「――この体は、無限の剣で出来ていた!!(My whole life was."unlimited blade works"!!)」
詠唱の完了と共に、世界が塗り替えられた。
フランスの穏やかな丘は消え去り、どこまでも続く荒野と、そこに突き立つ無数の剣、そして茜色の空、衛宮士郎の心象世界が現実を侵食した。
ここは、彼の魂そのもの。彼が「剣」であることの証明。
この世界において、彼は創造主だ。剣の投影速度、精度、威力、その全てが格段に向上する。
「ハァ……ハァ……!」
士郎は、荒い息をつきながら、五条を睨みつけた。固有結界の展開は、彼の魔力を根こそぎ奪っていく。短期決戦で、全てを終わらせる。
「――行くぞ!」
士郎の号令と共に、地面に突き立つ全ての剣が、一斉に五条へと襲いかかった。それは、もはや「豪雨」などという生易しいものではない。世界そのものが牙を剥き、たった一人の異物を排除しようとする、鉄の「津波」だった。
だが、その世界の中心で、五条悟は、ただ腕を組んで立っているだけだった。
その表情には、焦りも、驚きも、何もない。あるのは、まるで出来の悪い美術品を鑑賞するかのような、冷めた視線だけだった。
「うーん……なるほどねぇ。これが君の心の中か。寂しい世界だねぇ。剣しかないや」
鉄の津波は、やはり五条に届く寸前で、その動きを鈍らせ、やがて完全に静止した。彼の周囲に展開された「無限」は、たとえ固有結界の中であろうと、絶対的な防御として機能していた。
「な……ぜ……」
士郎は、愕然とした。自分の世界の中ですら、この男には届かないのか。
「それにしても……」
五条は、空を見上げた。茜色の空には、目には見えない亀裂が無数に走っているのを、彼の「六眼」は正確に捉えていた。
「ギシギシ言ってるねぇ、この世界。今にも『抑止力』に潰されそうだ。ほら、アラヤだかガイアだか知らないけど、世界が『異物』を排除しようと必死だよ」
彼は、心底がっかりしたように、首を横に振った。
「だから言ったでしょ。固有結界なんて、カビの生えた化石だって。世界そのものを塗り替えるなんて、大げさで、無駄が多くて、効率が悪すぎる。こんな脆い世界、張りぼての城みたいなもんだよ」
五条は、ゆっくりと両手の指を組んだ。
「見せてあげるよ。本物の『力』ってやつを」
彼の右手に、空間が収束していく。全てを引きずり込む、マイナスの無限。
「術式順転――『蒼(あお)』」
彼の左手に、空間が発散していく。全てを弾き飛ばす、プラスの無限。
「術式反転――『赫(あか)』」
二つの、相反する「無限」が、彼の両掌の上で輝く。
そして、五条は、その二つを、静かに合わせた。
「虚式――」
その瞬間、士郎の心象世界が、悲鳴を上げた。
二つの無限が衝突し、生まれた「仮想の質量」。それは、この世界の理の外側にある、絶対的な「無」。
衛宮士郎の「全て」であるこの世界が、その「無」の存在を拒絶し、恐れているのが、肌で感じられた。
「『茈(むらさき)』」
紫色の閃光が、放たれた。
それは、ビームでも、衝撃波でもない。
空間そのものが、抉り取られ、進んでいく。
紫の閃光が通った軌跡の上にあった、無数の剣は、ただ「消滅」した。破壊されるのではない。砕け散るのでもない。最初から、そこになかったかのように、存在そのものが、消えていく。
そして、閃光は、この「無限の剣製」という世界そのものの「壁」に到達した。
――パリン。
ガラスが割れるような、乾いた音が響いた。
次の瞬間、衛宮士郎の心象世界は、まるで巨大な爆弾が炸裂したかのように、内側から粉々に砕け散った。
茜色の空は崩壊し、無数の剣は塵となり砕け散る。
世界が、元のフランスの穏やかな丘へと、強制的に引き戻されていく。
「が……はっ……!?」
心象世界を破壊された士郎は、自身の魂そのものを砕かれたかのような衝撃を受け、大量の血を吐いてその場に崩れ落ちた。
彼の目の前には、服一つ乱れていない五条悟が、つまらなそうに立っている。
「だから、言ったでしょ。張りぼての城だって」
最強の男は、自分の全てを否定され、絶望に染まる少年を、ただ冷たく見下ろしていた。