五条悟による「個人授業」は、一週間という、あまりにも短い期間で、唐突に終わりを告げた。
「はい、おしまい!解散!」
ある日の昼下がり、いつものように白野の体術訓練を見ていた五条が、パン、と手を叩いて、そう宣言した。
森の中では、白野が汗だくで倒れ込み、コテージでは、士郎が深い瞑想からゆっくりと意識を浮上させていた。
「え……?」
「もう、終わりだよ。僕、教えるの飽きちゃった」
あまりにも自分勝手な理由に、白野は呆気に取られる。
士郎も、縁側から出てきて、五条の真意を問うように、その顔を見つめた。
「まあ、君たち、この一週間で、だいぶ『前を向く』顔つきになったからね。僕が教えられるのは、ここまで。この先は、君たち自身で見つけるもんだよ」
五条は、肩をすくめると、いつの間にかまとめていたらしい、小さなボストンバッグを肩にかけた。
「君の魂は、情報の奔流を『捌く』んじゃなく、『乗りこなす』イメージで。波乗りみたいなもんだよ、月チャン」
「君の太陽は、まだ夜明け前だ。焦らず、じっくり育てな、太陽クン」
彼は、二人にそれぞれ、最後のヒントとも言える言葉を投げかける。
その言葉には、いつもの軽薄さとは違う、確かな指導者としての一面が滲んでいた。
「じゃ、僕は日本に帰るから。お土産、よろしくねー」
ひらひらと手を振り、五条は背を向けて歩き出す。
「……待て」
士郎が、彼を呼び止めた。
「なぜ、俺たちにここまでしてくれた。お前に、何の得がある?」
それは、士郎と白野が、ずっと抱いていた疑問だった。
敵意を向けてきた相手に、なぜ、力を与えるのか。
五条は、少しだけ足を止めると、振り返らずに答えた。
「言ったでしょ。退屈しのぎだって。それに……」
彼は、少しだけ間を置いて、続ける。
「才能ある若者が、理不尽に踏みにじられて、腐っていくのを見るのは、気分が悪い。それだけだよ」
そして、彼は、最後に一つ、置き土産を残していく。
それは、彼の「六眼」が視た、揺るぎない未来の断片だった。
「忠告しといてあげるよ。君たち二人、これから、とんでもなく過酷な運命に巻き込まれることになる」
その声は、いつになく真剣だった。
「君たちがそれぞれ追い求めている『探し人』。その道は、君たちが思っているよりも、ずっと暗くて、険しい。そして、その二つの道は、やがて交錯し、一つの巨大な『悲劇』に行き着くことになるだろう」
「……!」
「僕の眼には、それが視える。君たちが、血の涙を流して、互いに刃を向け合う未来すらもね」
その言葉は、二人の胸に、冷たい楔のように打ち込まれた。
「ま、運命なんて、覆すためにあるようなもんだけどさ」
五条は、再びいつもの軽薄な口調に戻ると、ニヤリと笑った。
「だから、せいぜい強くなりな。次に会う時まで、生き延びてたら、また遊んであげるよ」
「……次に会う時?」
「そう。遠からず、また会うことになると思うよ。君たちと、僕と、それから、あの『殺人貴』クンも一緒にね。どういうわけか、僕らの運命は、ガッチリと絡み合っちゃってるみたいだからさ」
それだけを言うと、五条悟は、今度こそ本当に去っていった。
まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、あっさりと。
嵐のように現れ、嵐のように去っていった、最強の男。
残されたのは、それぞれの心に刻まれた、新たな力の「種」と、「過酷な運命」という不吉な予言。
士郎と白野は、言葉もなく、ただ顔を見合わせた。
互いの瞳に、同じ決意が宿っているのを確認する。
どんな運命が待っていようと、進むしかない。
強くなるしかない。
隣にいる、このかけがえのない存在を、守り抜くために。
二人の旅は、まだ始まったばかりだった。