Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第四十一話:絶望の再臨

アルトルージュの行動は、雷光の如く迅速だった。

彼女が「最高のディナー」の存在を知ってから、僅か数十分後。士郎たちが拠点としているフランス郊外の屋敷が、凄まじい衝撃と共に揺れた。

 

「――なっ!?」

リビングで今後の対策を話し合っていた三人は、即座に立ち上がる。

五条悟の表情が、初めて焦りと驚愕に染まっていた。

 

「嘘だろ……なんで気づかなかった!?」

この屋敷の周囲には、彼が幾重にも複雑な結界を張り巡らせていたはずだった。例え、二十七祖クラスの死徒であっても、この結界に触れれば即座に探知できる。それを、何の予兆もなく、いとも容易く破り、ここまで侵入された。

 

(この吸血鬼……俺が思ってたより、遥かに……!)

五条の背筋に、冷たい汗が流れる。

だが、感傷に浸っている暇はなかった。

屋敷の扉が内側から吹き飛ぶように砕け散り、その向こうから一人の少女が、優雅な足取りで姿を現す。

 

漆黒のドレスを纏い、黒色の髪をなびかせた、14歳ほどの可憐な少女。

しかし、その瞳は底なしの悪意と、絶対的な捕食者のそれで爛々と輝いていた。

 

「――見つけたわ、私の可愛い玩具たち」

アルトルージュ・ブリュンスタッド。

絶望の化身が、そこにいた。

 

しかし、男たちの反応はもはや以前とは違った。

「……探す手間が省けたな」

志貴が、赤い包帯に手をかけながら静かに呟く。

 

「ああ。こっちから出向いてやるつもりだった」

士郎もまた、腰に差した「黎明」の柄を強く握りしめる。

 

三者三様の、剥き出しの敵意。

それを一身に受けながらも、アルトルージュは楽しげに肩をすくめた。

「あらあら、随分と威勢がいいこと。遊んであげてもいいのだけれど……残念。今日の目的は、あなた達じゃないわ」

彼女はそう言うと、人差し指をすっと、士郎たちの背後へと向けた。

その指が指し示しているのは、顔を青ざめさせ、立ち尽くしている岸波白野。

 

「――そっちよ」

アルトルージュは、恍惚とした表情で語り始める。

「あなたのお腹の中にいる、その『奇跡』。それを喰らえば、私は完璧になれる。あの忌々しい太陽を、完全に克服できるのよ」

 

その言葉の意味を理解した瞬間、衛宮士郎の全身から殺意にも似た、凄まじい魔力が噴き上がった。

まだ、生まれてきてもいない、我が子。

その命が、ただの「喰い物」として弄ばれようとしている。

その事実が、彼の理性の箍を粉々に吹き飛ばした。

 

「――お前だけは!絶対に!許さないッ!!」

叫びと共に、士郎は地を蹴った。

「ヒノカミ神楽――碧羅の天!」

黎明の黒い刀身が、灼熱の炎を纏い、アルトルージュへと襲いかかる。

 

「あら、前よりは少しはマシになったじゃない」

アルトルージュは感心したように呟くが、その表情は余裕に満ち溢れていた。彼女は迫りくる炎の斬撃を、まるでダンスを踊るかのように、最小限の動きでひらり、ひらりとかわしていく。

 

そして、次の瞬間。

アルトルージュの姿が、ふっと掻き消えた。

 

「――しまっ……!」

士郎が気づいた時には、もう遅かった。

彼女は、いつの間にか白野の、すぐ目の前に立っていた。

 

「……っ!」

白野は咄嗟に、五条から教わった体術の構えを取ろうとする。戦わなければ、と頭では分かっている。

だが、身体が動かなかった。

一度、この存在によって死徒へと変えられた、あの時の絶対的な恐怖。捕食者を前にした、被食者の本能的な竦みが、彼女の全身を金縛りのように縛り付けていた。

 

「そうよ。いい子ね」

アルトルージュは動けなくなった白野の顎にそっと指を添え、満足げに微笑んだ。

そして、その身体を軽々と、しかし決して逃がさないように、強く抱きしめる。

 

その瞬間、士郎、志貴、五条の三人が、完全に動きを止めた。

アルトルージュの首筋に、志貴のナイフが突き立てられる寸前で。

アルトルージュの心臓目掛けて、士郎の投影剣が放たれる寸前で。

アルトルージュの頭上に、五条の「蒼」が形成される寸前で。

彼らは動けなかった。

白野があまりにも近すぎる。

下手に手を出せば、その攻撃の余波が白野と、その胎内の子を傷つけてしまうかもしれない。

その可能性が、三人の動きを完全に封じていた。

 

「フフ……賢明な判断だわ」

アルトルージュは三人の焦燥と無力感を、心底楽しむように嘲笑った。

「さあ、帰りましょうか。私の、お城へ」

彼女は、絶望に染まる士郎たちを見せつけるように、告げた。

「その子が生まれるまで、私が大切に管理してあげる。最高の栄養状態で生まれてきた子を、最高のディナーとしていただきたいもの」

「ああ、それまでの間、あなたには他の死徒たちのいい見世物になってもらうわ。孕んだ死徒なんて、みんな見たこともないでしょうから。きっと、喜ぶわよ?」

 

「――やめろぉぉぉぉぉっ!!」

士郎の絶叫が、虚しく響き渡る。

だが、アルトルージュはその叫びをBGMにするかのように、空間に手をかざした。そこが、まるで黒い水面のように歪み、彼女の居城へと繋がる「門」が開かれる。

 

「じゃあね、玩具たち。ディナーの準備ができたら、また招待してあげるわ」

その言葉を最後に、アルトルージュは白野を抱いたまま、黒い水面の中へとその姿を消した。

 

後に残されたのは、抉られた壁と、絶望に打ちひしがれる三人の男たちだけだった。

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