五条悟の術式によって空間が歪む。
次の瞬間、三人が立っていたのは現実感が全くない幻想的な風景の中だった。
「――ここが、千年城ブリュンスタッド……」
士郎は息を呑んだ。
空にはオーロラのような淡い光のカーテンが揺らめき、地面には水晶でできたかのような透き通った花々が咲き乱れている。
城そのものも、まるで巨大な宝石を削り出して作ったかのようにあらゆる光を乱反射させ、きらきらと輝いていた。
この世のものとは思えないほど神秘的で美しい場所。
だが同時に、ひどく危うい場所でもあった。
この世界にある全てがあまりにも幻想的すぎて、まるで触れた瞬間にガラス細工のように粉々に砕けて消えてしまいそうだった。
それはまるで、この城の主であるアルクェイド・ブリュンスタッドの今の不安定な精神状態をそのまま写し取った鏡のようだった。
「……こっちだ」
志貴は感傷に浸る間もなく、城の奥へと迷いなく歩を進める。
士郎と悟も黙ってその後に続いた。
城の最奥。
そこは巨大な玉座の間だった。
そしてその中央に置かれた白亜の玉座の上で、彼女は眠っていた。
陽光を溶かしたかのような美しい金色の髪。
血のように赤い真紅の瞳は、今は固く閉じられている。
アルクェイド・ブリュンスタッド。
最強の真祖にして、月の王族の姫君。
彼女はまるで死んでしまったかのように、ぴくりとも動かない。
その白い肢体を幾重にも、太く禍々しい鎖が戒めるように縛り付けていた。
それは彼女自身の抑えがたい吸血衝動を封じ込めるための、最後の枷。
「……アルクェイド」
志貴は愛おしげに、そして悲痛な面持ちで彼女の名を呟いた。
彼はゆっくりと玉座へと近づいていく。
そして腰に差したナイフを静かに抜き放った。
その切っ先が、アルクェイドを縛る鎖の一つにそっと触れる。
「――本当に、やるんだな」
悟が最後の確認のように問いかける。
志貴は答えなかった。
ただ、その瞳に揺るぎない決意を宿してナイフを振り下ろす。
キィンッ――
甲高い金属音と共に、志貴のナイフは鎖の「死」を正確に捉えた。
魔術的にも物理的にも決して断ち切れるはずのない神代の金属でできた鎖が、まるで腐った縄のようにあっけなく断ち切られる。
一つ、また一つと、志貴はアルクェイドを縛る全ての鎖を「殺し」ていく。
やがて最後の鎖が床に落ちて虚しい音を立てた時、封印は解かれた。
玉座の間の空気が張り詰める。
士郎と悟は最悪の事態に備え、いつでも動けるように臨戦態勢に入った。
あとは彼女が目覚めるのを待つだけ。
それは希望の光となるのか。
それとも全てを終わらせる絶望の獣となるのか。
三人は固唾を飲んで、玉座の上で眠る真祖の姫君を見つめていた。