美少女戦士セーラームーン 異伝 星たちの輪舞   作:soul

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第十九話 継承

 

 

「……何しに来たんです、天哭星『ハーピー』の『バレンタイン』さん?」

 

 セーラームーン達と激闘を繰り広げていた美春は、新たに現れた冥闘士(スペクター)――二対の大きな翼を持ち、攻撃的なフォルムを持つ冥衣(サープリス)を纏った男性に向けて冷たく問い掛ける……いくら多数のセーラー戦士との戦いに集中していたとはいえ、本来ならこの世界には“存在しないはず”の聖闘士(セイント)の存在に気付くのが遅れて、手痛い一撃を受けた借りを返そうとした矢先に乱入してきた『ハーピー』の冥闘士(スペクター)…… 一体何をしに来たというのか。

 

 冷たい表情のまま『ハーピー』の冥闘士(スペクター)に向き合う美春……彼女を取り囲んでいたセーラー戦士達は、突然の展開に困惑の表情を浮かべる。普通に考えれば、新たに現れた冥闘士(スペクター)は援軍と考えるのが普通であるが、美春と新しい冥闘士(スペクター)の様子を見るに、どうも良好な関係とは考えにくい。

 

 そして気掛かりなのが、突然のセーラームーンの不調だ……新たに現れた冥闘士(スペクター)。美春によれば、バレンタインという男もまたハーピーというギリシア神話に登場する女面鳥身の伝説の生物をモチーフにした冥衣(サープリス)を纏う冥闘士(スペクター)だと言う……冥闘士(スペクター)などという未知の存在との接触は、『パピヨン』の冥闘士(スペクター)である美春が初めてだと考えていたが……セーラームーンは以前に美春以外の冥闘士(スペクター)と出会っていたのか?

 

「……セーラームーン、あの人のことを知っているの?」

 

 セーラームーンの変化に気付いた ちびムーンが心配そうに問い掛ける……ちびムーンだけではなく、他のセーラー戦士も心配そうにしている中、幾分落ち着きを取り戻したセーラームーンが、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

 まだ、セーラームーンが戦士として覚醒して日が浅い頃、家族と共に行った温泉旅行の旅先で巨大なエナジーを感知して、正体を確かめる為に、相棒の黒猫ルナと共に少し離れた所にある山へと足を踏み入れ――地滑りを起こした事で剝き出しになった大きな石の層と、それを見上げる金髪の男性と遭遇した。

 

「……その人は突然襲い掛かって来た……人を大きく超えたその戦闘力は、今にして思えばあの人も冥闘士(スペクター)だったんだね……その人と戦ったんだけど、こちらの攻撃はまったく通用せず……逆に……」

「――もういい、セーラームーン! 無理をしなくて良いんだ」

 

 表情を曇らせながら、ぽつりぽつりと話すセーラームーンを抱きしめて気遣うタキシード仮面と、心配そうにしている他のセーラー戦士達……つまり、彼女達がセーラームーンと出会う前に、セーラームーンは冥闘士(スペクター)と遭遇していた……全員で攻撃しても有効打を与えられなかった美春と同等か――それ以上の実力を持つあの冥闘士(スペクター)と。

 

 セーラームーンの説明を聞いていたのは彼女仲間達だけではなく、美春や新たに現れた冥闘士(スペクター)『ハーピー』の『バレンタイン』にも聞こえ、美春はつまらなそうな表情を浮かべ、バレンタインは皮肉気に口角を上げた。

 

「……あのまま くたばったかと思っていたが、しぶといな――ならば、今度こそ冥界の門を潜らせてやろう」

 

 冥闘士(スペクター)――ギリシア神話に登場する女面鳥身の伝説の怪物をモチーフにする『ハーピー』の冥衣(サープリス)を纏う長身の男『バレンタイン』の小宇宙(コスモ)が爆発的に高まり、冥府への道であるこの黄泉平良坂全体が震える。

 

「――こ、これは!? みんな気を付けて!」

 

 『バレンタイン』が小宇宙(コスモ)を高める影響で揺れる大地の上でセーラーヴィーナスが警告を発する中、『バレンタイン』は両腕を高く上げる。

 

「――くらえ、これが全力の『グリード・ザ・ライヴ』だ!」

 

 『バレンタイン』が高く掲げた両腕の先――両手を交差させることで、極限までに高められた小宇宙(コスモ)が解放口を得て、爆発的なエネルギー破となってセーラームーン達へと襲い掛かり、異常なまでの小宇宙(コスモ)の高まりを感知していた市が、セーラームーン達の前に立ちはだかった。

 

「――させるかよ!」

 

