Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第二十四話:絶望の先にあるもの

意識が浮上した時、岸波白野は、見慣れた木の天井を見ていた。

 

そこは、二人がこの村で借りている、小さなコテージの寝室だった。身体に痛みはない。ただ、脳の奥に、まだ無限の情報の残滓が渦巻いているような、奇妙な浮遊感があった。

隣のベッドでは、衛宮士郎が、苦しげな表情で眠り続けている。

白野は、ゆっくりと身体を起こすと、リビングへと向かった。

 

「お、起きた?月チャン」

 

リビングのテーブルでは、五条悟が、どこから持ってきたのか、高級そうな洋菓子を頬張りながら、呑気に雑誌を読んでいた。まるで、自分の家のようにくつろいでいる。

 

「……あなたは」

「まあ、座りなよ。紅茶、淹れてあげようか?」

 

白野は、彼の言葉を無視して、まっすぐに五条を見つめた。

 

「士郎は……」

「大丈夫だって。身体の傷は、僕の術式でちょちょいと治しておいた。まあ、精神的なダメージは、本人の問題だから、時間がかかるだろうけどね」

 

その言葉を聞いて、白野は、拳を強く握りしめた。

あの時の光景が、脳裏に蘇る。自分の全てを懸けた世界を破壊され、絶望に染まる士郎の顔。そして、何もできずに、ただ彼が傷つくのを見ていることしかできなかった、自分の無力さ。

 

「……私に、力をください」

 

白野は、絞り出すように言った。

 

「士郎を守れるだけの、力が欲しい。彼と、隣に立って戦えるだけの、力が」

 

その真剣な眼差しを見て、五条は、初めてお菓子を食べる手を止めた。

 

「へぇ……。君、面白いこと言うね。君の魂は、元々戦闘用のプログラムじゃなかったはずだけど?」

 

彼の「六眼」は、白野の魂が、かつてムーンセルにおいて、マスターを補助するためのNPCであったことを見抜いている。

 

「それでも、です」

 

白野は、一歩も引かなかった。

 

「私は、もうただ守られるだけの存在でいたくない」

 

その瞳に宿る強い光を見て、五条は、ニヤリと笑った。

 

「いいねぇ、その目。気に入った。いいよ、教えてあげる。君だけの戦い方をね」

 

その頃、衛宮士郎は、夢を見ていた。

 

どこまでも広がる、花々の咲き乱れる丘。

澄み渡る空。心地よい風。

現実とは、あまりにもかけ離れた、理想郷。

その丘の上、一本の大きな樹の下に、懐かしい後ろ姿があった。

肩まで流れる、美しい黄金の髪の少女。

 

彼女は、静かに、何かを待っている。

 

(……セイバー)

 

士郎は、その名を呼ぼうとするが、声が出ない。

彼女に駆け寄ろうとするが、足が動かない。

 

少女が、ゆっくりと振り返る。

その翠玉の瞳は、少しだけ寂しそうに、でも、確かな信頼を込めて、微笑んでいた。

 

『――待っています。あなたが、辿り着くのを』

 

その声が聞こえた瞬間、士郎の意識は、現実へと引き戻された。

 

「……っ!」

 

士郎が目を覚ますと、そこは見慣れた自室のベッドの上だった。

身体の痛みは、嘘のように消えている。だが、敗北の記憶は、鮮明に残っていた。

リビングへ行くと、五条悟と岸波白野が、テーブルを挟んで何かを話していた。

 

「起きたか、太陽クン。良い夢見れた?」

 

五条が、からかうように言う。

 

士郎は、その言葉を無視して、彼の前に座った。

 

「……お前の勝ちだ。俺は、完敗した」

「分かりきったこと言わないでよ。で?どうする?このまま腐る?」

「一つ、聞かせろ」

 

士郎は、五条をまっすぐに見据えた。

 

「俺の魔術は、お前が言うように、本当に『化石』なのか?」

 

その問いに、五条は、少しだけ考える素振りを見せた。

 

「うーん、半分正解で、半分間違い、かな」

「どういう意味だ」

「君の『日』の属性。そして、それを剣術に昇華させた『ヒノカミ神楽』。その発想は、悪くない。むしろ、素晴らしい。君の魂の本質に、よく合っている」

 

五条は、人差し指を立てた。

 

「でも、君は、まだその力の『極意』に至っていない。太陽の本当の恐ろしさは、ただ燃やすことじゃない。その『熱』と『光』で、万物を『変質』させることにある。君の剣は、まだその領域に達していないんだよ」

 

そして、彼は、再びあの話を持ち出した。

 

「それと、君の戦い方は、あまりにも不器用すぎる。だから、僕がさっき、親切に『新時代の魔術』を見せてあげたでしょ?領域展開っていうんだけど」

 

五条は、固有結界と領域展開の違いを、改めて説き始めた。世界を塗り替えるのではなく、既存の世界の上に、自分のルールを建築する、効率的な必中の術。

 

その話を聞きながら、士郎の脳は、高速で回転していた。

「無限の剣製」は、彼の起源である「剣」に根差した世界。だが、今の自分には、もう一つの力がある。「日」の属性だ。

 

(……既存の世界の上に、自分のルールを建築する……)

(俺の「日」のルール……太陽のルールとは……)

 

彼は、思い描く。

 

「無限の剣製」のように、世界そのものを塗り替えるのではない。

「世界の中に自らのルールを押し付ける」という、全く新しい概念。

「無限の剣製」とは違う、彼が新たに至るべき、「日」の領域。

 

(……やれるかもしれない)

 

それは、衛宮士郎という魔術師が、旧世代の「固有結界」という呪縛から解き放たれ、彼の本質である「太陽」の力で、彼だけの「領域」を掴むための、最初の閃きだった。

 

「どうやら、二人とも、ちゃんと前を向く気になったみたいだね」

 

五条は、士郎と白野の顔を交互に見比べると、満足げに笑った。

 

「じゃあ、始めようか。僕による、地獄の個人授業をさ」

 

絶望の底で、二つの魂は、新たな力を求めて、再び立ち上がろうとしていた。

最強の教師による、あまりにも理不尽な特別講義が、今、始まろうとしていた。

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