1ヶ月前に消息を絶った恋人から、突如電話がかかって来た。

『黒い森で待ってる』

恋人はそう言い、電話は切れた。

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黒い森で待ってる

 太陽が輝く青空。

 

 心地よい風がそよぐ気持ちの良い日。

 

 しかし私は、それを忌々しげに感じていた。

 

 私の恋人は、1ヶ月前に忽然と姿を消した。

 

 警察にすぐに連絡したがそれだけでは不安だと思い、探偵も雇った。

 

 けれど、結果は芳しくなく、彼女の行方は未だに分からない。

 

 私の曇天の心と裏腹に、空はこんなにも美しく、まるで私の悲しみなどちっぽけでくだらないようだと言われている気がした。

 

 最近は食事もろくに喉を通らず、寝つきも良くない。

 

 日に日に弱っていく私を母親は心配してくれる。

 

 もう、諦めた方が良いのではないか。

 

 そんな考えが脳裏によぎり、それを慌てて振り払う。

 

 見つけなければいけないのだ。

 

 私は、彼女にまた会うのだ。

 

 瞬間、スマホが鳴り響いた。

 

 電話だ。

 

 探偵が何か情報を手に入れたのかと思い、スマホを手に取る。

 

 そして、画面を見ると、そこには探し続けた彼女の名が表示されていた。

 

 すぐさま電話に出た。

 

 言葉が出ない。

 

 ああ、私はなんと声をかけるべきだ?

 

 いや、彼女の方から電話してきたのだ。

 

 彼女の言葉を待つべきか?

 

 混乱し、思考が纏まらない。

 

 なんとか心を落ち着かせ、言葉を紡ごうとした次の瞬間、

 

『黒い森で待ってる』

 

 彼女は、そう言い電話を切った。

 

 ろくに話せもせずに、電話は切られた。

 

 何故?

 

 そう考える暇もなく、ただ思った。

 

 行かなければ。

 

 黒い森にイカナケレバ。

 

 

 

 

 まずは、黒い森がどこなのか、知らなければいけない。

 

 そう思い、ネットで調べるとドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州に『黒い森(シュヴァルツヴェルト)』と呼ばれる森があることが分かった。

 

 しかし、おかしい。

 

 彼女が海外渡航していたのなら、それを警察が知らないわけがない。

 

 隠していた?

 

 何故?

 

 ただの恋人で家族ではないから?

 

 だとしたら、家族だけには伝わっている?

 

 いや、それもおかしい。

 

 彼女の家族とは良好な関係を築いている。

 

 彼女の家族が知っていたら、教えてくれるはずだ。

 

 ならば何故……何故?

 

 疑問は尽きない。

 

 けれど、今はここしかアテが……いや、待て?

 

 あそこか?

 

 1年前に彼女と訪れた田舎村が深く暗い……黒いといえなくもない森に隣接していた。

 

 あそこか?

 

 何故だか直感した。

 

 あそこだと。

 

 荷物をまとめ、すぐさま田舎村に向かった。

 

 田舎村に着くと、静寂がその場を支配していた。

 

 オカシイ。

 

 田舎村とはいえ、1年前に訪れた時にはここは数十人の人が住んでいたはずだ。

 

 閑散さも感じさせないほどに賑やかな人々がいたはずだ。

 

 なのに、家屋は朽ち果て、その壁を蔦が這い、苔むしていた。

 

 けれど、今はそんなこと気にしている時間はない。

 

 そう思い直し、森の中へと入った。

 

 私は、イカナケレバナラナイノダ。

 

 

 森に入ると、清涼さを感じ、心地よい風が頬を撫でた。

 

 木々の葉の間から木漏れ日が差し、幻想的な美しさで森を照らしていた。

 

 木々は、どれも太く、がっしりとしていて相応の樹齢を感じさせる。

 

 そんな木々が密集し、歩く場所はほとんどない。

 

 土はぬかるみ、ただでさえ歩ける場所が少ないというのに、ぬかるみのせいで歩きづらさが増す。

 

 そんな森を私は歩く。

 

 奥へ奥へと歩き進む。

 

 会うのだ。

 

 私は、彼女に会うのだ。

 

 彼女が失踪したあの日、私は彼女にプロポーズをしたかった。

 

 それなのに、彼女は待ち合わせの場所に現れなかった。

 

 彼女が予定をすっぽかすことなど今までなかったため、不安になり、彼女に電話をかけたが、彼女は出なかった。

 