 うみへび座『ヒドラ』の聖衣(クロス)の防御力を信じて、その身で『ハーピー』の冥闘士(スペクター)の技を受けた市――数々の戦いを経ることで初期の頃より格段に強度を増して、白銀聖衣(シルバークロス)の域まで到達した『ヒドラ』の聖衣(クロス)は確かにグリード・ザ・ライヴに破壊力を受け止めはしたが、次の瞬間には『ヒドラ』の聖衣(クロス)に無数の亀裂が走り、市は後ろに庇うセーラー戦士共々天高く吹き飛ばされた。

 

 ……後に残るは、攻撃の態勢を解いた冥闘士(スペクター)『ハーピー』のバレンタインと、両腕をクロスさせてバレンタインの攻撃を凌いだ冥闘士(スペクター)『パピヨン』の美春の二人だった。

 

「……何のつもりです、バレンタインさん」

 

 クロスさせた両腕を解いて、バレンタインを睨み据える美春……今の攻撃はセーラー戦士だけではなく、確実に美春も攻撃の対象に入っていた……厳しい口調で問い掛ける美春を、鼻で笑ったバレンタインは嘲るような笑みを浮かべる。

 

「……紛いモノの分際でよく耐えたものだな……ちょうど目ざわりだと思っていた所だ――この場で葬ってやろう」

 

 


 

 

 突然現れた『ハーピー』の冥闘士(スペクター) バレンタインの攻撃を受けて、市は意識を失っていたようだ……身体を起こそうとして激痛のあまり大地に寝転がる……身体は市の意思に反して ぴくりとも動かない。

 

 両目を動かして周囲の様子を探るが、まわりにはセーラー戦士達や地場先輩の姿はなかった……あいつらは無事だろうか? ……しかし何だろうか、やたら頭が回らず、気を抜くと眠気が襲ってくる。

 

 このまま眠気に抗わずに眠ったら気持ちが良いだろうが、流石にこの状況下でのんきに寝るなど責任感が無さすぎる……そう思って身体を動かそうとするも まったく動かない……『ハービー』の冥闘士(スペクター)の攻撃により、思っている以上のダメージを喰らったようだ。

 

 視線を動かして周囲の様子を伺おうとするが、視線を動かす事も億劫になって来た……そんな市だったが、視線の端にひび割れて見る影のない「ヒドラ」の聖衣(クロス)が映る……手酷くやられたようだ……そんなことを考えていた時、目に映った光景に“違和感”を感じる……なんだ、何が引っ掛かっている? 回らない頭で違和感に付いて考えている市の耳に最近聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「……市くん?」

 

 それは この黄泉平良坂に迷い込んで、ただ一人行方が分からなかった元麻布高校の先輩 天川 美夏だった。敵として立ち塞がった地妖星『パピヨン』の冥闘士(スペクター) 天川 美春嬢の姉であり、冥闘士(スペクター)と化してしまった妹 美春を救うために、危険を承知で この冥界への入り口である黄泉平良坂への旅に同行したのだ。

 

 何とか美夏の方に視線を向ける……見れば彼女の服装の所々には汚れが付いており、この冥界への入り口をさ迷っていたのが分かる……こちらを見つけたのがよほど嬉しかったのか、こちらに駆け寄ってきた深夏だったが、近づくにつれ市の残状に気付いた深夏の足が止まって口に手をやって息を呑む――それほどまでに市の姿は酷かった……手足はかろうじて繋がってはいるが、彼の身体を守る聖衣(クロス)と呼ばれる鎧に無数の亀裂が入り、おびただしい血が流れて大地を赤く染めていた。

 

「……市くん…」

 

 大地に力なく倒れ伏すその姿は、素人である美夏の眼で見ても致命傷である事は明白であった……かける言葉が見つからない美夏は、ただ市の名を呼ぶことしか出来なかった。

 

 大量の血液を失って霞む眼で深夏を見ていた市だったが、ふいに気付いてしまった……彼女はこの冥界への入り口の傍にいるというのに何故 何の影響も受けていないんだ? この黄泉平良坂は冥界の法則に支配されて、死者の群れが延々と歩く死の匂いに満たされた場所であり、生者といえど死の匂いに満たされたこの場所にいれば体調を崩してもおかしくない筈だ。

 

「……あ…まか…わせん……」

「――市くん?」

 

 口を開こうにもその余力すら残ってはいない市の声にならない声に、眉を寄せて訝しげにする美夏……彼は一体なにを言いたいのだろうか、と。

 

