Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第十八話:無限と直死

「君じゃ、僕には触れることすらできないから」

 

その言葉は、挑発ではなかった。五条悟にとって、それは揺るぎない事実。

 

だが、遠野志貴の辞書に「不可能」の文字はない。彼の「眼」が視える限り、そこに「死」があるのなら、神ですら殺せる。

 

「――そうか」

 

志貴は短く応じると、その姿を闇に溶け込ませた。七夜の体術。彼は、五条の背後、真上、側面、あらゆる角度から同時に攻撃を仕掛けているかのような、超高速の立体攻撃を敢行する。

 

だが、その全てが、五条に届く寸前で、ぴたりと止まった。

 

まるで、分厚いガラスに阻まれているかのように。いや、違う。刃は進んでいる。しかし、その先の標的との距離が、一向に縮まらない。

 

(これが……「無限」……!)

 

志貴は一度距離を取ると、赤い包帯の下で、目の前の現象に意識を集中させた。

 

五条悟は、ただそこに立っているだけだ。何の魔術的な障壁も、物理的な盾も展開していない。しかし、彼と自分の間には、決して越えられない「距離」が存在する。

 

(魔術……いや、呪術か。空間そのものに干渉する、何らかの術式)

 

志貴は、思考を巡らせる。

 

普通の攻撃では届かない。ならば。

 

(――魔術だろうが、呪術だろうが、それが「生きている」のなら、必ず「死」はある)

 

彼は、再び「眼」を凝らした。

 

世界から色が抜け落ち、万物が持つ「死」の線が、灰色の世界に浮かび上がる。

 

そして、視えた。

 

五条悟の周囲を覆う、不可視の「無限」。それは、ただの空間ではなかった。術式によって編まれ、維持され、機能している、一個の「生命」だった。そして、その生命には、無数の「死の線」が、まるで網の目のように走っていた。

 

「……見えた」

 

志貴の口元に、初めて笑みが浮かんだ。それは、狩人が獲物を見つけた時の、獰猛な笑み。

 

「おっと、何か分かっちゃった顔だね?」

 

五条もまた、楽しそうにそれを見ていた。

 

次の瞬間、志貴は真正面から、一直線に五条へと突貫した。無謀な突撃。

 

五条は、余裕の表情でそれを見つめる。どうせ、また届かない。

 

だが、今回は違った。

 

志貴が振るった忍刀の切っ先が、五条の目の前、数センチの空間を「なぞった」。

 

プツリ。

 

何かが、断ち切れる音。

 

五条悟を護っていた「無限」が、その一部分を「殺され」、穴が空いた。

 

「なにっ!?」

 

五条が、初めて驚愕の声を上げた。

 

その一瞬の穴を、志貴は見逃さない。

 

彼の身体は、殺された無限の隙間を通り抜け、五条の懐に到達する。

 

そして、忍刀の切っ先は、五条の胸の中心――彼の「六眼」が捉えた、ただ一つの絶対的な急所。

 

心臓の「死の点」を、正確に突き立てようとしていた。

 

(――もらった!)

 

志貴が、勝利を確信した、その刹那。

 

「術式反転――『赫(あか)』」

 

五条の掌から、凄まじい衝撃波が放たれた。

 

それは、純粋な斥力の塊。志貴の身体は、回避する間もなくその奔流に飲み込まれ、まるで鉄屑のように吹き飛ばされた。屋敷の壁を数枚突き破り、庭の地面に深く突き刺さる。

 

「ぐ……はっ……!?」

 

何が起こったのか、理解できない。全身を襲う、骨が砕けるほどの衝撃。だが、それ以上に、志貴は混乱していた。なぜ、攻撃が当たる寸前で、あんな現象が起きたのか。

 

瓦礫の中から、ゆっくりと五条が歩いてくる。その服には、塵一つついていない。

 

「……いやー、マジでビビった。本気で死ぬかと思ったよ」

 

彼は、心底感心したように言った。

 

「まさか、僕の『無限』を殺してくるとはね。その眼、本当にイカれてる。最高だよ、君」

 

だが、その口調とは裏腹に、彼の瞳は笑っていなかった。

 

「でも、ゲームは終わりだ」

 

五条は、静かに指を組んだ。

 

「君みたいな面白いオモチャ、ここで壊しちゃうのは勿体ないからね。少し、頭を冷やしてもらうだけだよ」

 

志貴は、吹き飛ばされた衝撃で朦朧とする意識の中、目の前の男が、何かとてつもなく危険なことをしようとしているのを、本能で感じ取った。

 

(まずい……!)

 

逃げようとするが、身体が動かない。

 

そして、五条は、静かにその名を告げた。

 

「領域展開――『無量空処(むりょうくうしょ)』」

 

次の瞬間、遠野志貴の世界は、反転した。

 

彼の背後に、宇宙のような、黒い球体が出現し、彼と五条、そして気絶している秋葉を飲み込んでいく。

 

気づけば、彼は、無限に広がる宇宙空間の中心に立っていた。

 

美しい。だが、その美しさに目を奪われた、次の瞬間。

 

――知覚が、始まった。

 

視る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる。生きるために必要な、ありとあらゆる情報が、彼の脳に、ゆっくりと、しかし止めどなく流れ込んできた。五条は、その情報量を、志貴の脳が焼き切れないギリギリのラインに、完璧に調整していた。殺すためではない。ただ、思考を完結させないために。

 

世界の始まりから終わりまで。原子の生滅。星の誕生。因果の果て。

 

全てが、分かる。全てが、理解できる。

 

だが、その情報が多すぎる。思考が、追いつかない。何かを考えようとしても、次の情報がそれを上書きしていく。

 

「アルクェイド」という名前を思い浮かべようとしても、「あ」と思った瞬間には、宇宙創生の光景が脳裏をよぎり、「る」を発音する前に、素粒子の成り立ちを理解させられる。

 

思考が、完結しない。

 

行動が、できない。

 

ただ、無限の情報を受け取り続けるだけの、生きた彫像と化す。

 

やがて、領域が解除され、世界は元の破壊された遠野邸の庭に戻った。

 

「……あ」

 

遠野志貴は、ただ一言、意味のない声を発すると、その場に糸が切れた人形のように崩れ落ちた。その瞳からは光が消え、焦点が合っていない。脳が情報の奔流から解放された結果、一時的なシャットダウンを起こしたのだ。

 

「さて、と」

 

五条は、倒れた志貴の傍らにしゃがみ込むと、彼の赤い包帯をそっと解いた。露わになった直死の魔眼は、今はただ虚空を見つめているだけだった。

 

「んー、やっぱり良い眼だね、これ」

 

彼は満足げに頷くと、気絶している秋葉と、行動不能になった志貴を見比べた。

 

「最強の『殺人貴』クンも、これでしばらくはお休みかな」

 

五条悟は、捕獲した二人の「面白い生徒候補」をどうしてやろうかと、楽しげに算段を始めるのだった。

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