無事実技試験を終え、入学式も終えた優亜を待ち受けていたのは、更なる絶望(あぽりあ)だった。
正直なところ、彼女は仄かに期待していた。
クロノスをプチッとしたことで怒りのボルテージが下がり、あることを思い出したからだ。
デュエル・アカデミアでは、原則として女子生徒は無条件でオベリスクブルー所属となる。
さらに言うと、彼女はクロノスを手玉に取る形で破ったのだ。きっと自分もオベリスクブルーの寮に寝泊りすることとなるのだろう―――そう思っていた。
たしか、ブルー寮の食事はとても豪勢であったはず……生活費を全てゲームに費やし、味のないパスタで餓えを凌いでいた彼女にとって、それはどれほど甘美な夢であっただろう。
そうやって、そこまで夢を見て、彼女の望みは奈落へと落とされた。つまり除外された。
入学式を終えてすぐ、彼女は校長室へと招かれた。
「あなたにはオシリスレッドの寮長の補佐をしてもらおうと、私は考えているのです――」
このとき、彼女は無表情だった。
しかし内心では憎悪が荒れ狂っていることだろう。光の無くした眼がそれを物語っている。気がつけば優亜の腕が校長の首に伸びていた。
彼女の肉しみは消えないんだ!
「か、かひゅっ……!? きゅ、給料には色を付けておキますかカら、頼まれてはくれませんかかか閣下!?」
「お前も蝋人形(のよう)にしてやろうか!」
腕をぺしぺしたたきギブアップを訴えながらの一言で、ギリギリ優亜は殺人の罪を犯さずに済んだ。かなり際どかったが。
1年間だけという条件付きで彼女はこの条件を飲み、涙目で校長室を去っていった―――
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九鬼優亜のいなくなった校長室で、鮫島は大きく安堵の溜息をついた。酸素うめぇ。
ツルリと禿げ上がった自らの頭をハンカチで拭き、ヤレヤレと腰を椅子へと下ろす。
まさか意識が落ちる寸前までチョークスリーパーをかけられるとは思わなかった。
スリーパーホールドではない。チョークスリーパーだ。完全に喉を潰しに来てた。
あれはあかん。
思わず『ミ…ミラクル…!』と言いたくなるような手際の良さだったが、かけられた本人としてはたまったものではない。
しかも眼に光が宿っておらず、全く人間味を帯びない半笑いを浮かべながらの完全に容赦のないシメ技だったので、本気で殺られるかと心の中で念仏を唱えてしまったほどだ。
豊満な胸があたってムホホと密かに思ったのは内緒である。
何故、こんなことになってしまったのか。
彼もまた、九鬼優亜の決闘(デュエル)に魅せられた者の一人だった。
彼とて当然オシリスレッドの現状を把握している。ボロい。貧しい。ひもじい。お腹がすいたのはきっと気のせい。
そんな環境で生徒たちのやる気が育むはずも無く、落ちこぼれでは済まされないほど落ちぶれてしまっている。
しかし、あるいは彼女なら―――九鬼先生なら現状を打破してくれるかもしれない。
クロノス教諭との一戦をみて、鮫島は彼女に可能性を見出したように感じた。所謂デュエル脳である。
「頼みましたよ、九鬼先生―――」
彼の独白は、室内に小さく響き、そして消えた。
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辺りの闇は濃かった。
美しい月が紺碧の空にぽっかりと浮かび、満天の星が瞬く静かな夜。
穏やかな風が寂れた景色を優しく包み込む。
歓迎会が終わり誰もが寝静まったころにオシリスレッドの寮へとやってきた九鬼優亜を迎えたのは、猫を抱えた糸目の男だった。
「遅かったのにゃー、九鬼先生。歓迎会にも顔を出さずにどこ行ってたのにゃー…って酒くさっ!? 鼻がまがるにゃぁ~~~っ!」
「大徳寺先生…だっけ?こんな夜遅くまでゴクローさまじゃん」
「わかったから絡みつかないでほしいにゃ~~!!」
大徳寺という名の教師。オシリスレッドの寮長を務め、授業では錬金術を担当する。オカルティックな授業を担当するわりにホラーが苦手という一面があるよく分からない男だ。
というか錬金術て。
ちなみに九鬼が遅れたのはブルー寮の歓迎会に混じり食事を取っていたからである。
『酒もってこーい!肉もってこーい!』と騒ぎまくった挙句、『なんで私ばかりこんな目にあうのよぉ~』と響みどり先生に泣き付いたりして、多いにブルー寮長のクロノス教諭を困らせた。
「出迎えてもらってありがたいんだけど、もう眠いから私は部屋にいくじゃん…しっかしホントにボロいわねぇ、この寮…」
「ようやく開放されたにゃ~…」
ぐったりとした大徳寺をぬこのファラオが慰め、夜が更けていくのだった
~九鬼先生の噂話~
その1←new!
「先生はゲームが大好きなんだって!特にレトロなゲームを集めてるらしいよ!」