Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第十六話:遠野邸の亡霊

ヨーロッパの夜を血に染めながら、遠野志貴は一つの結論に達していた。

 

闇雲に死徒を狩り続けても、アルクェイドを根本的に救うことには繋がらない。彼女を苦しめる吸血衝動――その呪いを解くには、もっと根源的な情報が必要だ。人ならざるモノ、混血、鬼、吸血鬼。そういった「魔」に関する、古くからの伝承や研究。

 

そして、日本において、それらが最も色濃く残る場所を、彼は一つしか知らなかった。

 

かつて自分が長男として過ごし、そして刃を向けた、あの忌まわしい屋敷。

 

遠野家。

 

月のない夜。志貴は、まるで亡霊のように、懐かしい屋敷の敷地内に侵入していた。七夜の体術は、屋敷に張り巡らされた簡易な結界や警備システムを、まるで存在しないかのように無効化する。彼の目的は一つ。遠野家の当主、遠野秋葉の書斎だ。あそこならば、遠野の血にまつわる、あるいは「反転」に関する古文書が残されているはずだった。

 

書斎は、静まり返っていた。志貴は赤い包帯の下の「眼」で、魔術的な罠がないことを確認すると、音もなく本棚を漁り始める。彼の記憶にあるよりも、蔵書は増えている。秋葉が当主として、家の歴史を学んでいる証拠だった。

 

(……これか)

 

志貴は、一冊の古びた和綴じの書物を手に取った。表紙には「混血と反転衝動に関する考察」と書かれている。これこそ、彼が求めていた情報に繋がるかもしれない。

 

その時。

 

背後から、氷のように冷たい声が響いた。

 

「――そこで何をしているのですか、兄さん」

 

志貴は、ゆっくりと振り返った。

 

書斎の入り口に、一人の少女が立っていた。腰まで届く、艶やかな黒髪。血のように赤いリボン。そして、かつてと変わらない、強い意志を宿した瞳。

 

遠野家の現当主、遠野秋葉。

 

「……秋葉」

 

志貴は、感情のない声で、妹の名を呼んだ。

 

「その格好……その目……。噂は本当だったのですね。『殺人貴』。世界中の死徒を狩り続ける、正体不明の暗殺者。それが、私の兄だったとは」

 

秋葉の声は、静かだが、怒りと、そしてそれ以上に深い悲しみに震えていた。

 

「なぜ、戻ってこなかったのです。なぜ、こんな……泥棒のような真似を!」

 

彼女の周囲の温度が、急激に上昇していく。遠野の血――「紅赤朱」の力が、彼女の感情に呼応して昂ぶっているのだ。廊下の床が、じりじりと焦げ付いていく。

 

「……用があっただけだ。済んだら、すぐに消える」

 

「用、ですって?私たち家族を捨てておきながら、今更この家に何の用があるというのです!」

 

秋葉の言葉が、志貴の胸に突き刺さる。

 

家族。その言葉の響きが、ひどく遠いものに感じられた。

 

「お前には関係ない」

 

「関係なくありません!」

 

秋葉が、一歩踏み出した。

 

「兄さんがいなくなってから、この屋敷がどれだけ静かになったか、貴方に分かって?翡翠も、琥珀も……皆、貴方のことを心配して……!」

 

彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「帰ってきて、兄さん。もう、あんな戦いはやめて。昔みたいに、また四人で……」

 

その言葉は、志気にとって、あまりにも眩しく、そして残酷だった。

 

昔みたいに?もう、戻れるはずがない。自分は、あまりにも多くのモノを殺しすぎた。そして何より、自分には、迎えに行かなければならない人がいる。

 

志貴は、秋葉に背を向けた。

 

「……それは出来ない」

 

「なぜです!」

 

「俺は、もう遠野志貴じゃない。俺は、あいつを迎えに行くためだけに存在する、ただの殺人貴だ」

 

彼は、左手の薬指にはめられた、白い指輪をそっと握りしめる。

 

その仕草を見て、秋葉は全てを悟った。

 

兄が、誰のために戦っているのか。誰のために、人であることをやめてしまったのか。

 

「……そう。その女のためですか」

 

秋葉の瞳から、涙が消えた。代わりに宿ったのは、燃えるような嫉妬と、絶望。

 

「その女のために、私たち家族を捨てるというのですね」

 

「……」

 

「分かりました。ならば、もう容赦はしません」

 

秋葉の黒髪が、赫く染まっていく。

 

「遠野家の当主として、家に仇なす侵入者は、私が排除します。たとえ、それが血を分けた兄であろうとも!」

 

廊下の壁に、床に、燃え盛る檻のような紅い線が走る。

 

「檻髪」が、逃げ場のない書斎で、志貴を捕らえんと牙を剥いた。

 

志貴は、静かに忍刀の柄に手をかける。

 

「……やめておけ、秋葉。お前では、俺は殺せない」

 

過去を断ち切るための刃と、過去を取り戻すための炎が、静まり返った遠野邸で、悲しく交錯しようとしていた。

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