Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第二十話:来訪者

フランスの片田舎。ラベンダーの香りが風に乗って運ばれてくる、穏やかな昼下がり。

衛宮士郎と岸波白野は、小さな村で、また「便利屋」を営んでいた。今日は、老夫婦が営む農場の、壊れたトラクターを修理している。

 

「よし、こんなもんか」

 

油にまみれた手で、士郎が最後のボルトを締める。彼の傍らで、白野が手際よく工具を手渡したり、汗を拭うタオルを差し出したりしていた。この一年で、二人の連携は、まるで長年連れ添った夫婦のように、阿吽の呼吸となっていた。

 

「ありがとう、ムッシュ・シロウ!これでまた畑が耕せるよ」

農場の主人が、満面の笑みで礼を言う。

「マドモアゼル・ハクノも、いつもありがとうね」

 

「ううん、気にしないで」

 

白野は、はにかむように笑った。彼女の表情は、士郎と出会った頃の硬さが嘘のように、柔らかく、豊かになっていた。

 

旅を続けながら、二人は互いにとって、かけがえのない存在になっていた。

 

士郎は、セイバーとの再会という、果てしない夢を追い続ける中で、隣にいる白野の存在が、いつしか心の支えになっていることに気づいていた。彼女の笑顔を見るたび、胸の奥が温かくなる。この日常が、ずっと続けばいいと、柄にもなく願ってしまう自分がいた。

 

白野もまた、失われた記憶の断片――「赤い外套の背中」を追い求めながら、士郎の存在に救われていた。彼が作る温かい食事。不器用だけど、決して見捨てない優しさ。彼の隣が、いつしか自分の「居場所」になっていた。彼の背中を見ていると、探している「誰か」の背中と、時々重なって見える。そのたびに、胸が甘く、そして少しだけ痛んだ。

 

それは、紛れもない恋心だった。

 

だが、二人には、それぞれ決して譲れない「探し人」がいる。その事実が、互いの気持ちに気づくことを、無意識にためらわせていた。この心地よい関係が、壊れてしまうことを恐れるように。

 

その日の夕暮れ。

 

仕事を終えた二人が、村はずれの丘の上で、夕食の準備をしていた時だった。

 

「――やあ、君たちが噂の『太陽』クンと『月』チャンかな?」

 

突如、背後から、場違いなほど明るく、軽薄な声がした。

 

士郎は、即座に「黎明」の柄に手をかけ、振り返る。白野も、彼の背中に隠れるように身構えた。

 

そこに立っていたのは、一人の長身の男だった。

 

黒いシンプルな服装に、サングラス。雪のように白い髪が、夕陽に照らされて輝いている。どう見ても、こののどかな田舎村の住人ではない。何より、その男からは、魔力や殺気といったものが、一切感じられなかった。それが、逆に不気味だった。

 

「誰だ、お前は」

 

士郎が、警戒を露わに問いかける。

 

「僕は五条悟。ただの観光客だよ」

 

男――五条悟は、ひらひらと手を振ると、悪びれもせずに二人が準備していたスープの鍋を覗き込んだ。

 

「へぇ、美味そうじゃん。僕も一口もらっていい?」

 

「ふざけるな。目的は何だ」

 

「目的ねぇ……。まあ、強いて言うなら、君たちの『実力測定』ってとこかな」

 

五条は、にっこりと笑うと、そのサングラスを少しだけずらした。

その奥から現れた、空の全てを映したような、蒼い瞳。

 

「六眼」

 

その瞳が、二人を「視た」瞬間。

 

士郎は、自身の魔術回路、起源、投影の能力、ヒノカミ神楽の練度、その全てを、魂の芯まで丸裸にされるような感覚に陥った。

 

白野もまた、自身の魂が、かつてムーンセルにあった頃の情報体の構造まで、完全に解析されていくのを感じ、戦慄した。

 

「なるほどねぇ……」

 

五条は、満足げに頷いた。

 

「君が、衛宮士郎。属性『日』、起源『剣』。面白いね、君。理想を追い求めるあまり、自分自身がその理想の『剣』になろうとしてる。歪んでるけど、悪くない。うん、実にイイ」

「そして、君が岸波白野。魂の構造は、やっぱり月の情報生命体(アレ)に近いか。でも、肉体と完全に癒着して、新しい個として確立されつつある。へぇ、奇跡のハイブリッドって感じ?」

 

初対面の相手に、自分たちの根源を、いとも簡単に見抜かれる。

 

士郎と白野は、言葉を失った。目の前の男は、自分たちとは次元が違う、規格外の存在だ。

 

「さて、と」

 

五条は、楽しそうにパン、と手を叩いた。

 

「自己紹介も済んだことだし、早速始めようか」

 

「……何を、だ」

 

「決まってるでしょ」

 

五条は、満面の笑みで、告げた。

 

「君たち二人がかりで、僕と戦ってみなよ。大丈夫、死なない程度には手加減してあげるから」

 

最強の男は、まるで子供に遊んでやると言うかのように、二人に宣戦布告した。

フランスの穏やかな夕暮れは、理不尽な「無限」の力によって、唐突に終わりを告げようとしていた。

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