1級フィクサー ヒンドリー   作:LAN_0704

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あと数話は駆け足気味で話が進みます。話の流れが落ち着くのは家を出るあたりです。


"濾過"

 

「今回は、おおよそ八ヶ月ですね」

 

()は、次元隔離監視機により観測された精神復旧室をモニター越しに見ながら、部下──三級矯正官にあたる、若手の男の声を耳に入れた。彼、ヒンドリーという名前の少年が()()()()()()()()()()()()()のを確認した後、精神復旧室の設定を弄り体感時間を五倍に設定。手元にある携帯端末から『速やかに精神抽出を開始せよ』と担当班全体に通達し、部下の男の方へ振り向く。

 

「...........なんだ、長いな、今回は。ついこの間に運び込まれた負傷兵は、三日で精神を回復させただろうに。なんでそんなに無駄な時間を........」

 

「ハハハ。嫌ですね、局長。戦争で心を壊した兵士と、巣に居を構える資産家の御坊ちゃまじゃあ、扱いが同じな訳ないじゃないですか。今回は戦争の被害者じゃあなくて、20区の、精神疾患をかかえた子供相手です。親御さんも最高級コースを選択されたみたいですし──治療後も全く後遺症がないように、との指示です。いつもの調子で精神を濾過しちゃあダメですよ?」

 

「ああ.............そうだったか、すまんな。近頃無理が祟っているのかもしれん。こんな初歩的なミスを..........はぁ.........」

 

私は深く深く、ゆっくりと荷を下すように溜息をついた。最近の矯正室は激務続きだ。理由は、お隣──12区、L社の管轄下で少し前から起きている翼戦争だ。あの悪名名高いガス会社と、他の様々な翼が利権を奪い合うべくして引き起こした戦争。我々M社は直接関与こそしていないが、全く無関係ともいえなかった。

 

M社は現在、翼戦争関連会社たちから一手に治療──それも、精神方面の治療を引き受けることによって、一挙に利益を稼いでいるのだ。PTSDなどに代表される精神面の不調が原因で戦闘不能となった兵士をアビストラウマ矯正室により無理矢理治し、そして回復した兵士は再び戦場に投入され、その繰り返し。

 

依頼する翼側としても、さっさと戦力を回収したいだけなのか、回復に使用するのは最も粗悪かつ最短の治療コースで、本人たちへの配慮は欠片もないらしい。この一月ほどの間で、千に達する兵士たちが虚な目のまま戦場へ復帰するのを見てきた。

 

 

 

 

 

アビストラウマ矯正室の真髄とは、簡潔に纏めれば精神の抽出による当人の脆弱性の除去だ。それを矯正室(ここ)では"濾過"という。濾過。精神の強い部分のみを抽出し、弱い部分を取り除くという流れを、誰かが濾過になぞらえたことからそう呼ばれるようになったらしいが........実態としては、『心を壊して残った強い部分を繋ぎ合わせる』と言った方がよっぽど正鵠を得ているといえよう。

 

心を壊す────抽出し、肉体から分離した精神体に強大なストレスを与えることにより、精神のどこが弱いのか?反対に、どこが強いのか?を確かめ、脆弱性を全て除去した、完璧な精神を本人の肉体に埋め込む。それが"濾過"。

 

"ストレス"の内容は症状によって様々だ。

目の前で恋人を無惨に殺すだとか、裏路地の下層民の人生を追体験させるだとか、或いは外郭や遺跡の怪物に貪り喰われるイメージだとか。そういったものを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことによって、どのような場合、要素、イメージによって精神的な負荷を受けるのか.....それをパターン化して、まとめ、十分な情報が溜まった段階で治療を施す。それに要する時間が短ければ短いほど、治療も不十分なものとなり────精神的に完治したとしても、感情の一部が欠落するなど、後遺症は少なからず残ってしまう。無論、"治療率100%"の謳い文句に嘘偽りはないが、本人を本人たらしめる要素が欠落した状態へと変わり果ててしまうのだ。

