸にそうでない歴史と大きな変革があったのだと、古の功労を伝承に語り聞いて生きている。

 

“誇張もいいところだ、麦わら屋達が聞いたらなんて顔するだろうな”

誰に訊かれるでもなく、彼女だけはそれを昨日の笑い話のように述懐するのだ。

 

まだちゃんと彼女の生きた歳と容姿が釣り合っていた頃、当時懸賞金30億を誇った稀代の女海賊が悪魔の実の覚醒に至り四皇を破る力を手に入れた頃のこと。

彼女が口にした悪魔の実は、医療の極致として自分の命と引き換えに人に不老の身体を与える。

だが、その秘技を明かす事なく過ごしていたある時を境に、力はロー自身に作用し始めたのだ。

後に妙に頭の長い天才科学者はそれを“血統因子の完全覚醒によってオペオペの実の不老化は能力者本人に対して効果をもたらす、おそらく歴代の能力者はそこに至る前に秘技を使った為に命を落としていたのだろう”、と推測していたが。

 

ともかく、ローの時間はその日を境に止まり、色褪せることをやめた。

 

……

 

「むさ苦しい船にとんだ別嬪が居たもんだ、なぁ姉ちゃん」

 

船内の食堂、雑多なバーカウンターでほろ酔いの声が背後から飛んできた。

カウンターの隅で静かにグラスを傾けていたローは、少し億劫そうにちらりと目を向ける。

偉大なる航路を巡る連絡船は、嵐明けの久方ぶりな出航とあって多くの乗客でごった返していた。

昼間からすっかり出来上がった酔っ払いがそこかしこで大声で笑い立て、喧しくも雑多な活気に満ちている。

ローに絡んできたのも例に漏れず、酒瓶片手に浮かれて赤い顔をした若い大男だ。

 

「新世界はまだ海賊の真似事をしてる馬鹿も多いぜぇ?女1人じゃ良いカモだ。どうだ?用心棒してやるよ」

 

酒瓶をやかましく机に叩きつけ、男は値踏みするように無遠慮に距離を詰めてくる。

吐きかけられる酒臭い息にローは分かりやすく顔を顰めると、口早に吐き捨てた。

 

「間に合ってる、悪ぃがあんたより強い」

「生意気言ってくれるじゃねぇか、その細ぇ腕で何ができ……」

 

にべもない一言に気色ばむ男が、粗暴な腕をローに伸ばしてきた瞬間──。

シャンブルズ、と唇が僅かに吐息だけで零した。

刹那、振りかぶっていたはずの男が姿を消し、ほぼ同時に外の甲板でドン、と何かが落下する音と遠い振動が響き渡る。

ややもせず、ドアを隔てた向こうから「人が落ちてきた」と騒ぎ立てる声があちこちから湧き上がった。

 

「消えた…い、いま何が起きた…!?」

 

騒ぎを遠巻きに眺めていた乗客達が、突然の出来事に茫然と目を丸くする。

不意に、その中の誰ともない一人がローを指差して、譫言のように口走った。

 

「もしかして、本物の“死の外科医”」

 

ざわ、とその単語に船内が途端に色めき立つ。

 

「黒い髪の若い女だと聞いた、悪魔の実の能力で老いる事なくその姿のまま100年生きてると」

「まさか!あんな話はただの噂、そうでなきゃ絵物語の読み過ぎだ」

「何でも解剖して病気を治せるんだろ?」

「いや、麻酔もなしに人を切り刻むイカレた悪魔だと聞いたぞ」

 

100年そこらで随分と尾鰭がついたものだ、髪の色は合ってるが。

ざわつく視線を浴びながら、彼女はおもむろにカウンターの席を立つ。

 

「マスター、釣りは要らねえ」

 

羽織ったコートの下からローは金貨の袋を店主めがけて放り投げた。

反射で受け取った壮年の店主は、袋の意外な重みにぎくりと目を見開く。

 

「こ、これは流石に頂けませんって!」

「聞こえねえな」

 

ふふ、と帽子の陰に目元を隠しながらローは皮肉っぽく笑う。

カウンターの端に積まれた林檎を、釣銭代わりにひとつ手に取って。

その次の瞬間には既に彼女の姿は船室から忽然と消えていた。

 

……

 

連絡船は夜が更けても喧しく、どこもかしこも静まる気配すらない。

無理もない、伝説に語られる“死の外科医”が乗っているとの噂は一瞬で船内を駆け巡り、今や不老の佳人を一目見ようと野次馬達が上を下への大騒ぎだ。

そんな騒ぎを足下に聞きながら、ローは夜の海風にのんびりと身を委ねていた。

 

メインマストの遥か上部に据えられた見張り台、その手摺にすとんと腰を下ろした彼女の姿は熱狂する野次馬達には決して見つかることはない。

唯一、見張り番の物静かな男だけ。

彼だけが突然眼前にパッと現れたローの姿におお、と緩慢に肩を揺らした。

 

「あんた、下で騒ぎになってたねえ。本物の死の外科医だろう」

 

騒ぎ立てるわけでもなく、ローを眺め回す事すらせず。

望遠鏡を覗きながら、男は独り言のように言葉を投げた。

はなからローが答えるとも思っていないのだろう、彼女が返事を返すのを待つでもなく男は静かに言葉を継ぐ。

 

「船乗りやって長いんだ、あんた程じゃあないが…」

 

ちらり、とそこで男は漸く一目だけローを見遣った。

 

「まだ見習いの頃、シャボンディの港であんたを見たよ。もう50年くらい前か……あの時と同じ顔をしてる、港で見かけてすぐ分かった」

 

まるでその時の記憶を紐解いて述懐するように。

男の声音に好奇の色はなく、色褪せない奇跡に感嘆するような響きがあった。

 

「次は何処へ行くんだい、先生。100年も生きてりゃ世界中は隅の隅まで回っちまっただろ?」

「そこまで暇じゃねぇよ」

 

肩を竦めるように、ローは言葉少なにそれだけ答えを返した。

しゃくん、と手にした林檎を一口齧り。

夜風の静寂を数秒黙って聞いた後、ぽつんと再び口を開いた。

 

「……サクラ王国」

 

そいつぁまた、と男が笑う。

 

「あそこは雪深い、その薄着に被る毛皮のコートでも買ってきな」

「昔……でけぇウサギが居たと聞いた」

「ははは!今も居るよ、白熊サイズの暴れウサギだけどな」

「へぇ……」

 

ローはもう一口、林檎を齧りながら夜の海と空へと思考を投げた。

青黒い冴えた夜空には、甘い蜂蜜色に満ちた月がやけに大きく浮かんでいる。

世界中を旅しよう、と交わした冗談みたいな約束を不意に思い出して、僅かに目を細めた。

あの人が見たら騒ぎそうだな、でけぇウサギ。

ローは誰に聞かせるつもりのない微かな声で独り呟いた。




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ローが実は最初から女の子だったら、の世界線を無限に妄想しています

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