五条悟が去ってから、数ヶ月。
士郎と白野はヨーロッパの各地を転々としながら、旅を続けていた。昼は、困っている人々を助ける「便利屋」として。そして夜は、人知れず闇を跋扈する異形を狩る「狩人」として。
二人の力は、あの一週間で飛躍的に向上していた。
白野は五条の教え通り、思考と行動を直結させる戦闘術を磨き、敵の攻撃を予測して先回りする独自の体術を身につけつつあった。
士郎もまた瞑想の中で、ヒノカミ神楽の四つの奥義と「日」の領域の輪郭を、より鮮明に掴み始めていた。
だが、二人は奇妙な異変を感じていた。
この数ヶ月、死徒との遭遇頻度が異常なまでに高くなっているのだ。それも、下級の死徒ではなく、名のある「祖」に近い力を持つ強力な個体ばかり。
「……まただ。まるで、俺たちを試すかのように次から次へと現れる」
ある夜、返り血を浴びた士郎が、黎明を振るいながら呟く。
「何か、大きな力が俺たちをここに引き留めようとしているような……そんな気さえする」
考えても、答えは出ない。二人はただ目の前の脅威を排除し、人々の平和を守るために、夜な夜な剣を振るい続けた。
そして、そんな二人を遥か上空から、一人の「姫」が見下ろしていた。
漆黒のドレスを纏い夜空に浮かぶその姿は、14歳ほどの可憐な少女。しかしその瞳は、万物を見下す絶対者のそれだった。
「へぇ……」
少女――アルトルージュ・ブリュンスタッドは、楽しそうに口の端を吊り上げた。
彼女の朱い瞳が、士郎の振るう「日」の魔術と、その隣で舞う白野の特異な魂の輝きを正確に捉えている。
「太陽の魔術を使いこなす人間と、月の端末から生まれた奇跡の少女。面白い。実に、面白い玩具じゃない」
最近、ヨーロッパ中の配下の死徒たちに腕の立つ魔術師狩りを命じていたのは、全て彼女の仕業だった。永い永い退屈を紛らわすための、余興。その網に、とんでもない獲物がかかったというわけだ。
黒血の月蝕姫は、考える。
あの二つの輝きを、どうやって「遊ぼう」か。
ただ殺すのは、つまらない。
ただ支配するのも、飽きた。
そうだ。
あの少年は何かを探している。あの少女も何かを追い求めている。
そして、自分の可愛い愚昧(アルクェイド)を救うために、一人の男(遠野志貴)もまた奔走している。
三つの、バラバラな願い。
それらを一つの舞台の上で、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてみたら?
互いの願いが、互いの絶望になるように仕組んでみたら?
「……ふふっ。あはははははは!」
アルトルージュは、たまらなく可笑しくなって声を上げて笑った。
最高の遊びを、思いついた。
「さあ、始めましょうか。私の可愛い愚昧と、未来の騎士様たちを主役にした、とびっきりの悲劇を」
血と契約の支配者は、その指をパチン、と鳴らした。
それは、士郎と白野、そして遠野志貴の運命が、彼女という絶対的な悪意によって交錯させられる合図。
物語はついに、その本性を現そうとしていた。