「君たち二人がかりで、僕と戦ってみなよ。大丈夫、死なない程度には手加減してあげるから」
その言葉は、宣戦布告というより、絶対的な強者が弱者に与える「遊戯」の誘いだった。
衛宮士郎の全身の神経が、警鐘を鳴らす。目の前の男は、かつて対峙した遠野志貴とも違う。もっと根源的で、理不尽な「最強」の匂いがした。
「白野、離れてろ!」
士郎は叫ぶと、背負っていた「黎明」を抜き放った。刀身が夕陽を浴びて、黄金色に輝く。
「――ヒノカミ神楽、飛輪陽炎!」
士郎の身体が、高速の捻りと回転によって、まるで陽炎のように揺らめく。残像を伴う変幻自在の斬撃が、五条悟へと襲いかかった。この一年で、彼の剣技は、もはや達人の域に達している。
だが。
キィン、という甲高い音と共に、黎明の刃は、五条に届く寸前で、不可視の壁に阻まれた。
「なっ……!?」
「おっと、危ない。良い刀だね、それ」
五条は、ポケットに手を突っ込んだまま、余裕の表情で立っている。
士郎は、即座に距離を取ると、戦術を切り替えた。
「――――投影、開始」(トレース、オン)
彼の周囲に、数十本の宝具のレプリカが投影される。カラドボルグ、フルンティング、ゲイ・ボルク。ありとあらゆる名剣、魔剣が、五条に向けて一斉に射出された。
「いけ!」
鉄の豪雨が、五条へと殺到する。
だが、その全てが、先ほどと同じように、彼に届く寸前で動きを止め、まるでスローモーションのように、その場に留まった。
「無駄だよ。僕に、物理攻撃は当たらない」
五条は、心底退屈そうに言った。
(くそっ、どうなってる……!空間そのものに干渉する魔術か!?)
士郎は、かつて遠野志貴が抱いたのと同じ疑問に行き着く。だが、彼には「死」を視る眼はない。この現象を打破する術が、見当たらなかった。
「どうしたの、もう終わり?これだけ?」
五条は、わざとらしく肩をすくめると、決定的な一言を放った。
「うーん、期待外れだなぁ。この前戦った『殺人貴』クンの方が、まだ骨があったよ。君、彼より全然弱いね」
その一言が、衛宮士郎の心の逆鱗に触れた。
殺人貴――遠野志貴。
あの日、圧倒的な力の差を見せつけられ、完膚なきまでに敗北した相手。
自分の理想を、その生き様を、根底から揺るがした男。
この一年、彼の背中を追いかけるように、必死で強くなろうとしてきた。
なのに、目の前の男は、いとも簡単に、その努力を、プライドを、踏みにじった。
「……っ、この野郎……!」
士郎の魔術回路が、悲鳴を上げるように軋む。彼の瞳に、決意の光が宿った。
もはや、小手先の技は通用しない。この男を倒すには、自分の全てを、魂そのものをぶつけるしかない。
「――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword.)」
士郎が、詠唱を始めた。
彼の足元から、黄金の光が溢れ出し、周囲の地面がガラスのようにひび割れていく。世界が、彼の心象風景に塗り替えられようとしていた。
「お?」
五条は、その現象を見て、初めて楽しそうな笑みを浮かべた。
「いいね、いいねぇ!それが見たかったんだよ、君の『世界』!」
「――血潮は鉄で心は硝子(Steel is my body,and fire is my blood.)」
「――幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades.)」
詠唱が進むにつれて、フランスののどかな丘の風景が、陽炎のように揺らめき始める。空は茜色に染まり、地平線の彼方には、巨大な歯車が浮かび上がっていた。
「――ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし(Unaware of loss.Nor aware of gain.)」
「そう、それだよ!そのカビの生えた化石みたいな魔術!いいねぇ、時代錯誤も極まれりって感じで、最高にエモいじゃん!」
五条は、これから展開されるであろう固有結界を前に、まるで特等席でショーの開幕を待つ観客のように、興奮を隠そうともしなかった。
「――担い手はここに独り、剣の丘で鉄を鍛つ。(Withstood pain to create weapons,waiting for one's arrival.)」
「――ならば、我が生涯に意味は不要ず、(I have no regrets.This is the only path.)」
詠唱は、最終段階へと入る。
士郎は、目の前の男を倒すため、そして、何よりも「弱い」と言われた自分自身を証明するため、禁断の扉を開こうとしていた。
「――この体は、無限の剣で出来ていた!!(My whole life was."unlimited blade works"!!)」
衛宮士郎の全てを懸けた、固有結界が、今、展開される。