1級フィクサー ヒンドリー   作:LAN_0704

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ヒンドリーとヒスキャサの年齢差を少し変更しました。

6歳差→4歳差となります


M社の特異点

 

ヒンドリーが泣き叫び、首をむしり、半狂乱となったことは、すぐにワザリング・ハイツ中に伝わった。目撃したキャサリンやバトラーたちはもちろん、ヒンドリーが憎んで仕方のないヒースクリフや、わずかな関心しか残していなかった筈の父、アーンショウすらも驚かせた。

 

むしろ、この二人の方が他の人間よりも強く動揺を見せていた。

 

ヒースクリフにとって、ヒンドリーは接しにくい、気まずい距離感の人間だった。無論、アーンショウに連れられ、ワザリング・ハイツに来た頃は数々の嫌がらせや暴言を受けた為、ヒンドリーがヒースクリフを嫌うように、彼もまたヒンドリーを嫌っていたが、ある日を境にそういった嫌がらせはぱったりと消えた。

 

確かに、嫌いな奴ではあった。が、人間の憎しみは何の燃料もなく続かないものであり、ワザリング・ハイツに来てから半年ほど経った頃には、そういった嫌悪の情はすっかり薄れ、二年目の現在では、もう過去の事として忘れかけていた。特に、近頃はすっかり気力をなくし、部屋に半ば引きこもりがちだったこともあって、怒りや憎しみよりも、哀れみの情の方が優っていた。キャサリンが、たびたび彼の話をして物憂げな表情を浮かべていたことも、理由の一つだ。

 

アーンショウは────言うまでもなく、息子がこんな状態になったことは強く心を揺らした。いくら、ヒースクリフに偏愛を向けていたとはいえ、亡くなった妻との間に儲けた一人息子が、首をむしり、首から鮮血を吹き出すほど思い詰めていたことは、想像すらしていなかった。

 

あれ以降、ヒンドリーはうわごとのようにぶつぶつと何かを話している。言葉は......意味をなしていないめちゃくちゃな羅列で、呼び寄せた医者からは精神疾患の類だと診断され、それが余計、心に影を落とした。

 

アーンショウの体は現在、病に侵されている。

既に体中に巡っており、K社の医療技術やH社の(ワン)など、さまざまな技術に手を出し、何とか治癒の目処を立てようとしたものの、そのどれもが匙を投げ、途方に暮れている状態だった。

 

いや、正確にはH社の丸ならば、治癒の見込みは少ないながらもあった。

 

だが数ヶ月前にH社......否。旧H社が『禁忌』に抵触し、派遣された足爪と調律者によって折られたため、その道も、もはや潰えた。これまでもそうであったように、たとえH社が折れようともまた新たなH社が鴻園から生まれるのであろうが、再建までには時間を要する。余命幾許かのアーンショウにとっては、もはやその程度の時間すら待つ事が叶わないのだ。

 

実のところ、アーンショウのヒンドリーに対する態度もその心労から来るストレスに由来するものなのだが、息子にそんなことが伝わる筈もなく、また、アーンショウ自身もヒンドリーへの態度を誤ったことを、今更ながらに自覚した。

 

このままいけば、自分は一年もしない内に死ぬだろう。

膨大な遺産や、バトラーたちがついている為、子供たちの将来に関しては心配していない。たとえ自分がいなくなっても、生活していくことは十分可能なはずだ。

 

...............だが。

 

「ヒンドリー..............」

息子が、あんな状態になってしまったことは、一つの不安の種だった。もちろん非は自分にある。しかし時を戻すことはできない。残された家族のことを考えれば、自分が死ぬまでに.........せめて元気だった頃まで回復して欲しい。

 

一週間、二週間、三週間、そして一月。

あの手この手で都市の北から南、西から東までくまなくヒンドリーを回復させる手段を探したが────しかし精神疾患は急激に治るようなものでもなく、見つけたものも、都市の星や都市悪夢ばかりで、一介の富豪にすぎないアーンショウが手に入れられるものでは、到底なかった。

 

────たった一つだけ。

一応、方法はある。間違いなくヒンドリーを治せる方法は確かに存在するが、()()()()()()()()()にヒンドリーを送り込むことを、アーンショウは躊躇った。

 

しかし刻一刻と時間は過ぎ、自分の体はどんどん死に近づいてゆく。最近はほとんど毎日吐血していることから、"残り一年"という時間すら耐えられるか怪しい。

 

アーンショウは悩みに悩んだ。

悩んで、悩んで、悩んで、これでもかと悩んだ。

 

そして......................。

 

 


 

 

「アビストラウマ矯正室...........?」

 

キャサリンは、父からそう伝えられた。

『ヒンドリーをアビストラウマ矯正室に送る』と。

 

アビストラウマ矯正局とは、M社の特異点『月光石』を応用した医療サービスで、そのこと自体はもちろん、一般教養としてキャサリンも知っている。隣でキャサリンと共にアーンショウの言葉を聞いていたヒースクリフは、疑問符を浮かべていた。

 

「............って何なんだ?アーンショウさん。ヒンドリーの野郎をそこに送るって.............」

 

