アルクェイドは志貴に促され、ようやくその興味の矛先を衛宮士郎へと向けた。
彼女は猫が珍しい玩具を観察するように、士郎の周りをくるくると回りながら、その真紅の瞳で彼の魂の在り様をじっと見つめる。
「へえ……あなた、面白い魂の形をしているのね」
アルクェイドは感心したように呟いた。
「人間なのに人間じゃないみたい。剣そのもの、みたいな形。それに、なんだかお日様みたいなあったかい匂いがするわ」
その言葉に、士郎は驚きながらも今が好機だと判断した。
彼はこの底知れない力を持つ姫君に、自分たちの状況を誠実に、そして必死に説明した。
自分のパートナーである岸波白野が、アルトルージュによって死徒にされてしまったこと。
絶望の中で彼女が自分の子を身ごもるという、奇跡が起きたこと。
そしてその奇跡ごと、アルトルージュに連れ去られてしまったこと。
「――だから俺は、白野と俺たちの子を助けに行かなければならないんです」
士郎は深々と頭を下げた。
「どうか、あなたの力を貸してください」
その言葉の中で、二つの事実にアルクェイドは鋭く反応した。
「――アルトルージュ」
その名前を口にした瞬間、アルクェイドの雰囲気が一変した。
先程までの無邪気な好奇心は消え失せ、その瞳には静かだが燃えるような憎悪の炎が宿っていた。
「……あいつは私の大事な髪を奪った、憎い、憎い姉よ」
彼女は自分の金色の髪をぎゅっと握りしめる。
その声は低く、そして確かな怒りに満ちていた。
「それに……」
アルクェイドは今度は目を輝かせ、身を乗り出すようにして士郎に詰め寄った。
「死徒が人間の子供を孕んだですって!? そんなこと、ありえるの!? すごいわ、すごいじゃない! 私、そんなの初めて聞いたわ!」
彼女はアルトルージュへの憎しみと、ありえない奇跡への純粋な好奇心、その二つを原動力に、にっこりと、しかしその瞳の奥に冷たい光を宿したまま宣言した。
「いいわ。協力してあげる。あのいまいましいアルトルージュをぶっ潰せるのなら、喜んで力を貸してあげるわ。それに、その『奇跡の赤ちゃん』もこの目で見てみたいもの!」
その言葉に、士郎の顔にぱっと希望の光が差した。
最強の真祖。これ以上ない強力な援軍だ。これなら勝てるかもしれない。
だが、その隣で志貴の顔は晴れないままだった。
彼は天真爛漫に振る舞うその裏側で、アルクェイドの精神が今も非常に不安定なままであることを見抜いていた。
士郎がアルクェイドと今後の作戦について話し込んでいる隙に、五条悟は志貴の隣にすっと移動した。
「……おい」
悟は士郎には聞こえない小さな声で、志貴に問いかける。
彼の「六眼」には、アルクェイドの魂があまりにも歪な形で視えていた。強大な光と、それと同じくらい深い闇。その二つが危ういバランスでかろうじて成り立っている。
「本当に、本当に良かったのか? こいつは賭けすぎる。ちょっとした衝撃で、こいつは俺たちごと全てを破壊する側に簡単に寝返るぞ」
その警告に、志貴は静かに答えた。
「……分かっている」
彼の視線は、士郎と、そしてその隣で無邪気に笑うアルクェイドに向けられていた。
「だが、衛宮士郎と岸波白野の関係は……俺にとっての希望の光なんだ」
その声には確かな覚悟が宿っていた。
「人間と吸血種。決して交わらないはずの存在が、それでも共に生きようとしている。もしこの戦いの先にあいつらの未来があるのなら……それは、俺とアルクェイドにとっての明るい未来にも繋がっているかもしれない」
それは殺人貴と呼ばれた男が初めて、他人の未来に自分自身の未来を重ね合わせた瞬間だった。
「……はっ、柄にもねぇな」
悟はそう悪態をつきながらも、それ以上は何も言わなかった。
もう後戻りはできない。
このあまりにも危険な賭けに、自分たちの全ての運命を乗せるしかないのだ。
それぞれの覚悟を胸に、彼らはついに最終決戦の地へと向かう。