士郎は白野を自分の寝床である、キャンプの外れにある半壊した建物の地下室へと連れて行った。
そこは彼のささやかな「工房」であり、ガラクタの中から拾い集めた鉄屑や、修理した古い機械が並んでいた。傭兵たちの報復を避けるため、そして何より、衰弱した彼女に休息が必要だった。
「少し待っててくれ。すぐに温かいものを作る」
そう言うと、士郎は手際よく火をおこし、なけなしの保存食である干し肉と、昼間の仕事で分けてもらった玉ねぎの切れ端、そして干からびかけたトマトでスープを作り始めた。
白野は、使い古された毛布にくるまりながら、その背中をじっと見つめていた。何かを作る背中。それは、記憶の中の「あの人」とは違う。あの人の背中は戦場にあり、何かを壊すためのものだった気がする。だが、目の前の背中は、何かを生み出し、与えようとしている。その違いが、白野の心を不思議と安らがせた。
やがて、欠けた木の器に注がれた熱いスープが差し出される。塩と、わずかな香辛料だけの素朴な味。しかし、冷え切った身体に温かい液体が染み渡った瞬間、白野の瞳から一筋の涙がこぼれた。それは、この地に現れてから初めて、彼女がはっきりと感じた味覚であり、感情だった。
「……おいしい」
「そうか。よかった」
士郎はぶっきらぼうに答えながらも、どこか安堵した表情を浮かべた。
「腹が減ってる時は、何でも美味いもんだ」
その顔を見て、白野はふと、記憶の中の背中が、こんな風に笑ったことがあっただろうか、と考えた。思い出せない。ただ、あの背中はいつも、どこか寂しそうだった気がする。
食事を終えると、士郎は今後の計画を切り出した。
「このキャンプはもう長くない。物資も尽きてるし、武装勢力の抗争も激しくなってる。明日の夜、ここを脱出しよう」
「どこへ?」
「まずは西へ。国境を越えれば、比較的安全な港町がある。そこから船でヨーロッパに渡る。君の探している男の手がかりも、人の多い場所の方が見つかりやすいはずだ」
士郎の言葉は、白野に「これから」を意識させた。ただ彷徨うだけだった自分に、道標が示されたのだ。
「シロウは、どうして……?」
「ん?」
「どうして、見ず知らずの私を、そこまで助けてくれるの?」
その問いに、士郎は少しだけ遠い目をした。脳裏に浮かぶのは、月光の下で輝いていた金色の髪と、交わした最後の約束。
「……困っている奴がいたら、助けるのは当たり前だろ。それに……」
士郎は言葉を区切り、少し照れたように視線を逸らした。
「誰かを探して旅をするのが、どれだけ心細いか……少しだけ、分かる気がするからな」
それは彼の本心であり、そして彼が生涯をかけて守ると誓った、一人の少女への想いの発露だった。
白野は、その言葉の裏にある彼の孤独と優しさに、静かに胸を打たれるのだった。