日本・京都。
古都の風情を残すその街は、しかし裏の世界では、魔術協会とは異なる独自の神秘――
「呪術」を受け継ぐ者たちが息づく、日本の魔の巣窟でもあった。
その中でも、五条家は別格だった。神代から続く日本最古の呪術師の一族。その広大な屋敷は、幾重にも張られた結界によって外部から完全に隔離され、一つの独立した小世界を形成していた。
その屋敷の、庭園に面した一室。
一人の男が、畳の上に寝転がり、高級そうな和菓子を頬張りながら、退屈そうに報告書に目を通していた。目隠しのように巻かれた黒い布。雪のように白い髪。五条悟。この旧態依然とした一族の頂点に君臨する、現代最強の呪術師である。
「で?ヨーロッパで観測されたデカい魔力反応の件、どうなったの」
彼の傍らに控える、五条家に仕えるスーツ姿の男が、緊張した面持ちで答える。
「は、はい。調査の結果、二人の特異な魔術師が関与していると。一人は、属性『日』を司る剣士。もう一人は、『直死の魔眼』を持つ暗殺者。両者とも、日本人である可能性が高いとのことです」
「へぇ、『日』ねぇ。太陽信仰とか、その手の亜流かな。直死の魔眼は、また面倒そうなのが出てきたもんだ」
五条は、気のない返事をすると、空になった菓子の皿を脇に押しやった。
「それと、もう一つ。その剣士ですが、戦闘の際に、極めて小規模ながら固有結界の展開に類する現象を引き起こした、との報告が……」
その言葉に、五条は初めて、楽しげに口の端を吊り上げた。
「固有結界?ハッ、まだそんなカビの生えた化石みたいな魔術を使ってる奴がいるんだ。世界に喧嘩売って、抑止力に潰されるのがオチだってのに。燃費悪すぎでしょ」
彼は、すっと立ち上がると、障子を開け放ち、手入れの行き届いた庭を見つめた。
「だからダメなんだよ、西洋魔術は。世界を塗り替える?馬鹿じゃないの。そんな大げさなことしなくたって、世界の上に自分のルールを建てちまえば、それで十分だろうが」
それが、彼ら日本の呪術師がたどり着いた結論――領域展開。
世界からの反発を最小限に抑え、限定空間内において絶対の支配者となる、洗練された現代の必殺術。
「ま、その化石クンが日本に帰ってくるようなことがあれば、僕が直々に教えてやるよ。本物の『世界の作り方』ってやつをね」
五条の「六眼」は、確かに視ていた。
ヨーロッパで渦巻く三つの特異な魂――「太陽」と「月」と「死」。
それらの運命の線が、やがて複雑に絡み合い、そして、自分の元にまで繋がっていく未来の可能性を。
「さて、と」
彼はパン、と手を叩いた。
「ジジイどもの相手はもう終わり。恵たちの稽古に付き合ってやろっと。あいつら、最近ちょっと伸び悩んでるからね」
使用人の制止も聞かず、五条は軽やかな足取りで屋敷の奥へと消えていく。彼にとって、一族の当主としての仕事よりも、自らが見出した才能ある若者を育てることの方が、よほど重要で、面白いことだった。
最強の男は、この息の詰まるような旧家の伝統の中で、ただ一人、未来を見据えている。
そして、その未来を面白くしてくれそうな「新しいオモチャ」の到来を、心待ちにしているのだった。