衛宮士郎の日常は、三つの要素で構成されていた。
一つは、昼間の情報収集。五条や志貴と共にアルトルージュの痕跡を求めて、あらゆる情報源を駆けずり回る。
一つは、夜の契約。地下室で待つ白野に自らの血を与え、彼女の理性を繋ぎとめる。
そして、もう一つ。深夜、誰もが寝静まった後に行う、孤独な鍛錬。
それは、新たなる武器の創造だった。
アルトルージュによって無残に砕かれた「黎明」。あの刀に代わる、いや、あれを遥かに上回る自分だけの「究極の一」を創り上げること。それが今の彼に課せられた、もう一つの目標だった。
「――投影(トレース)、開始(オン)」
工房と化したガレージで、士郎は様々な金属を幻視し、その構造を解析し、そして刀の形へと打ち直していく。
玉鋼、ダマスカス鋼、オリハルコン、ヒヒイロカネ――古今東西、あらゆる伝説の金属を素材として投影し、試した。
しかし、どれもうまくいかなかった。
形にはなる。切れ味も、強度も、黎明に匹敵するものは作れる。
だが、しっくりこない。
夢で見た、あの地獄の荒野に突き立っていた一本の刀。あの、闇を切り裂く黎明の光を宿した魂の具現。そのイメージには、どれだけ試行錯誤を重ねても遠く及ばなかった。
(何が足りない……? 素材か? 技術か? それとも、覚悟か……?)
成果の出ない日々が続き、士郎の心には徐々に焦りが見え始めていた。
アルトルージュという絶対的な脅威。いつまで保つか分からない白野の理性。そして、日に日に自分の身体を蝕んでいく失血による消耗。
時間は、有限だった。
そんな折だった。
その日も夜の契約を終え、白野の頭を優しく撫でていた時、彼女がぽつりと呟いた。
「……ごめんなさい」
その声は、涙で震えていた。
「私のせいで……士郎に、こんな……辛い思いばかりさせて……本当に、ごめんなさい……」
彼女は、自分の存在そのものが士郎を苦しめているという事実に、もう耐えられなくなっていた。
その言葉を聞いた瞬間、士郎は鍛錬の焦りも、身体の疲労も全てを忘れて、彼女を、その細い身体を力強く抱きしめた。
「――そんなこと言うな!」
士郎は全力で、彼女の自己否定を否定した。
「お前は、何も悪くない! 絶対に!」
その声は、怒りすら含んでいた。だが、それは白野に向けられたものではない。
「悪いのは、あいつだ! 人の心を、命を、なんとも思っていないアルトルージュだ! お前が謝ることなんて何一つない! お前は、被害者なんだ!」
士郎の、魂からの叫び。
その言葉は、白野の心を救うにはあまりにも優しすぎた。
彼女は士郎の胸の中で、ただ子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」と、壊れた人形のように謝罪の言葉を繰り返しながら。
士郎は、もう何も言わなかった。
ただ、彼女が泣き止むまでその背中を優しくさすり、ずっと、ずっと、そばにいてやった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
ようやくしゃくり上げる声が小さくなった頃、白野は涙で濡れた瞳で士郎を見上げた。
その瞳に、士郎は吸い込まれそうになった。
守りたい。この少女を、何があっても守り抜きたい。
その想いが、彼の全てを支配した。
士郎はゆっくりと彼女の涙を指で拭うと、その唇に自らの唇をそっと重ねた。
白野は驚きに少しだけ目を見開いたが、やがてその目を静かに閉じ、彼の口づけを受け入れた。
その夜、二人は地下室の冷たい床の上で、初めて体を重ねた。
それは、情欲からではない。
互いの傷を舐め合い、互いの孤独を埋め合い、そして互いの存在を確かめ合うための、あまりにも切実で純粋な行為だった。
肌と肌が触れ合う温もりの中で、士郎は一つの答えにたどり着いていた。
究極の一。
自分に足りなかったもの。
それは、素材でも、技術でもない。
――この、腕の中にある温もりを、命に代えても守り抜くという、ただ一つの、揺るぎない誓い。
それこそが、彼の剣を本当の意味で完成させる、最後の「芯」だった。