「――場所はオーストリア、ザルツブルクの山中。クソみたいに悪趣味な古城だ」
五条悟が逆探知によって突き止めた座標を、地図上に叩きつけるように指し示した。
アルトルージュの城。
白野が囚われている地獄の舞台。
士郎たちはその城への強襲準備を急ピッチで進めていた。
城の構造、配下の死徒たちの戦力、待ち受ける罠――全ての情報が絶望的に不足している。
だが、場所が分かった以上、向かわないという選択肢は彼らの中にはもはや存在しなかった。
「白野は、今も苦しんでいる……!」
士郎の拳が怒りに震える。
一分一秒でも早く、彼女をあの悪意の中から救い出さなければならない。
彼の焦燥は痛いほどその場の全員に伝わっていた。
「俺の術を使えば一瞬でその城の目の前まで飛べる。準備ができ次第、すぐにでも――」
悟がそう切り出した、その時だった。
「――その前に、寄ってほしい場所がある」
静かに、しかし強い意志を込めてそう言ったのは、遠野志貴だった。
彼の視線は地図上の全く別の場所を捉えている。
「千年城ブリュンスタッド。――真祖の姫君が眠る場所だ」
その言葉に、士郎と悟は息を呑んだ。
「おいおい、正気かよ」
悟が呆れたように、しかし真剣な表情で問い返す。
「そりゃ、あの『真祖の姫君』が味方になってくれりゃ心強いなんてモンじゃない。最強の戦力だ。けどな、大丈夫なのか? 下手に起こして暴走でもされたら、アルトルージュと戦う前に俺たちが全滅するぞ」
「何より……お前的にいいのかよ。愛する姫君をそんな危険な戦いに巻き込んで」
その問いに、志貴はふっと自嘲するように笑みを浮かべた。
「……情に、ほだされたのさ」
彼は静かに語り始める。
「俺は今まで全てを捨ててきた。家族も、友人も、平穏な日常も。全てアルクェイドを救うため、ただそれだけのために」
「だが衛宮士郎、お前を見ていると分からなくなる。お前は何も捨てない。セイバーという過去も、白野という今も、その腕に抱えたままそれでも前に進もうとしている」
志貴の視線が士郎を真っ直ぐに捉える。
「俺は、アルクェイドがお前の血を吸うことを考えた。だが、頼めなかった。俺のちっぽけなプライドがそれを許さなかった」
「だが、もういい。そんなものに拘っている場合じゃない」
彼は一度目を伏せ、そして決意を込めて顔を上げた。
「――俺も、見たいんだ」
その声は静かだったが、確かな熱を帯びていた。
「人間と、吸血種と、そしてその間に生まれたありえないはずの子が……それでも、共に生きていく未来というものを」
それは殺人貴と呼ばれた男が初めて、誰かのためにではなく自分自身の「願い」のために下した決断だった。
愛する女を救うため、そして目の前にいる愚かで真っ直ぐな男たちが掴もうとしている僅かな希望の未来を、この眼で見るために。
「……分かった」
士郎は志貴の覚悟を受け止め、力強く頷いた。
「行こう。――千年城ブリュンスタッドへ」
決戦の地へ向かう前に、彼らは最後の希望を求め、もう一人の月の王が眠る始まりの場所へと舵を切った。
それはあまりにも危険で、そしてあまりにも儚い一縷の望みだった。