アルトルージュと白野の姿が黒い水面へと完全に消え去った後も、衛宮士郎はただその場に立ち尽くしていた。
その拳は血が滲むほど強く、強く握りしめられている。
肩が小刻みに震えていた。
それは恐怖ではない。
純粋な、そして際限のない怒りだった。
まだ見ぬ我が子をただの「喰い物」と断じ、再び岸波白野を絶望の地獄へと引きずり落とそうとしている、あの絶対的な悪意に対して。
そしてそれを目の前で指をくわえて見ていることしかできなかった、自分自身のどうしようもない弱さに対して。
その怒りに呼応するように、士郎の全身から黄金色の魔力が奔流となって溢れ出す。
空気が急速に乾燥していく。
屋敷の庭に生えていた草木がその熱に当てられたかのように、みるみるうちに水分を失い萎びていった。
彼の怒りから漏れ出した「日」の魔力が、周囲の環境そのものを灼熱地獄へと変えようとしていた。
「……凄まじいな」
その異常な光景を、遠野志貴は肌で感じていた。
これは単なる魔力の暴走ではない。
自らの幸せの全てを理不尽に奪われた男が放つ、魂の叫び。
その怒りの純粋さが、世界そのものを焼き尽くさんばかりの力となって顕現している。
一方、五条悟は怒りに我を忘れる士郎を横目に、アルトルージュが消えた空間のその一点を集中して見つめていた。
彼の「六眼」が常人には視えない魔力の残滓を捉えようと、高速で情報を処理していく。
「……チッ、ほとんど残ってやがらねぇ。なんて丁寧な仕事しやがるんだ、あの吸血鬼」
悪態をつきながらも、悟は思考を止めない。
空間転移の際に僅かに、本当に塵のように残されたアルトルージュの魔力の痕跡。
その痕跡がどこと繋がっていたのか。その座標を、六眼の超絶的な情報処理能力で逆探知しようと試みていた。
それは藁にも縋るような、あまりにも僅かな希望。
だが。
「……あった」
数分にも及ぶ沈黙の後、五条の口から確信に満ちた一言が漏れた。
額に浮かんだ汗を拭い、彼は怒りの炎に身を焦がす士郎へと向き直る。
「――おい、士郎」
その声に、士郎はゆっくりと顔を上げた。
その瞳はもはや人間のそれではない。怒りと憎悪に燃え盛る、太陽そのものだった。
悟はそんな士郎の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、静かに、しかし力強く問いかけた。
「まだ、戦う気力はあるか?」
その問いに、士郎は間を置かずに答えた。
その声は怒りによって低くひび割れていた。
だが、その奥には決して折れることのない鋼の意志が宿っていた。
「――当たり前だ」
士郎は腰の「黎明」をゆっくりと抜き放つ。
黒い刀身が彼の怒りに共鳴するように、黄金色の輝きを激しく明滅させた。
「あいつをこの手で塵一つ残さず焼き尽くすまで、俺の戦いは終わらない」