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硬いベッドの上で寝かされている。
白鳥のように白い天井がまず目に入り、次に体を起こして辺りを見渡すと、同じ様な配色の空間が四方に広がっているのに気がついた。中には、妙ちくりんな機材やら、小難しそうな張り紙が壁に何枚か貼ってあるぐらいで全くもって味気ない。きっとこの部屋を作った奴には美的なセンスという奴が著しく欠乏しているんだろう。そのままベッドから降り──られない。
俺の腕に巻かれている、青白く光る腕輪が、ベッドの頭の部分と共鳴して一定の距離以上離れられなくなっていた。磁石が磁石と引き合う現象を何倍も強くした様な感じで、どれだけ力を込めてもビクともしやしない。
これは.......本か何かで見たことがある。
たしか、各区の司法で裁かれた囚人が、牢から逃げ出さないようにするための装置、だった筈だ。たしか、昔折れた翼の特異点か何かで........。
「.................?あれ......?」
と。
そこまで思考を深めたところで、一つの疑問が浮かび上がった。どうして俺は普通に考えてるんだ?考えられているんだ?普段なら気持ちがぐちゃついて何も考えられなくなるってのに、今日に限ってはやけに気分が良い。晴天の下に立ったように、晴れやかで、爽快な気分だ。
何だ..........?これは.......。
いや、そもそもここは............。
ピッ。
「!」
ピッ。
「今、どこかで────!」
ピッ、ピッ、ピッ。
どこからともかく聞こえてきた機械音は、時間と共にその数を増やしていった。見知らぬ部屋に入れられた不安と不信、鳴り止まない耳障りな音にだんだんと怒りが腹の中を満たしていく。
「な、何だってんだ?こりゃあ............何だ?誰か見てんのかよ、おい。さっきから、ピコピコ何のつもりで鳴らしてんだ、おい!!!」
そういって、腕輪の引力にひっぱられた手をガンっ、とベッドに叩きつける。後から遅れて、手にジンジンとした痛みが襲ってくるけれど、この環境下ではそう気にならなかった。当然効果はなさそうだけれど、全く意味がないかと問われれば、そうでもないようで。俺がベッドを叩いた数秒後、刻み刻みでなっていた音が、急にリズムを上げ始め、常に鳴るようになった。まるで.......壊れたみたいに。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ...............................................
堰を切ったように鳴り止まない連続音に耳を抑える。
寝起きのせいか頭がどうも妙な気分がするため、耳障りな音を遮断しようと手を当てて────
──そして、突如視界が白く弾け飛んだ。
瞬きを繰り返すうちに、世界が一度まるごと反転したような錯覚に陥る。強烈な閃光が走り抜けた直後、今度は重い金属音。ベッドの下で何かが動くような低い唸りが、空気を震わせた。
「う............!?」
咄嗟に腕を引こうとする。だが青白い光を放つ腕輪が、まるで意志を持つかのように締めつけを強めた。
皮膚の下に、金属が喰い込むような痛み。熱い。まるで焼けるみたいに。
ピピピピピ───ッ。
連続音が最高潮に達した瞬間、腕輪の中心部から透明な液体が吹き出した。冷たいのに、痛い。それが血管の中に逆流していく感覚と同時に、思考が一瞬で明滅した。そして、尋常ではない痛みが脳を襲う。
「ッ..........あっ........!?」
頭の奥がひどく静かになった。
鼓動も、息も、遠い。
代わりに、脳のどこかをくすぐるような声が響いた。
──再起動を確認。対象E-17、意識層安定。
──神経伝達率:正常。感情揺らぎ:抑制。
「.........な、何だ、今の........?」
反射的に周囲を見回すが、部屋には誰もいない。
スピーカーを通した声のように聞こえた。少なくとも、肉声でないことは確かだろう。
そう考え、腕のヒリヒリとした痛みもだんだんと治ってきた頃に再び声が天井から聞こえ出した。今度は先程のような不協和音も鳴ることなく、静寂のためよく通って聞こえる。それ故に、声についてもより明細に理解することができた。声の出所は、右斜め上にある小型の機類らしきもの──おそらく、先程予想したようにスピーカーから──であり、抑揚のない平坦な声だった。
女の、声だ。