 結局、その日は帰り、翌日も彼女に電話をかけたが、やはり出ない。

 

 不安が募り、そのまた翌日は彼女の両親に電話をかけた。

 

 すると、彼女はあの約束の日以降帰っておらず、彼女の両親は私の家にいると考えていたようだった。

 

 それからすぐに警察に駆け込み、事情を話したが、1週間経っても進展はなく、探偵に依頼した。

 

 そして、ついに彼女から電話がかかって来たのだ。

 

 なんで待ってるなんて言ったのか。

 

 なんで彼女の方が帰って来るって言わなかったのか。

 

 不安は募るが、それでも、彼女がカノジョがそう言うのなら、私はワタシは向かうのだ。

 

 

 

 

 歩いた。

 

 歩いた。

 

 ひたすらに歩いた。

 

 それなのに、カノジョは見つからない。

 

 ミツカラナイ。

 

 どこだ?

 

 どこにいるんだ?

 

 辺りを見まわし、ふと気づいた。

 

 木々が闇よりなお暗い黒になっていることに。

 

 オカシイ。

 

 ここに来る前に、衛星写真でここを見た。

 

 それには、ここまで暗い木々はなかった。

 

 なんだ?

 

 ここは本当にあの森なのか?

 

 いや……でも……カノジョは黒イ森デ待ッテルッテ言ッタンダ。

 

 ナラ、別に良イ事ジャナイカ。

 

 でも、これは果たして本当に木なのだろうか?

 

 黒い木々は、幾つもの幹をより合わさった不気味な見た目をしている。

 

 そして、それがどこか脈打っているような気がするのだ。

 

 あり得ない。

 

 アリ得ナイ事ダ。

 

 そう自分に言い聞かせ、前へと進んだ。

 

 不気味であるはずなのに、帰ろうという気持ちにはならなかった。

 

 そして、歩いて歩いて歩いたその先で、私は意味の分からないものを見た。

 

 何故、木ガ服ヲ着テイル?

 

 何故、木が私がカノジョにプレゼントした服を着ている?

 

 脳が理解を拒む。

 

 そんな訳ないだろう?

 

 悪質な嫌がらせに決まっている。

 

 そう思い、その場から立ち去ろうとした。

 

 なのに、足が動かない。

 

 恐怖で、腰が抜けてしまったのだろう。

 

 そうだろう。

 

 そうに決まっている。

 

 そうでなければオカシイ。

 

『■■■■■■■■■■■■』

 

 山羊の鳴き声のような、けれど、それと全く異なる異常な音が、声が響いた。

 

 口だ。

 

 木に口がある。

 

 嘲るように。

 

 口から声が響く。

 

 ああ。

 

 ああ、ああ。

 

 ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 理解した。

 

 してしまった。

 

 理解してはいけないと魂が叫ぶのに。

 

 これは、あってはならないものだ。

 

 存在してはならない存在だ。

 

 この黒い木々は植物ではない。

 

 悍ましいナニカだ。

 

 私の足が動かなかったのは、腰を抜かしたからではない。

 

 足が、根を張っていた。

 

 黒く、黒い根を。

 

 今、目の前にあるこのカノジョの服を着たこの木は、カノジョ自身なのだ。

 

 そして今、私も木になろうとしている。

 

 逃げる手立てなどあろうはずがない。

 

 これは、人間如きが何をしようと無駄な存在なのだ。

 

 蹄の足跡が聞こえた。

 

 私の後ろに、何かいる。

 

 この口がある木々と違い、動くことすらできるナニカが。

 

 そこにいる。

 

 もう、私は死を受け入れるしかない。

 

 ならば、最後に………

 

 震える手で、鞄からスマホを取り出した。

 

 私の母は、私がまだ幼かった頃に父を事故で亡くし、私を女手1つで育ててくれた。

 

 感謝しても仕切れないほどの恩がある。

 

 だから、最後に感謝を。

 

 そして、こんな歳で死んでしまう謝罪を。

 

 そのために電話をかけた。

 

 こんな場所だ。

 

 電波が通じるかも分からない。

 

 それでも……そう思い、電話をかけた。

 

 そして、電話は通じた。

 

『どうしたの?彼女さんの居場所、分かった?』

 

 母の声が聞こえる。

 

 私は、口を開き、言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『黒い森で待ってる』

 

 

 

 


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