「簡単に言えば、M社が提供する医療サービスだ。薬物中毒やアルコール中毒、精神疾患、そして名前の通りトラウマを治癒......もとい、矯正することができる。ヒンドリーは.........」

 

アーンショウはそこで、言いづらそうに口を噤んだ。

子供たちにどう伝えるべきか、葛藤している。

 

「.........このままワザリング・ハイツにいても、おそらく元気になれないんだ。医者の先生が、そう仰っていてね。だから......しばらく、ヒンドリーはM社のある13区に移ってもらって、治療に専念する」

 

「.....................」

 

キャサリンは────彼女は別に、特段T社以外の巣の事情や、各翼の特異点について詳しいわけではないが、それでもその名前は度々耳にする。その全てが........回復率100%の謳い文句と、それに付随する黒い噂だった。

 

大切な肉親の一人である兄をそこへ送るという父の決断に、何も思わないわけではないが、同時にそれ以外の手段がないことも、この一ヶ月で理解してしまっていた。

 

今のヒンドリーは、彼女の知っている兄の姿ではない。

訳の分からない不気味なうめき声を出したかと思えば「父さん」「母さん」といったふうに、両親の名前を呼んで虚空へと手を伸ばし続ける。顔はやつれ、もうベッドの上から出て歩く姿はしばらく見ていない。そして.......兄が呼ぶ声の中に、自分の名前が入っていないことが何よりキャサリンを傷つけていた。

 

不安と、諦観が入り混じったようなキャサリンの表情を横目で捉えたヒースクリフも、その施設については知らないが、何やら黒いものを雰囲気から感じ取っていた。

 

「.........あの野郎なら、そんなとこ行かなくても、一人で勝手に元気になると思いますけどね。別に無理して急がなくても...............」

 

「................そうだな。確かに、あの子の強さは信じてやりたいが.......親としては、早く元気になって欲しいというのが本音なんだよ。ヒースクリフ」

 

アーンショウの表情も、キャサリンと似たようなものだった。いや、彼の場合はキャサリンのそれに疲労と隈を加えてさらに酷くなっている。ヒースクリフも、彼の言葉に無言の力強さを感じとり、それ以上は何も言わなかった。

 

3人の間に、嫌な雰囲気が流れる。

ヒースクリフは、裏路地生まれの為か、他人に向けられる悪意や敵意に対しては人一倍強かったが、こういった気まずい空気の中どうすればいいのかを知らない。いつもはキャサリンか、もしくはネリーが空気を読んで別の話題を回してくれるのだが、キャサリンは表情に影を落とし、ネリーはそもそもいない。居心地の悪さを感じつつ、どうすればいいのか彼なりに頭をかりかりと掻いて考えてみた。

 

 

(...................................................。)

 

そして出た結論は──────

 

 

「あの.............アーンショウさん」

 

「ん.........?何だね、ヒースクリフ」

 

「その、あび?えび?何ちゃら矯正室っつーのは、アレですかね。面会とか、できるんですかね?暫く会えないっつうのもどうかと思うしよ。たまになら.....まあ、会ってやってもいーんじゃねえかなって」

 

「..............!」

 

「面会か.........なるほどな。たしかに、親族や親しい人間なら、面会自体は出来た筈だ。ある程度会話できるほどに安定した段階に限るが.....」

 

キャサリンとアーンショウは驚いて顔を見合わせた。

アーンショウは、自分に残された時間の少なさから面会という手段が頭から消えていたし、キャサリンもアビストラウマ矯正局に対する先入観から、そんなことは出来ないと思い込んでしまっていた。

 

「そう........そうね、ヒース。その通りだわ。また、会いに行きましょう。ヒンドリーお兄ちゃんも、ずっと矯正局暮らしだと退屈しちゃうだろうから」

 

キャサリンは、ふっと表情を明るくし、闇の中で少しの希望を見つけたかのようにヒースクリフの手をとってぶんぶんと振り回した。ヒースクリフは顔を赤らめつつも、キャサリン──想い人に喜んでもらえたことから、良い感情を抱いていないヒンドリーに会いに行くのも、そんなに悪くない気がしていた。

 

アーンショウは、そんな二人の様子を見つめる。

そして、お互いに励まし合うその様子を見て、一つ、感動すら覚えていた。

 

(.................もし、私が死んだら)

 

そんな不安は常に残っていた。

金銭面は問題ないと思っていたが、自分がいなくなったあと、三人がうまくやっていけるのかは、心配していた。

 

「..............杞憂か」

 

この様子なら、きっと大丈夫だ。少なくとも、この二人は。

矯正室の黒い噂は当然耳にしているが、「一度入れば必ず治る」という噂もまた、事実である。その点に関しては、アーンショウは少しも心配していなかった。「では、すぐに手配を済ませるよ」と良い、微笑ましいものを見た、と微笑を浮かべながら二人に背を向け自室へと戻っていく。

 

 

道中、彼とすれ違った何人かのバトラーたちは、みな口を揃えて「あんなに嬉しそうな旦那様は久々に見た」と少しの間噂となり、M社から派遣された数名の職員たちがヒンドリーを引き取りに来たのは、その数日後のことである。





本日三話目の投稿となります。また、時系列設定に関して少々の変更があります。
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