湿った声だった。
やけにくぐもって、鼓膜にこべりつくように残る深く低調な声。先程述べたように抑揚がなく、それ故に少しの機微も感じられない。何かの技術によってか知らないが、しかし何らかの加工がなされているようで、その声を聞いた後は妙な倦怠感に襲われた。
俺は女の声がしてからしばらくすると、幅3メートルはあろうかという巨大な扉が開き、中から白い防護服、そしてガスマスクをつけた人物が数名現れた。ちょうど........話に伝え聞く、裏路地の『掃除屋』のような。
「ゴミ扱いかよ」と不満を漏らすのを尻目に、一層ごてごてとした装備に身を包んだリーダー格らしき男がずいっと足を踏み出し近づいてくる。
そして、概ね、さっきの女の声が伝えた内容をそのまま繰り返して俺に話しかけてきた。
二人の話した内容をまとめると──────
・ちょうど一月ほど前に俺は精神を壊した
・見かねた父さんは俺を13区のアビストラウマ矯正室に送り込んだ
・これから暫くの間はここで生活することになる。
・外出は基本不可。
・職員の指示には従うように
他にも細かい補遺なんかはいくつかあったけども、だいたいこんなもんだった。
そして、最初の違和感──なぜ俺の心が好調なのかって疑問にも、一応の答えは出された。この味気ない、センスがないと思っていた部屋にはM社の特異点『月光石』から放たれる波長を利用し、強制的に精神を健全な状態へと回帰させる機能がある──らしい。
ひとまずの疑問が解消されたのは良いとして、特異点(これはM社に限らず全ての翼に言えることだが)に頼った生活をするというのは、いささかの不安があった。
まあ......話を聞くに、相当な金を積んでここに入れられたみてえだし、身の危険なんかは特に感じてない。
翼はあくまでも企業。金を持ってる人間に対してはちゃんと正当なサービスを提供することは、都市の一般認識の一つだから。
だが、そんなことは大事の前の小事に過ぎない。
やっぱり俺にとって一番重要なことは、あの家のことだ。今こうして、ベッドの上に寝転がっている最中も、手で顔を覆うようにして考えをぐるぐる巡らせている。
「.........................................」
父さんのことを思い起こす。
実際、俺は治す為というより遠ざける為に運んだんじゃないかって、暗い考えが何度も頭をよぎった。普段ならパニックになって全く考えられないようなことが、この白い部屋の機能なのか、どんどん頭の底から浮かんでくる。
そして................。
「いや............やめとくか」
今までならば。
やっぱり俺はここで泣いて喚くか、自傷するなりしてもがき苦しんでたんだろうな。けどこの四方に広がる白い空間の中では、そんな苦渋に頭を埋められることもなく、平然とした考えができる。それはつまり、無理に父さんへの思いや、その行動に無理に精算する必要がないってこと。
保留、先延ばしにすることも、できるってわけだ。
それに、あくまでも精神を健全に保つってだけで、不快感やストレスはちゃんと感じるみたいだし。無理にそこまで考えを伸ばす必要──意味もない。
「はら............へったな」
さっき、女と職員から受けた説明を反芻する。
『食事の際は右脇の壁にあるボタンを押すように』とのことだった。そのそばについているマイクに
視線を少し傾ける。
今は、18時32分だ。
食事を20時まで待つのは相当辛いだろうなと思った俺は「よし」と言って、さっそく伝えられたようにボタンを押してみることにした。数秒後、さっそく反応があったマイクに、要望をいくつか伝えると、機械的、あるいは義務的なやりとりが何度か交わされた。中には承諾の意が含有されていたから、そう的外れな食事は出されないだろう。
いろいろ考えたいことはあるが────まあ、まず、飯だな。東部にも、『腹が減っては戦ができぬ』という言葉が古くから伝え残っているようだし。
まとまりかけていた思考を一旦欲の中に置いておくことにした俺は、その後少しの時間をこの矯正室での生活に考えを巡らせながら配給を待ち、その後は出された食事に舌鼓を打った。S社製の、最高級の鴨肉をT社製の鍋で暫く煮込んだものらしい。
味に関しては最高の一言だ。
そして。やはり人間、食欲を満たした後は眠気に襲われるというのが常のようで。ちょうど9時を回ったあたりで急に襲ってきた眠気に身を委ね、意識を闇に沈めたところでその日は終わりを告げた。