岸波白野の温もりを腕に感じながら、士郎は深い眠りに落ちていった。
そして、彼は夢を見る。
気がつくと、彼はあの場所に立っていた。
空には無数の巨大な歯車が、錆びついた音を立てながらゆっくりと回転している。
地面には、数えきれないほどの剣、剣、剣。あらゆる時代の、あらゆる英雄たちが手にしたであろう武具が、墓標のように突き立っている果てしない荒野。
無限の剣製(アンリミテッドブレードワークス)。
衛宮士郎の心象世界。彼の魂そのもの。
そして、その荒野を見下ろす一番高い丘の上。
赤い外套を羽織ったあの男が、背中を向けて立っていた。
「……アーチャー」
士郎が、その名を呼ぶ。
男――アーチャーは、ゆっくりとこちらを振り返った。その顔にはいつものような皮肉な笑みはなく、ただ静かな諦観が浮かんでいる。
「随分と様になったじゃないか、衛宮士郎。その傷だらけの身体も、その絶望に染まった目も。少しは、俺に近づいたか?」
アーチャーは、挑発するように言った。
「お前に聞きたいことがある」
士郎は彼の挑発には乗らず、まっすぐに本題を切り出した。
「俺は、究極の一を創りたい。俺だけの、理想の剣を。だが、うまくいかない。何が足りない?」
その問いに、アーチャーは心底つまらなそうに、フンと鼻を鳴らした。
「まだ、そんなことを言っているのか、お前は。答えは、お前自身がとっくに見つけているはずだ」
アーチャーは、士郎の背後――彼が来たであろう方向を顎でしゃくった。
「お前が、その腕に抱いてきた温もり。お前が、その命を懸けてでも守りたいと誓ったたった一つのもの。それこそが、お前の剣の『芯』になる。違うか?」
その言葉に、士郎は息を呑んだ。
この男には、全てお見通しだった。
「……お前は、一体、何者なんだ」
士郎は、ずっと心のどこかで燻っていた最大の疑問を口にした。
うすうす、感じてはいた。冬木の聖杯戦争で彼が自分にだけ見せた僅かな執着。彼の使う、自分と全く同じ投影魔術。そして、彼の生き様そのものが自分に警鐘を鳴らしているかのような、既視感。
アーチャーは、何も答えなかった。
ただ、その沈黙が何よりも雄弁な答えだった。
「……そうか」
士郎は、確信した。
「お前は……未来の、俺、なんだな」
正義の味方、という果てしない理想。
その理想に殉じ、誰かを救うために誰かを殺し続け、その果てに摩耗し、壊れてしまった衛宮士郎の成れの果て。
守護者、英霊エミヤ。
「そして……」
士郎は、もう一つの残酷な真実にたどり着く。
「白野が探している『背中』も……お前なんだな」
月の聖杯戦争で、岸波白野というマスターを最後まで守り抜いた、名もなきサーヴァント。
その記憶が、白野の魂に深く刻み込まれている。
「……ようやく気づいたか、愚か者め」
アーチャーは忌々しげに、しかし、どこか寂しそうにそう吐き捨てた。
そして、彼は士郎に皮肉交じりの、しかし核心を突くアドバイスを送る。
「いいか、衛宮士郎。究極の一を創るだと? 笑わせるな。お前は刀鍛冶じゃない。お前は、『剣』そのものだ。素材に拘るな。お前の魂を、お前の誓いを、そのまま叩き上げろ。お前の骨を芯鉄に、お前の血を鋼に、お前の誓いを焼き入れにして、一本の剣となれ。それが、お前のやるべきことだ」
その言葉は、まるで雷のように士郎の脳天を打ち抜いた。
そうだ。自分は、剣を「作る」のではない。自分が、剣に「なる」のだ。
問答は終わった。
アーチャーは再び、士郎に背を向けた。
そして、消え入りそうな、しかし確かな祈りを込めた声で、最後にこう言った。
「……頼む」
それは、英霊エミヤが決して口にすることのなかった、願い。
「あの子を……白野を、救ってやってくれ」
その背中に、士郎は力強く答えた。
「――言われるまでもない」
その言葉を最後に、士郎の意識はゆっくりと現実へと浮上していく。
夢の終わり。
そして、本当の始まり。
衛宮士郎は、この日、自らの魂の在り処を知り、そして守るべきもののために、本当の意味で「剣」となる覚悟を決めたのだった。