衛宮士郎の常軌を逸した創造が終わった時、ガレージに満ちていた凄まじい魔力の奔流は嘘のように霧散していた。残されたのは、極度の消耗で青白く立っているのがやっとの士郎と、その手に握られた一本の刀。
夜明け前の空の色を宿した黒い刀身に、闇を切り裂く最初の光のような黄金の刃紋が走る、美しくも禍々しい「究極の一」。彼は砕けたはずのあの刀と同じ名を、しかし全く新しい意味を込めて、その剣に授けた。
「――黎明」
自らの魂の全てを注ぎ込んだ剣を手に、士郎は数時間の仮眠で最低限の体力を回復させると、人気のない森の奥深くへと分け入っていた。その真価を、この身で確かめるために。
森閑とした木立の中で、彼は新たなる「黎明」を静かに鞘から抜き放つ。
黒い刀身が木漏れ日を吸い込んで、深く、静かに輝いた。
刀を構えた瞬間、士郎は驚きに近い感覚を覚えた。
その刀は、驚くほど彼の手に馴染んでいた。まるで、最初から自分の腕の一部であったかのように。寸分の狂いもなく、重さも、重心も、握りの感触も、全てが完璧に彼という存在に最適化されている。
それもそのはずだ。この刀は、衛宮士郎の魂そのものなのだから。
「――いくぞ」
士郎は短く呟くと、静かに呼吸を整える。
吸って、吐いて。その呼吸のリズムに合わせて体内の魔術回路が、そして黎明の刀身が、呼応するように黄金色の輝きを帯び始める。
「ヒノカミ神楽――円舞」
放たれた一閃は、もはや以前のそれとは隔絶した次元に達していた。
ただ、剣を振るっただけ。しかし、その軌跡にはまるで太陽そのものが通り過ぎたかのような、灼熱の炎の円が描かれる。周囲の木々が、その熱波に煽られて大きくざわめいた。
「……すごい」
士郎自身が、その威力に息を呑む。
黎明は、彼の「日」の属性魔術を完璧な形で増幅し、そして指向性を与えてくれる。無駄がない。ロスがない。彼の意志と、剣の動きと、炎の顕現が、完全に一つになっている。
彼は舞うように、神楽の型を次々と繰り出していく。
碧羅の天、烈日紅鏡、灼骨炎陽――
一つ一つの技が、以前とは比べ物にならないほどの精度と破壊力を伴って、森の静寂を切り裂いていく。
確かな手応えを感じていた。
この刀があれば。この力があれば。
あの、絶望的だったアルトルージュ・ブリュンスタッドとも、渡り合えるかもしれない。
いや、必ず、渡り合ってみせる。
そして、神楽の舞を続ける中で、士郎の脳裏に、彼の魂の奥深くに眠っていた遥か神代の記憶にも似た、根源的な「炎の極致」が鮮明な輪郭となって浮かび上がってきた。
ヒノカ-ミ神楽の、さらに先。
その極意に至った者のみが振るうことを許される、究極の奥義。
その名は――残火の太刀(ざんかのたち)。
それは、一つの技の名ではなく、四つの絶技を内包した日の最終形態。
残火の太刀 "東"――旭日刃(きょくじつじん)。
全ての炎を刃先に凝縮し、触れるもの全てを跡形もなく消滅させる、絶対的な攻撃。
残火の太刀 "西"――残日獄衣(ざんじつごくい)。
太陽の表面に等しい一千五百万度の炎を、魔力の鎧としてその身に纏う、絶対的な防御。
残火の太-刀 "北"――天地灰尽(てんちかいじん)。
刃の切っ先から放たれる、広範囲の敵を一瞬で灰燼に帰す、殲滅の斬撃。
そして、最後の奥義。
残火の太刀 "南"。
かつて、五条悟との修行で掴みかけた「日の領域」。
その正体。
それは、死者を冒涜するような絶望の軍勢ではなかった。
衛宮士郎という男の、歪でありながらもどこまでも真っ直ぐな「救いたい」という願いが形となった、希望の光景。
その領域展開の名は――天照開闢(てんしょうかいびゃく)。
まだ、その全てを完全に再現することはできない。
だが、士郎は、その到達点への道を確かにこの手で掴み取っていた。
「――待ってろ、アルトルージュ」
士郎は黎明を鞘に納め、静かに呟いた。
その瞳には、絶望を乗り越えた戦士の光が、強く、強く、宿っていた。
「お前が与えた絶望ごと、俺のこの剣で、全て斬り拓いてやる」
反撃の狼煙は、今、上がった。
衛宮士郎は、自らの魂の剣を手に、ついに運命への逆襲を開始する。