Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第二十八話:悪夢の来訪と絶望の刻印

その夜は、珍しく穏やかだった。

死徒の気配もなく、士郎と白野は小さなコテージで、二人きりの静かな夕食を楽しんでいた。

 

「……最近、変だよな」

スープをスプーンでかき混ぜながら、士郎が呟く。

「嵐の前の静けさって感じがして、どうにも落ち着かない」

 

「うん……」

白野も不安げに頷いた。

五条悟が残した「過酷な運命」という言葉が、ずっと胸に引っかかっている。この平穏がいつか終わってしまうのではないかという、漠然とした恐怖。

 

「大丈夫だ、白野」

士郎はそんな彼女の不安を拭うように、力強く言った。

「何があっても、俺がお前を守る。絶対に」

 

その言葉に、白野は少しだけ微笑んだ。

彼が隣にいてくれる。それだけで、どんな不安も和らぐ気がした。

 

だが、そのささやかな平穏は次の瞬間、ガラスが砕けるような音と共に、唐突に終わりを告げた。

 

――コンコン。

 

まるで礼儀正しい客人のように、コテージの扉がノックされた。

しかしその音には、空気を震わせるほどの異常な魔力が込められていた。

 

士郎は即座に立ち上がり、背負っていた「黎明」を抜き放つ。

「白野、下がってろ!」

 

扉は返事を待たずに、ゆっくりと開かれた。

 

そこに立っていたのは、漆黒のドレスを纏った黒い髪の少女だった。

14歳ほどの、人形のように美しい少女。しかし、その朱い瞳は底なしの闇を湛え、万物を見下す絶対者の傲慢さに満ちていた。

 

「こんばんは、未来の騎士様たち。お食事中、お邪魔だったかしら?」

少女――アルトルージュ・ブリュンスタッドは、可憐に微笑む。

 

「……誰だ、お前は」

士郎の全身が、最大級の警戒信号を発していた。目の前の少女は五条悟とはまた違う、異質で、邪悪で、そして圧倒的な「格」を持つ存在だと、本能が告げている。

 

「私はアルトルージュ。見ての通り、ただのか弱い吸血鬼よ」

彼女は楽しそうに嘘をつくと、ふわりと宙に浮き、部屋の中へと侵入してきた。

 

「目的は何だ!」

 

「目的? そうね……退屈しのぎ、かしら」

アルトルージュは士郎を通り越し、彼の背後で身構える白野に興味深そうに視線を向けた。

「太陽の魔術師と、月の奇跡。あなたたち、とても良い『玩具』になりそう。だから、少し遊んであげようと思って」

 

その言葉に、士郎の怒りが沸点に達した。

「ふざけるな!」

 

「――ヒノカミ神楽、陽華突!」

士郎は、これまで培ってきた全てを込めてヒノカミ神楽の突き技を放つ。炎を纏った黎明の切っ先が、一直線にアルトルージュの心臓を狙う。

 

だが。

アルトルージュは、その必殺の一撃を、ただの人差し指一本でぴたりと受け止めた。

 

「なっ……!?」

 

「綺麗な炎ね。でも、それだけ?」

彼女はつまらなそうに言うと、指先に力を込める。

 

パキィン!

 

士郎が魂を込めて鍛え上げた「黎明」の刀身に、いとも簡単に亀裂が入った。

 

「そんな……!」

 

「良い玩具は、まず少しだけ壊してみたくなるものじゃない?」

アルトルージュは、士郎の腹を軽く蹴りつけた。

ただ、それだけ。

しかし、士郎の身体は砲弾のように吹き飛ばされ、コテージの壁を突き破り、外の地面に叩きつけられた。

 

「がはっ……!」

内臓が破裂するほどの衝撃。意識が遠のいていく。

 

「士郎っ!」

白野が悲鳴を上げて駆け寄ろうとする。

だが、その身体はいつの間にか背後に回り込んでいたアルトルージュによって、羽交い締めにされていた。

 

「さあ、お遊びの時間よ、月のお姫様」

アルトルージュは、白野の白い首筋に恍惚とした表情を浮かべた。

「愛し合う二人が、互いに殺し合う姿って、きっと最高に面白いと思うの」

 

「や……やめろ……!」

 

薄れゆく意識の中、士郎は絶叫する。

だが、その声はもう届かない。

 

「じゃあ、いただくわね」

アルトルージュは、その小さな唇を開き、鋭い牙を白野の首筋に、深く、深く突き立てた。

 

「――ッ!!」

白野の身体が大きく痙攣する。

彼女の血液が、魂の情報が、その全てがアルトルージュの中へと流れ込んでいく。そして代わりに、アルトルージュの「黒き血」が白野の体内へと注ぎ込まれていく。

 

やがてアルトルージュが唇を離すと、白野の身体はぐったりと力を失い、その場に崩れ落ちた。

だが、彼女は死んではいなかった。

 

ゆっくりと、その顔を上げる。

 

その瞳は血のように赤く染まり、肌は死人のように白く、そしてその口元からは鋭い牙が覗いていた。

彼女の魂は人間としての理を外れ、全く新しい存在へと「変質」させられていた。

 

「……あ……あ……」

士郎は、その光景を見て絶望に声を失った。

守ると誓ったたった一人の少女が、自分の目の前で人ならざるものへと変えられてしまった。

 

アルトルージュは、その変貌を遂げた白野を見て最初は少し驚き、そしてすぐに至上の歓喜に打ち震え始めた。

「……素晴らしい。なんてこと……! 普通なら、まずは自我のない食屍鬼(グール)になるはずなのに……。あなたの魂は私の血に耐え、一足飛びに『死徒』になったわ……!」

 

彼女は、新生した白野から立ち上る禍々しくも強大な魔力の質を検分し、さらにその表情を輝かせる。

「しかも、この力……! 祖(おや)である私から力を分け与えられたばかりで、この完成度……! 階梯は……Ⅶ……いいえ、Ⅷですらある……!?」

 

アルトルージュは狂ったように笑い出した。その声は、もはや隠すことのない心底からの歓喜に満ちていた。

「最高よ! 最高じゃない! こんな見世物、永い時の中でも一度だって見たことがないわ!」

 

黒血の月蝕姫は、絶望に染まる士郎と、新たな吸血姫として覚醒した白野を交互に見比べ、恍惚として告げた。

「さあ、始めなさい! 私の可愛い玩具たち! あなたたちの愛が、どちらかの死によって証明されるまで、殺し合いなさい!」

 

悲劇の舞台の幕は、無慈悲に上がった。

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