Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第三話:背中の記憶

脱出の夜。月明かりすらない、完全な闇が二人を包んでいた。士郎は白野の手を引き、キャンプの警戒網を縫うようにして進む。彼の研ぎ澄まされた感覚は、敵の気配を正確に捉えていた。

 

だが、彼らの動きは読まれていた。昨日、士郎に叩きのめされた傭兵たちが、武器商人と思しき新たな仲間を引き連れて、二人の前に立ちふさがった。その数、十人以上。全員が旧式の自動小銃で武装している。彼らの目的は、士郎への報復と、そして白野という「商品」の奪還だった。

 

「小僧、あの女は俺たちの『商品』だ。置いていけ。そうすれば命だけは助けてやる」

リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべる。

 

「断る」

士郎は白野を背中にかばい、低い声で答えた。その一言で、交渉は決裂する。

 

「馬鹿め、撃て!」

 

号令と共に、無数の銃口が火を噴く。絶望的な弾幕。白野が思わず目を閉じた、その時。

 

「――投影(トレース)、開始(オン)」

 

士郎の詠唱と共に、彼の前方に巨大な盾が出現した。七つの花弁を持つ、英雄の盾。熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)。圧倒的な銃弾の雨を、その概念武装が完全に防ぎきる。その光景は、傭兵たちの理解を完全に超えていた。

 

「な、なんだ、あれは!?」

「魔法か!?」

 

彼らが呆気に取られている一瞬の隙を、士郎は見逃さない。

 

「行くぞ、キシナミ!」

彼は盾を維持したまま、白野を抱えて走り出す。だが、追手は執拗だった。

「逃がすな!化け物め!」

 

銃声が背後から迫る。このままではジリ貧だ。士郎は決断する。

 

「少しだけ、持ちこたえてくれ」

士郎は白野を岩陰に隠すと、一人で敵集団へと向き直った。そして、両手の拳を握りしめる。

「I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」

 

詠唱が始まる。士郎の魔術回路が、灼熱の奔流となって全身を駆け巡る。

何も持っていなかった筈の左手に黒い刀身を持つ陽剣が、右手には白い刀身を持つ陰剣が現れていた。

干将・莫耶。かつて、あの赤い弓兵が振るっていた夫婦剣。

 

「なっ……!?」

 

白野は息を呑んだ。その双剣。その構え。その姿。

それは、記憶の中の背中が、戦場で舞う姿そのものだった。

士郎は地を蹴った。銃弾を紙一重で避け、舞うように敵陣に切り込む。彼の剣は命を奪わない。手足を、武器を、戦意を的確に砕くだけだ。阿鼻叫喚の中、赤い髪の少年は、まるで鬼神のように戦場を支配していた。その剣戟は、憎しみからではなく、ただ守るという一念から放たれる、純粋な力の結晶だった。

 

 

夜明け前、二人はなんとか追手を振り切り、砂漠を横断していた。士郎の消耗は激しく、肩で息をしている。投影魔術の多用が、彼の身体を内側から蝕んでいた。

 

「シロウ、大丈夫……?」

白野が心配そうに声をかける。

 

「問題ない。これくらい、慣れてる」

強がる士郎の足が、ふらりとよろめく。白野は咄嗟にその身体を支えた。思ったよりもずっと軽い。この細い身体のどこに、あれほどの力があるのだろう。

 

「……どうして、あの剣を?」

白野は、ずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「ああ、あれか」

士郎は少し気まずそうに答える.

 

「昔、使ってる奴がいてな。気に食わない男だったが、あの剣だけは……なぜか、一番しっくりくるんだ」

その言葉に、白野の胸が締め付けられる。

 

しっくりくる。それはそうだろう。なぜなら、それは、あなたのものなのだから――。

 

声にならない言葉が、喉の奥で消える。彼女にはまだ、それを告げる記憶も、確信もなかった。

 

「……あなたの戦い方は、私の探している人に、とてもよく似ています」

白野がぽつりと呟くと、士郎は足を止めた。

 

「そうか……」

彼は何かを考えるように黙り込む。脳裏に、アーチャーの言葉が蘇っていた。

 

『───忘れるな、イメージするものは常に最強の自分だ。外敵など要らぬ。お前にとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない』

 

あの男は、なぜあんなことを言ったのか。

なぜ、自分と同じ魔術を使いながら、自分とは正反対の場所に立っていたのか。

目の前の少女がが探している男というのは、もしかして……

 

バラバラだったピースが、士郎の中で不吉な形を結び始めようとしていた。

 

「……なあ、キシナミ。君が探している男は、幸せそうだったか?」

 

唐突な問いに、白野は戸惑う。彼女は記憶の中の背中を必死に思い浮かべた。戦い、傷つき、そして最後に自分を庇って消えていった、あの背中を。

 

「……分かりません。でも、とても……悲しい背中でした」

 

その答えは、士郎の胸に重く突き刺さった。

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