遠野志貴との出会いから、一年が過ぎた。
港町のアパートは、もうない。衛宮士郎と岸波白野は、再び旅に出ていた。
あの敗北の後、士郎は長い苦悩の末に、一つの答えを見出したからだ。
(俺は、俺のやり方で強くなるしかない)
遠野志貴の強さは、彼の生き様の結晶だ。ならば、自分も自分の生き様を、理想を、剣に宿らせるしかない。迷いを振り切り、彼は再び立ち上がった。左腕の傷は、魔術によって完全に癒えたが、その魂に刻まれた傷跡は、彼をより強く、より慎重にした。
二人は、ヨーロッパの各地を転々としながら、旅を続けていた。
昼間は、困っている人を探して「便利屋」を営む。壊れた農具を修理し、荒れた土地を耕し、時には街の揉め事を解決する。それは、かつて一人でしていた「正義の味方」の真似事と変わらない。だが、今は隣に、彼の背中を信じてくれる少女がいた。
「士郎、こっちの荷物、終わったよ」
「ああ、助かる、白野。そっちは任せた」
士郎は、いつしか彼女を「白野」と、下の名前で呼ぶようになっていた。その響きは、まだ少しだけ気恥ずかしかったが、二人の間に流れた時間を、確かに感じさせた。白野もまた、彼の名を呼ぶ時、その声に親愛の情を隠さなくなった。
そして、夜。
二人は、人知れず「狩り」を行った。
遠野志貴との出会いは、士郎に世界の裏側――死徒や吸血鬼が確かに存在するという現実を、改めて突きつけた。彼らは、人々の平穏な日常を脅かす、明確な「悪」だ。ならば、それを狩ることもまた、「正義の味方」の仕事だと、士郎は結論付けた。
「――ヒノカミ神楽、陽華突(ようかとつ)」
夜の森を駆ける異形の獣――下級の死徒の心臓を、士郎の「黎明」が正確に貫いた。刀身から放たれる太陽の炎が、死徒を内側から浄化し、塵も残さず消滅させる。
この一年で、士郎の剣術は飛躍的に向上していた。
ヒノカミ神楽の十二の型は、完全に彼の血肉となっていた。以前のように一つの型で消耗することなく、複数の型を流れるように繋ぎ、戦況に応じて最適の技を繰り出すことができる。本物の「黎明」を常に背負い、その力を最大限に引き出す術も身につけていた。
「……終わったよ、白野」
「お疲れ様、士郎」
物陰から現れた白野が、彼にタオルを手渡す。彼女はもう、ただ守られるだけの存在ではなかった。彼女の「月の女王」としての資質は、死徒の気配を誰よりも早く察知し、その位置を特定する、優れた索敵能力として開花していたのだ。二人は、互いの能力を補い合う、最高のパートナーとなっていた。
焚き火を囲み、遅い夕食をとる。
士郎が作る温かいスープを飲みながら、白野は星空を見上げた。
「ねえ、士郎」
「ん?」
「私たちは、これからどこへ行くの?」
その問いに、士郎は少しだけ黙り込んだ後、答えた。
「まだ分からない。でも、二つの目的は変わらない」
一つは、白野の記憶の手がかり――「赤い外套の男」を探すこと。
そしてもう一つは、士郎自身の旅の目的――理想郷「アヴァロン」への道を探すこと。
「俺は、セイバーに会わなきゃならないんだ」
士郎は、初めて白野に、はっきりと自分の目的を語った。白野は、驚かなかった。ただ、静かに頷く。
「うん。知ってたよ」
「……そうか」
「きっと会える。士郎なら、きっと」
白野の言葉に、士郎は力なく笑った。
この一年で、二人の仲は確かに深まった。互いを唯一無二のパートナーだと認識している。だが、その心の奥底には、それぞれ別の「探し人」がいる。その事実が、二人の関係を、ただの仲間以上に、そして恋人未満に留めていた。
絆が深まるほどに、いつか来るかもしれない「別れ」の予感が、胸を締め付ける。
「さあ、そろそろ寝よう。明日は、北へ向かう。この先に、古い教会の遺跡があるらしい。何か、手がかりがあるかもしれない」
士郎は、感傷を振り払うように立ち上がった。
白野も、静かに頷き、火の始末を手伝う。
旅はまだ続く。
二人の探し人が、同じ場所に繋がっているなどとは、まだ夢にも思わずに。
士郎と白野は、互いの温もりだけを頼りに、再び歩き出すのだった。