 

 

治療中、患者は精神と肉体が分離される。

ヒンドリーという少年が........点滴に繋がれた寝たきりの子供が、上等な肉を食べて満足し、眠りについたという状況も、全て精神世界で完結したイメージ上の出来事に過ぎない。ただ、こちらが脳に電波を通して想像させているに過ぎないのだ。

 

「L社と、他の翼やらフィクサーやらがドンパチやってくれてるおかげで、M社は大儲け。そこまではいいのですが...........その皺寄せを受けるのは私達現場って訳ですよね。一応この戦争がひと段落すれば昇進やボーナスはあるらしいですけど、割にあっているかと言われると、はぁ...........なんだかやるせないです」

 

 

がっくりと肩を落とす──しかし目が笑っている男を見て、表には出さないものの、更なる溜息をつきたい気分だった。この男は相当野心が強いらしく、また管理の業務に携わっているため実際のところ私達に比べればそこまで忙しい訳でもない。私を筆頭に、忙殺されている人員が()()し、ポストが空くのを今か今かと待っているのだろう。その証拠、という訳でもないが、近頃は人事の要職と懇意にしているそうで.......まあ、とどのつまり、どこの翼でも見られる出世争いの一貫だ。

 

 

目を伏せ、眉間を軽く揉みほぐす。

先程連絡を送った端末には、既に了解の旨が記されていた。まもなく、作業が始まるはずだ。

 

精神の中で流れる時間は、現実のほんの僅かでしかない為、治療にかかる期間は大抵一月か二月で終わる筈だが...........そういえば、と軽く手を打つ。先程、男が「八ヶ月」と言っていたのを思い出した。

 

「八ヶ月、というのはどういう試算なんだ?一応心理グラフに目を通してみたが、そこまで深刻なダメージを受けるほど、ヤワな精神強度ではないと感じたのだが」

 

「ああ?そのことですか?私も詳しくは知りませんが.......でも、上は相当慎重にこの子供の治療を進めたいらしいですよ。単に最高コースを選んだお客様....,ってだけじゃないみたいですね、父親がM社の役員か何かと繋がりでもあるんじゃないでしょうか」

 

男は、対して興味もないような言い分だったが..........はあ、なるほど。翼にコネがあるのかどうかは定かではないが、たしかにこいつが言う通り......少なくとも一般的な金持ちではなさそうなのは確かだろう。

 

こういう例は、度々ある。

労災やら何やらで心を壊したお偉い方や、あるいは翼の羽なんかを取り扱う時は、通常に比べて長く時間をかけて治療が行われる。数ヶ月、下手すれば一年かかった例も存在したため、この少年も似たような類だろうと結論づけた。

 

それに、だ。何はともあれ..............私達羽の仕事は、羽の一員として忠実に業務をこなし、自らの属する翼を都市に羽ばたかせることなのだから、疑問を挟む余地も、必要性も、どちらもないだろう。

 

私は、今度はスピーカー越しに声を発した。

 

 

 

 

『対象E-17へ、神経加圧パターン46を試行。深度はⅢ。トラウマ係数50を超過した段階で虚構投影を中止し、速やかにパターン分析を────』

 

 

 






アビストラウマ矯正室の仕組みは、「症状に応じてストレスを与えまくった後心の壊れ方見て精神的な弱点を分析!十分に情報集まったらそこ削って無くすよ〜」って感じで理解してくれればOKです。戦争によるPTSDを例に出すと、情報が貯まるまで無限に戦争で殺されるイメージを見せつける感じですね。

理論上は一秒で治療は完了しますが、その場合脳に甚大な負荷がかかって何も考えられない廃人になってしまうので、最短でも数日、通常なら一月ほど時間をかけて治療を行います。


また、ちょろっと触れてましたが"戦争"は煙戦争、"L社"はロボトミーコーポレーションの前身のL社を指しています。
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