連続投稿となります。
ヒースクリフが、家.....ワザリング・ハイツに来てから二年ほどが経った時、既に俺の生活は大きく変わり果てた。崩れ去ったといってもいい。あの異物がこの屋敷に来てから、父さんの俺への関心の殆どは奪われ、あれほどヒースクリフを疎んでいた妹は、いつの間にやらあいつと仲良く過ごし、今では一日中べったりとくっついて遊んでいる。
兄として、息子として。
自分の持っていた二つの居場所を奪われたような気持ちになって、まるでこの世で一番惨めな存在であるような、そんな錯覚すら覚えた。最近は、バトラーたちにすら俺とヒースクリフを見比べて笑われているような気すらして、食事や手洗い以外で部屋の外へ出ることが億劫になっていた。
いや、もちろん、全ての
父さんの知り合いである、エドガー家のリントンがうちに訪れてヒースクリフを馬鹿にしたときに軽々しく追従せず、遠巻きに二人が言い争っているのを眺めているだけだったのも、同じ理由だ。
突然現れて、俺が欲しい物を全て手に入れたあいつ。
欲しいものが何一つ入らない俺。
ただでさえ惨めだというのに、その上であいつをやっかんで
見ない。触れない。話さない。関わらない。
はじめはヒースクリフに何かと突っかかっていた俺も、半年が過ぎる頃には、ほとんど全くといっていいほどあいつと関わらないようになった。少なくとも、そう振る舞うようにしていた。窓から吹き込んだ空気のように、見えないもの、いないものとして。あいつを馬鹿にすればするほど自分が惨めさが際立つということあるが、何より俺が怖かったのは.....父さんだ。ヒースクリフが父さんの従順な子供として暮らしているほど、父さんはあいつに愛情を向けて、反対に俺への情は薄れていった。その、ただでさえ薄い関心が完全に潰えてしまうことが、何より怖かった。
少なくとも、あいつと揉めるようなことさえ起こさなけりゃ、俺が睨まれたり叱咤されるようなことはなかったから。だから俺は、ヒースクリフと関わらない道を選んだ。ヒースクリフも俺から絡みに行かない限りは、あいつから俺を馬鹿にするようなことも蔑むようなこともしなかったから、気持ちもそっちの方がずっと楽だった。
要するに、逃げたんだ。
父さんからの愛を失うことから、俺は逃げ、ヒースクリフと向き合うことからも逃げた。もし............もし、何かが違って、俺もキャサリンのように、ヒースクリフと仲良く遊んでいれば、父さんも再び俺のことを見てくれるようになったかもしれない。あるいは、それができなくったって、表面上は普通の関係でさえいれば、こんなことにはならなかっただろう。
勝手に妬んで、勝手に恐れて、勝手に逃げる。
つくづく自分が嫌になって...........この屋敷には、どこにも自分の居場所がないことを感じていた。それが、たまらなく辛かった。ヒースクリフを避け、同時に、あいつと一緒に過ごしていたキャサリンのことも避けるようになった。口数も減り、使用人連中とは顔すら合わさないように、暗く、陰鬱になっていった。
けれど。
俺が一番辛かったのは、そんなことじゃない
そして、俺が、何よりも........どんなことよりも。
辛かったのは──────
「ヒンドリー。申し訳ない話だが、私はお前が息子とは思えない。むしろヒースクリフの方が実の息子に思えるな」
無遠慮に父さんに投げかけられた、その言葉だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
泣き叫び────物を掴んで振り回す。
なんでだ?どうしてだ?ここまでされることを俺がしてしまったのか?ヒースクリフを妬んだからか?親しくしなかったからか?もっと父さんに従順に振る舞うべきだったのか?どうして、俺が。俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が........................。
「クソ────ッ、クソが!!!クソがあっ!!!あいつが来てからだ!!!!ヒースクリフがっ!!!俺の、俺から何もかも!!!!ふざけんなっ、ふざけんなよ!!!!うああああああああ!!!!」
どうしようもない慟哭が、部屋の中に響く。
全てを奪われ────泣き叫ぶその姿は、哀れで、惨めで、滑稽で。けれども側に寄り添ってくれる人は誰一人いなかった。
何もかも失った。
もう、終わりだ。
いや、とっくの前から、終わっていたのかもしれない。
ただ目を背け続けただけで、ヒースクリフが来てから、父さんが俺を見る目はどんどん冷めていったことには気づいていた。もう、俺への愛情なんてないのだろう。いや、あるのかもしれないが、どう考えたって、ヒースクリフへ向けるそれに比べればごくごく僅かなものであることは明らかだった。
父さんにとっては、軽い言葉なのかもしれない。
少なくとも、真剣に思い詰めて出した答えのようには到底見えなかった。けれどそれでも、俺が現実を直視するには、十分すぎる言葉だった。
俺の声を聞きつけたのか、ドタドタと足音が近づいてくる。そしてガタン、と強くドアが開かれ、部屋の中に入ってきた。
「え........お兄ちゃん!?な、何してるの!?」
────キャサリン。
妹、だった。
首を掻きむしり、ううううう、と低く唸る俺と、荒れ果てた部屋の様子を見て、慌てたように駆け寄ってくる。
「な、何っ?どうしたの?お兄ちゃん、大丈夫!?く、首........血!血が出てるよ!?だめ、掻きむしっちゃダメ!!!」
キャサリンは、そう言うと無理矢理力づくで、首から出た血に染まった手を剥がした。手は、気付かぬ内にかなり強く掻いてしまっていた様子で、血管まで達しているのか、どくどくと血が溢れてくる。
それを見たキャサリンが「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、急いで人を呼ぶために廊下に身を乗り出す。荒事や、大きな怪我を見たことがない妹にとっては相当ショッキングな出来事だったのか、急いでバタバタと離れていった。
「どう、して。どうして............俺が、俺がぁ...........」
目からは、とめどなく涙が溢れてくる。
顔を血まみれの手で多い、涙と血が混じり合って顔がぐちゃぐちゃになっている。身を貫くような絶望感と、悲しみに呑まれ、頭を、首を、ガリガリとむしることしかできなかった。
そうしてしばらくしていると、再び複数の足音が聞こえてくる。
今度は一つだけじゃなくて、複数の足音だ。
開きっぱなしだったドアの向こうからは、バトラー数名と、妹がなだれ込んできた。
「なっ────こ、これは.....!」
「酷い怪我です!すぐに手当を!」
「お兄ちゃん.............」
「................う」
遅れて、痛みが襲ってきた。
アドレナリンが切れたのか、はたまた気持ちの糸が切れたのかは分からないが、体の節々、特に首周りが異様に痛む。泣き叫んだこともあって、掠れた声しか出せない。
バトラーの一人が俺を背負って急いで部屋を飛び出そうとする際、妹を、キャサリンを横目で、薄れゆく意識の中捉える。
口元を手で押さえ、見開いていた。
厭なものを.......否。ショックを受け、動揺したような目だった。
────丁度、ワザリング・ハイツに来たヒースクリフに向けていたものと同じ、あの目だった。
次のヴァルプルギスに向けて狂気を溜めている最中......鏡もぐるぐる回ってます。あと、ヒンドリーが父(アーンショウ)に向けられた言葉の原文は盛大に!マークがついたり笑い声までついていたりとテンション高めですが、今回は整合性を重視してもっとテンション抑えめに改変しています。