 ――だが、市の心情はそれどころではなかった――美夏に向けていた視線の端に、『ヒドラ』の聖衣(クロス)に入った無数の亀裂から己の血が流れだしながらも、その大半が再び『ヒドラ』の聖衣(クロス)に吸い込まれている光景に息を呑んだ……その光景を見た瞬間、彼の脳裏に衝撃が走り……生まれてから謎の存在に知識を流し込まれ、10歳の誕生日に何時の間にか握り締めていた水晶のペンダント……なぜ自分の身にそんな事が起きたのか、得心が要った。

 

 ……なにが、地上の覇権を巡る神々の戦いの先兵として参加する権利を得た、だ。

 なにが、地上の愛と正義を守る聖闘士(セイント)になった、だ。

 

 ……倒した相手の返り血を浴びた聖衣(クロス)は命の脈動に満ちて強く輝いていた……そして、それは装着者である自分の血も例外ではなく、『ヒドラ』の聖衣(クロス)に力を与えていた……つまり、俺は“主人公”ではなく、『ヒドラ」の聖衣(クロス)を成長される“生け贄”でしかなかったという事か。

 

「……市…くん――まさか!?」

 

 反応を見せない市に早合点した深夏が駆け寄って傷だらけの身体を抱き起こして必死に呼びかけてくる……天川先輩、そんなに揺さぶられると痛いでやんす。

 

 実際には痛覚すら鈍くなり、痛みを感じる事が出来なくなっていたが、市は最後の力を絞り出して深夏に語りだした。

 

「……あ…まかわ……せんぱい…」

「――市くん、喋っちゃだめだよ!」

「……いいん…だ……それよりも……美春ちゃんのこと……だが、今……新たに出てきた……冥闘士(スペクター)と戦っている筈だ……」

「……新たな冥闘士(スペクター)って……美春も冥闘士(スペクター)なのでしょう、なんで仲間同士が戦うの?」

 

 さぁな、あの新たに出てきた『バレンタイン』という冥闘士(スペクター)の攻撃は、味方である筈の美春にも向けられていた……視覚や聴覚といった五感は徐々に失われつつあるが、逆に第六感というか、小宇宙(コスモ)を知覚する能力は研ぎ澄まされていくようだ……今も、あの『バレンタイン』という冥闘士(スペクター)と美春の小宇宙(コスモ)が激しく激突しているようだ……なぜ、そんな事になっているのか分からないが、急いだ方が良いようだ。

 

「……だから……先輩…アンタが……戦うんだ……」

「――えっ?」

 

 俺が“生け贄”だとしたら、この冥界の入り口近くにいるのに何の影響も受けていない天川 美夏こそが、この世界の主人公なのかもしれない――市は最後の力を振り絞る。

 

 ――さあ、いけ! 『ヒドラ』の聖衣(クロス)!!

 

 ありったけの小宇宙(コスモ)を注ぎ込んだ『ヒドラ』の聖衣(クロス)は複数のパーツに分離すると、驚きで動きを硬直させている天川 美夏の身体に装着されていく。

 

「――こ、これは!? 市くん! ……市くん?」

 

 突然自分の身体に装着された躍動感溢れる『ヒドラ』の聖衣(クロス)を纏って、驚きを隠せない美夏はこの事態の原因であろう市に説明を求めるが、市からの返答はなく……呼吸すらしていなかった。

 

「……市くん………」

 

 彼と出会ったのは、狂った人達が起こした、狂った事件の中であった……屈強な男達に警護された屋敷にたった一人で乗り込んだらしい彼は、不思議な鎧を纏って屈強な男達を瞬く間に制圧して“食材”として囚われていた自分達を開放してくれた。

 

 そんな彼が、学校の後輩として再び姿を現した時には心底驚いたものだ……妙に馬が合って、たまにつるむ様になった彼は普通の学生と何ら変わりはなく、事件の時に見せた超人的な力を見せた彼と同一人物とは思えないほどであった……とはいえ、内面はノリの良い面白い人なのだが、目つきが悪く強面の顔をしている事もあって、中々クラスに馴染めなかったようだが、最近では自分や地場 衛が懇意にした事で、少しずつクラスメイトを話すようになってきたと、極悪な表情を崩して照れくさそうに笑っていた。

 

「……なのに、こんな何もない所で死んじゃうなんて……君はそれで良かったの?」

 

 見るものによっては穏やかな……まるでやり切って満足したかのような、穏やかな表情のまま命を燃やし尽くした土浦 市の死に顔を見た深夏は一筋の涙を零した……。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 戦いの渦中で市は倒れ――『ヒドラ」の聖衣(クロス)は天川美夏に受け継がれました。
 
 ――さあ、天秤はどちらに傾くでしょうか?


 今回はこれでストックがすっからかんです。
 これからもぼちぼち書いていきますので、出来れば気長にお待ちくださいませ。

 では、また。
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